「わかる」「できる」「楽しい」が子どもを成長させる アイデア広場 その1414

 

 コロナ禍の時期は、外出などが制限され、運動不足になる人々が増えました。その延長線上に、子ども達の体力の低下という現象が現れました。もちろん、多くの人々は、子どもたちの運動意欲をかき立て、「コロナ禍で減った運動機会を取り戻したい」と考えています。全国の市町村と教育委員会は、子どもの体力向上に知恵を絞っています。スポーツ庁は、2008年度から全国の小学5年生と中学2年生を対象に、「全国体力・運動能力、運動習慣等調査(全国体力テスト)」を実施しています。残念なことですが、全国体力テストの総合点は、新型コロタウイルス禍前の水準には戻っていません。この総合点は、50メートル走やボール投、反復横とびなど8種目で男女別に合計点(80点満点)として算出しています。小中学生の全国体力テストの平均点は、2022年度に過去最低になりました。でも、2023年度の総合点は、195.2で2022年度に比べて0.4改善しました。最悪期を、超えたとも言えます。ここで注目されている県が、大分県です。2008年には、都道府県ランキングの40位に安住していたのですが、今回は2位に躍進したのです。今回は小中学校、男女の計4種類を合算して320点満点で評価しました。その結果、2位の大分県は、テストが始まった2008年度に比べて15.36も上昇したのです。

 40位の結果を重く受け止めた大分県の教育関係者は、子どもが自主的に運動に取り組めるような授業の改善を進めてきまました。大分県のキーワードは「わかる」「できる」「楽しい」でした。子どもたちの自主性を促すために、支援指導する先生方は、知恵を絞り、工夫を重ねながら実践を重ねてきました。跳び箱もただ置くのではなく、配置を工夫するなどアレチックのような要素を加えて授業に臨みました。アスレチックのような要素を加えるだけで、子どもたちは目の色を変えたと言います。子ども達がみな同じゴールに向かうのではなく、自発的にやってみたいと思わせる雰囲気を大事にしました。ここでは、子どもたちの自発性を引き出す様々な取り組みが行われたのです。子ども時代には、運動を通して様々な人と接することで、成人後のコミュニケーションが高まると言われています。また、子ども時代に運動を通して様々な人と接することで、主体性も高まると言われています。そして、現代の企業においても、若者の「自主性の重要性が」叫ばれています。今回の大分県の躍進は、現代的な課題に光明を与える契機になるかもしれません。

 子ども達は、幼児期一児童期一青年期へと成長していきます。成長の過程で、運動遊び、スポーツ遊び、スポーツ、アスリートへという流れになるケースも出てきます。幼児期の5歳から8歳まではプレ・ゴールデンエイジと言われています。このプレ・ゴールデンエイジは、人間の成長の中で最も神経系が発達する時期でもあります。この時期は、新しいものにどんどん興味が移っていく特徴があります。でも、プレ・ゴールデンエイジの時期は、集中力が続かないという特徴もあるのです。これらの特徴を勘案すれば、鬼ごっこ、ボール遊び、木登り、縄跳び、ドッジボール、・マット連動、スイミングなど、この年代には、技術にこだわらず、いろいろな遊びをたくさん経験させたい時期でもあります。次に、プレ・ゴールデンエイジに続く9歳から12歳頃にかけては、ゴールデンエイジとされています。このゴールデンエイジは、からだの個々の動きをコントロールしたりできるようになる時期でもあります。技術を優先させず、まずは基礎体力トレーニングを優先します。基礎的練習やトレーニングを、子ども達は嫌がります。でも、基礎体力トレーニングを「楽しい」と思わせることが指導者の資質になります。基礎体力トレーニングと楽しさを含んだ運動は、鬼ごっこなのです。鬼ごっこは、相手の逆を突く動作、動いている相手に合わせて俊敏に動こうとする動作、そして断続的にスタートダッシュをくり返し、かつ、一定時間持続する動作を豊富に含んでいます。鬼ごっこには、基礎的な動き楽しみながらできる要素が多くあるわけです。小学生には汚みさ、中学生には粘り強さ、高校生には「パワー」、というセオリーがあります。小中高生の成長に準じた方法で、運動やスポーツを楽しませることが、大切になります。大分県のキーワードは「わかる」「できる」「楽しい」は、セオリーを世襲した優れた実践という評価になるようです。

