アンモニアが次の環境に優しいエネルギー源になる アイデア広場 その1607

 中東で、混乱が起きると石油の高騰が話題になります。その代替として、太陽光や風力発電、そして原発が、そのたびに取り上げられます。継続的に資本がつぎ込まれるようになり、それなりに再生可能エネルギー(再生エネ)のインフラが整備されてきた流れがあります。石油に代わる代替エネルギーの1つに、水素があります。 EUでは、水素を燃料にした列車が走るようになりました。2018年にドイツで営業運転した水素燃料電池の鉄道車両が、フランクフルト近郊で走行しています。この当時の水素列車の燃料の水素は、工業用に生産されたものでした。それは、いわゆるグレー水素になります。工業用の水素燃料は、環境負荷の50%を軽減しているというものでした。グレー水素は、本当に環境に優しいわけではないという認識もありました。ドイツのシーメンスは、排出ゼロの切り札として水素車両の開発を優先的に進めています。再生エネから作り出したグリーン水素で、鉄道車両を運行するというものです。50%の軽減ではなく、100%の軽減を目指そうとしているのです。今回は、石油の代替エネルギーについて考えてみました。

 水素の話題が出ましたが、この課題は、水素を「貯める」て「運ぶ」ことになります。欧州が官民一体で、新興国でのグリーン水素の開拓を進めています。アルジェリアなどから既存の天然ガス用のパイプラインを経由して、水素を欧州に輸出する計画を立てています。EU欧州委員会は、官民一体でアフリカでの水素製造を後押ししています。欧州企業が、南米やアフリカで再生可能エネルギー由来のグリーン水素の製造に動き始めています。シーメンスのチリでの投資にも、ドイツ政府の補助金が使われているのです。一方、日本勢の動きは鈍いようです。日本政府は2030年までに、水素を活用するとしています。でも、その中身の大半はグレー水素を想定しています。世界から見ると、遅れている感が否めません。もっとも、日本も黙って見ているわけではありません。水素をタンカー規模で貯蔵輸送する技術の開発進めています。そのタンカーは完成し、その試運転を行っている段階です。オーストラリアの褐炭から製造した水素を、日本に輸送する計画しています。この計画は、オーストラリア政府が、強く推進している計画の一つです。褐炭という低品質の石炭を、有用な水素に変えて、各国に輸出する仕組みを構築しているのです。水素タンカーが実現すれば、水素を貯蔵する技術と運ぶ技術の2つの実用化に目途が着くというわけです。この計画は、グレー水素の貯蔵と運搬になります。

 水素の課題は、貯蔵と運搬、そして爆発のリスクになります。水素爆発事故では、ドイツの硬式飛行船ヒンデンブルク号の爆発・炎上が有名です。1937年5月にアメリカ合衆国ニュージャージー州マンチェスター・タウンシップで起きました。この事故で、36名が死亡し多くの乗客が重傷を負いました。水素は、これからも燃料として使用されますが、その扱いには注意が求められます。人は、リスクを回避し、楽を求めます。水素のリスクをカバーする物質が、アンモニアなります。アンモニアの世界生産量は、年に約2億トンになります。この2億トンは、プラスチックの主原料である「エチレン」とほぼ同じ規模になります。アンモニアの生産量の約8割は、化学肥料に使われています。現在のアンモニア工場は,20世紀初頭にドイソで発明された製法を採用しています。窒素と水素を反応させる技術は、「空気からパンをつる技術」と評されました。アンモニアからつくられた窒素肥料は、農業生産に大きく貢献したためです。窒素と水素を反応させる技術は、人口増加を支えるための農作物増産を可能にしました。この発明者のフリッツ・ハーバー氏らは、ノーベル化学賞を受賞しています。問題もあります。フリッツ・ハーバー氏の製法は、大型のプラントが必要となる点に課題があります。窒素と水素の化学反応に400~600℃の高温と高圧を要するため大型のプラントが必要になります。この工程では、メタンからつくられることが多いために、製造時に暖化ガスのC02を排出するのです。温暖化を抑止する流れからは、不利な工法になるわけです。

