2023年度に実施された小学校の採用試験受験者は、4万人弱と10年前より3割も減少しています。2023年度の採用試験倍率は、過去最低の2.3倍になりました。この数字は、教員の仕事がブラックと広く認識されるようになった現われとも言われています。このことに危機感を持った文科省が、対策を立てています。その一つに、人気が低迷する学校教員の確保に向け、中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)が、教員の待遇改善や働き方改革の推進などを盛り込んだ総合的な対策を答申しています。その柱は、1つに教員の待遇改善があります。2つに働き方改革になります。3つ目が学校の指導や運営体制の充実になります。ご存じのように、教員の勤務は、一般行政の方と違う給与体系になっています。教員は残業代の代わりに、基本給の4%を上乗せする「教職調整額」をもらっています。これはある意味、有利な特典です。でも、考えようによっては、いくら残業をしても、給与は増えない仕組みでもあります。行政職の方が残業をすれば、残業手当をもらうことができます。今回の答申では、この教職調整額を10%以上にすることになりました。教職員給与特別措置法(給特法)の改正案を、2025年の通常国会で提出することになっています。給与面での改善が実現すれば、確かに一歩前進といえます。でも、教員はカリキュラムに書いてあることだけを教えるような誰でもできる仕事ではないことも事実です。子ども達の成長を配慮した授業の準備や教材研究といった教員の仕事について、精緻に切り分けて考えることは困難なものがあります。今回は、教員の魅力と厳しい現実、そして、国の成長には必要な教育について考えてみました。
日本の教育は、海外から高く評価されてきた歴史があります。その日本の教育に、異変が起きています。特に、良質な人材が多かった日本の教師集団に、異変が起きているのです。それは、教員採用試験受験者の激減です。この激減の背景には、教職の魅力低下による志願者の認識があります。教員採用は、民間との人材争奪戦にさらされています。結果として、民間より魅力がなく、ブラックとされる先生の仕事に見切りをつける志願者も多いのです。2022年度において、小学校、中学校、高等学校、そして、特別支援学校を合わせて、2778人の先生が足りない状況があります。先生の欠員が生じている学校は、2092校になります。前の2021年度は、2065人の欠員が生じ、1591校が先生の足りない状況で、学校運営を行っていたことになります。欠員の生じた学校では、1人の先生が、2つのクラスを受け持つことになります。また、複数の先生で、先生の数を超えるクラスの授業を行うことになるわけです。当然、授業の質低下に目をつぶることになります。もちろん、病気や出産で休暇に入る教員の代替の確保は、非常に厳しい状況も生まれています。
もちろん、文科省もこの状況を座視していたわけではありません。教員確保策を立て、教員の待遇改善を行おうとしています。一方、厳しい現実もあります。「ブラック職場」の教員の長時間労働が常態化し、深刻な人手不足に陥っている現実があるのです。教員志望の東京都内の女子学生の中には、教育実習を終えた後に、教員採用受験を見送ることが目立つようになっています。彼女たちは、「教員はやりがいはあるが、ワークライフバランスを考えると無理だと思った」という意見を述べているのです。教員適性のある人材を集めるためには、出産や子育てへの配慮が重要になります。現在の教育現場は、この面での配慮がない現実もあります。このような実情を知っている学生は、教員志望を撤回していくことになるようです。
教育は、国の基本になります。人材育成の教育が機能不全に陥れば、国力の低下を招くことになります。その基本を支える教員の能力の低下は、確実に国の衰退を招きます。教員を希望する人材の資質にも、課題が生じています。教員試験に必要な教員免許状は、大学で必要単位を集めれば取得できます。ここでは、適性や能力は厳しく問われることはありません。あるベテラン教員は、新人の先生が授業も、学級運営も、満足にできないことが常態化したと言っています。力不足の教員志願者も多く、倍率の低下に比例して教員の質も下がると嘆いています。教員の質に関しては、フィンランドの教育改革が参考になります。この国の教育改革は、教員のスキル向上に成功しています。この国の教師になるには、倍率10倍を超える狭い門を通過し、さらに50回を超える教育実習を繰り返します。教育実習の中で教師に向いてないと判断されれば、転部を進められます。これらの高い教育スキルを持った教師たちが、子ども達の教育を行っているのです。最初から、ベテランの教師と対等のスキルを持って、授業に臨む訓練がされています。