 「わかる」「できる」「楽しい」運動(遊び)の中には、社会生活に必要な能力を向上せる要素が含んでいます。たとえば、子ども達のキャッチボールを見てみましょう。この運動をスムーズに行うためには、いくつかの要素が絡んできます。お互いに、相手の捕りやすい位置にバウンドさせる角度などを工夫し、コントロールを強化します。スムーズなキャッチボールをしようとするだけで、他者への配慮が自然と強化されます。遊びには、人とうまく関わる力、協調性、コミュニケーション能力、誠実さと思いやり、社交性を向上させる潜在力があります。本気で遊びに夢中になる子どもは、全力で取り組む姿勢や全力で行うことを経験します。また、失敗しても、もっとできるようになりたいと思う欲求を持つこともあります。困難を乗り越えてから得られる達成感を経験し、有能感と自尊心の体験などを獲得できる場が、遊びには多く用意されています。遊戯の競争面だけを強調する考え方は、貧しいものがあります。遊戯を楽しく行うためには、複数の要素が入っていたほうが良いケースもあります。真似をする、眩暈を覚える、偶然によって勝つなどの多面的な要素を体験する中で、遊戯は楽しくなります。そんな楽しい経験を数多く提供できる先生がいれば、楽しい授業が数多く展開されることになります。それらの体験が、子ども達の血となり肉となります。

 大分県は、2008年度の結果を踏まえて、体育の授業の改革を進めてきました。その中には、体育専科の教員の採用がありました。体育の授業では、専科の教員とクラス担任が2人であたる授業形態が行われました。担任と一緒に授業を進めることで、一般の教員の運動に対する理解が深まりました。体育専科教員は、県内各地の小学校でも指導にあたります。当初は6人だった体育専科教員は、2023年度には24人に増えました。大分県は、2009年度からモデルとなる小学校に体育専科教員を配置してきました。新たな体育の指導資料を作り、子どもたちが楽しく取り組める工夫を凝らしています。地域の活力を高めるためにも、気軽に外で遊んだり、運動できる環境の整備が欠かせません。そのような条件整備が、人的にもインフラ的にも整ってきたのかもしれません。大分県の調査では、小学5年生の1週間の平均運動時間は男女子ともに全国平均を上回るとのことでした。

 余談ですが、遊びは、4つの要素から成り立つと言われています。それは、アゴーン(競争)、アレア(運)、ミミクリー(擬態)、イリンクス(眩暈)になります。アゴーン(競争)は、平等という条件の中で戦う闘争です。オリンピツクの100mの競技で金メダルを争うと言えばわかりやすいかもしれません。アレア(運)は、ラテン語でサイコロ遊びを意味します。アレアの例は、サイコロ、ルーレット、表か裏か、バカラ、宝くじなどに見られます。ミミクリーは、簡単にいうと物まね遊びです。子ども達は、母親ごっこや料理ごっこ、そしてお店屋さんごっこなどをします。ミミクリーの行為は、子どもの世界を越えて、大人の生活にも侵入していきます。模倣は、子どもにとって新しいことを獲得する大切な機会になります。身近な人から目標になることを見出し、それを達成するにはどうすればいいかを考えるだけでも、成長の糧になります。人間は、動作であれ、言葉であれ他者の模倣によって成長してきたといえます。イリンクス(眩暈)は、めまいを基礎とする遊びです。幼児に『高い、高い』とか『ぐるぐる回す』と喜ぶ笑顔を見ることができます。これらは、遊戯の要素にあるイリンクス(眩暈)なのです。イリンクスは、一瞬だけ知覚の安定を崩し、明晰な意識に一種の心地良いパニックを起こそうとする遊びです。この遊びが、近代になると蒸気機関をつかったメリーゴーランドになっていきます。遊びを上手に利用するには、4つの要素を理解した上で、子ども達の欲求や成長発達に合わせて、運動教材を準備することも必要になります。優れた指導者は、この4つの組み合わせが上手ということも言われています。

 最後になりますが、アメリカのカリフォルニア州には、100万人の小中学生に体力調査と学力調査の結果があります。結果は、この二つには相関が認められました。運動のできる子どもは成績も良く、成績の良い子は運動もできるというものです。日本の小中学校においても、このような相関は見られます。日本においては、秋田県は小中学生の学力が上位です。学力上位の秋田県の小中学生は、雪国のために他県に比べれば、運動では不利になる要素がありました。でも、秋田県は、運動と学力のどちらも良かったのです。秋田と同じように、北陸三県の福井、石川、富山も常に学力も運動能力も上位に入る県です。ちなみに、今回の体力テストの1位は福井県、4位が秋田県、5位が石川県、9位が富山県になります。運動と記憶や思考力の関連は、経験的には認知されているようです。

 もう少し、深く追求すると、運動ができるとか、学力が高いということは、十分な食事や睡眠、そして運動や学習環境によって保障されています。教育の熱心な親は、子どもにスポーツを習わせたり、学習塾に通わせ、食事に気を使っています。本当は、子どもの運動能力を向上させ、学力を高めているものは、「親の熱心さ」にあるようです。運動と学力の両方に影響を与える第3の変数が、存在するわけです。この第3の変数は、交絡因子と呼ばれています。子どもの運動能力にも学力にも、影響している熱心な親という交絡因子の可能性も考慮に入れることです。学力と体力の高い県の教育は、この交絡因子の要因が強いのかもしれません。この疑問への追求が、次の私の楽しみになります。

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