 課題があれば、解決のチャレンジャーが現れます。水素は運搬と保管が困難だが、アンモニアは少しの冷却と加圧で液化し、保管も輸送も容易です。このアンモニアを、空気や水などの身近なものから合成する研究成果が出てきました。空気中に多く含まれる窒素と水の化学反応の過程に、必要な物質を混ぜ、そこに光を当てるアンモニアの生成が可能になったのです。窒素と必要な物質と混ぜて、光を当てる常温・常圧でアンモニアができる生成方法です。東京大学大学院工学系研究科の西林仁昭教授らは、このアンモニアの生成を発表しました。必要な物質と混ぜて光を当てると、常温、常圧でアンモニアができることを確かめたのです。窒素と水と光からアンモニアをつくった「世界初」(研究究グループ)の事例になります。2025年5月に英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズで発表しました。アンモニアは、世界でも普及した化学原料の1つになります。アンモニアは、燃やしてもニ酸化炭素(C02)を出さない燃料として注目が集まっています。さらに、水素のように爆発する危険が、少ない点も評価されています。貯蔵にも輸送にも、安全性が各段に高くなる物質になります。

 西林教授は、従来の窒素と水素と熱ではないアンモニア合成の研究を進めています。それは、窒素と水と光から、アンモニアを合成する研究になります。窒素と水の反応に必要な還元剤と光によって常温・常圧でアンモニアを合成することに成功したわけです。これは、「空気からパンをつる技術」以上の福音になる可能を持っています。窒素と水と光からアンモニアを合成する製法は、いずれも地球上に豊富に存在する物質を使うことができます。ある意味、無限の資源があることになります。西林教授は、「反応しにくい水を水素の供給源に使えたことは大きな前進だ」と話しています。教授が目をつけたのは、マメ科植物の根に共生する細菌が持つ酵素でした。この酵素を使用した合成は、大量生産が「手が届くところまで来ている」段階とも言えます。豊富な物質を使ってクリーンにアンモニアが合成できれば、脱炭素化の有力技術になります。もっとも、実用化に向けては、触媒の反応速度や安定性を改善する必要があります。このような研究を行う研究者も、次々現れています。米カリフォルニア工科大学のジョナーターズ教授は、酵素の働きを模倣した開発を行っています。世界が、この技術開発にエネルギーをつぎ込んでいる状況があります。

 余談ですが、 EUの欧州委員会は、再生エネを推進する姿勢をますます強めています。この欧州委員会は、現実的な側面も持っています。現在の再生エネの生産能力だけでは、EUのGDPを賄うことができないことを理解しています。そこで、原子力と天然ガスを脱炭素に貢献するエネルギーと位置づけて利用することに躊躇はしていないようです。日本では、原子力発電の廃止か活用かの二者択一の議論に傾きがちです。EUでは、状況に合わせて、利用できるものは利用していくという考え方がとられているようです。現実を見れば、再生エネだけでは、経済成長が困難ということは明らかになっています。2021年11月の第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議では、石炭火力の廃止が議題に上がりました。石炭火力発電をなくせば、発展途上国の経済は成り立たなくなります。需要と供給の関係を見れば、明らかです。石炭の価格は、高騰しています。環境に悪いと言われている中で、使用する国や企業は多いのです。石炭や石油の使用を減らし、グリーン経済への移行は望ましいことです。でも、性急にことを急げば、かえって経済も福祉も悪化することもあります。脱炭素の理想が先行しすぎて、その理想に陰りが出てきているようです。その陰りを、新しい光(新しい技術)で払いのけたいものです。

 最後になりますが、窒素と水、そして光のみから合成できれば、「空気」からエネルギーをつくる技術になります。さらにアンモニアの直接合成が可能になれば、水素社会との親和性も高くなりますアンモニアは、燃やしてもC02を出さない地球にやさしい気体です。水素とアンモニアは、ともにクリーンな燃料として注目を集めています。アンモニア合成を巡る開発競争は、世界中で行われています。将来のことを見通せば、アンモニア合成装置を車に乗せつくった燃料を動力源にすることも可能になります。アンモニア合成装置を、太陽光パネルのように家庭の限に設置する用途も見込めます。もっとも、この気体の直接合成を実用化するには、効率などの課題を乗り越える必要があります。研究室内の実験と商業利用とでは、求められる技術水準が大きく異なります。もっとも、この課題をクリアーすれば、人類の福音になることは間違いありません。

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