教員には、専門的知識とスキルが必要です。教員が教える各教科や科目の授業には、到達目標があります。授業には、子ども達が授業を理解し、学習進度の目標に到達しているかどうかを調べる評価の過程があります。一般的に、授業が理解できたかどうかを調べるには、3段階の評価過程があります。最初は、診断的評価のテストで、単元前の学力を調べることになります。次に、授業や宿題などの学習活動の後で、子ども達一人一人の習得の度合を形成評価する段階になります。この授業における形成評価は、遅れている子どもには補習的指導を繰り返すような支援することになります。最後が、総括評価が子ども達の学習進度や学力を把握するテストになります。診断、形成、総括の流れを把握し、学習目標との関連で、子ども達の学力形成を促していくことになります。授業には、目標、内容、方法、評価の流れがあります。これらを考慮しながら、先生が子ども達を支援し、その能力を高めていくことになるわけです。
日本の教員における専門的知識とスキルの養成は、教育現場に任されてきた経緯があります。スキルがない新人教師を、現場のベテランが陰に陽に教えることで、世界に誇る評価を得てきたともいえます。対極にある国の一つに、フィンランドがあります。フィンランドは、1990年代に大きな改革を行いました。改革の最大のポイントは子ども達へ教える内容や教え方を現場の教師が自由に決定することでした。改革は教師の質を重視して、教師の資格を大学院の修士課程まで引き上げました。さらに、彼らの力を信じて、学習指導要領を3分の1に消滅したことです。教科書検定もなく教師達はITも利用して自ら教材を準備して学校毎に教育課程を作成しています。学ぶということは大変繊細で、個人的で、非常に複雑な事柄です。子ども達に、正確な情報を与えるための基礎的なトレーニングが欠かせないのです。さらに、子どもの学習の方法は子どもがそれぞれ違うことを踏まえて、教師はそれに対応できるスキルと余裕が必要になります。フィンランドでは、教師は人気の高い職業になります。
最後になりますが、子どものためと考えて長時問労働を続けたり、保護者対応応奔走する教員は少なくありません。その熱心な対応が、子どもを成長させ、保護者を授業や行事に巻き込んで、良い学習環境を作り出すことも多かったのです。そして、スキルがない新人教師を、現場のベテランが陰に陽に教えることで、世界に誇る評価を得てきました。ところが、教育環境や教員の待遇は以前のままにしておいて、現場への過大な要求や一部保護者の無理な要求を押し付ける風土ができてしまったのです。そのために、過重な負担が押し寄せ、能力ある教員ほど疲弊している現状があります。もう一つの問題は、教員には自己犠牲をいとわぬ聖職者観がまだ残っています。使命のためには、時間外労働をいとわず働くという意識があります。ぎりぎりまで、弱音を見せない姿勢に、聖職者観が見られるようです。ぎりぎりまで、ガンマンすることで、精神的に弱っていく先生が増えています。2021年度の文部省の調査では、に公立の教員で休職した先生が、過去最多になりました。2021年度に公立小中高校と特別支援学校で、精神疾患を理由に休職した先生は5897人でした。休職した先生は2020年度より694人多くなり、この人数は過去最高になったという悲しいものでした。このような状況に対する解決策は、残業手当の導入になります。「残業代が導入されれば、予算には上限があるから国や自治体、そして管理職が労働時間を減らすことになります。無制限のサービス労働が、抑制されることになります。その意味では、教職調整額を10%以上にすることより、残業時間に応じて残業代を支払う仕組みの方が、教育現場の改善には有効に見えます。教職員給与特別措置法(給特法)の改正に際しては、残業時間に応じて残業代を支払う仕組みに切り替えることも選択肢になるかもしれません。