イノベーションを促進する人材を選ぶ大学入試 アイデア広場 その1496

 「PISA」は、国際機関であるOECD(経済協力開発機構)が行う世界的な学力調査になります。このPISAの数学の成績と国の経済成長や生産性は、正の相関性があるとされてきました。高校1年生まで日本の高校生は、数学リテラシーにおいてOECD加盟国でトップクラスにあります。数学的リテラシーとは、数学が世界で果たす役割を理解し、数学的根拠に基づいて判断できる能力にあります。この説から引き出される結論は、経済成長や生産性が高いと言うことになります。でも日本の場合、この関係が成り立たないのです。日本の1人当たりのGDPは、OECD加盟国38ヵ国中21位というものです。日本のPISA数学スコアと労働生産性成長率の関係は、正の相関関係から逸脱しているというわけです。当然、その理由を知りたくなります。高校2~3年で数学の学習が停滞する生徒が多いために、経済成長の正の関係が成り立たないということになるようです。高校2~3年で文系選択の生徒が数学の授業を減らすために、数学リテラシーが衰退しているのです。日本の場合、数学だけでなく、他の教科においても停滞が見られるようです。その原因の一つに、大学入試が関係しているという専門家もいるようです。そこで、小中校の学習から大学入試、そして大学の発展的学習の成果の向上などを考えてみました。

 小学校から積み上げられてきた学力の成果を、大学入試では選抜の手段として使われてきました。たとえば、国公立大学の場合、限られた日程の中で、一つの大学だけしか受験できません。この大学入試の公平性は、今まで認知されてきたことでした。限られた時間の中で、重圧を受けながら、集中的な力を発揮する能力は重要なものです。受験生が同じ問題を同じ時間内に解答仕組みは、公平性という意味では立派な制度になります。でも、近年この大学受験に問題があるという専門家も出てきました。世界の科学的研究は、筆記試験に潜むバイアス(歪み)を指摘するようになったのです。現行の入試制度に潜む無意識のバイアスを認識し、多様な評価方法を導入する必要があると主張する専門家が出てきたのです。一つの事例をあげると、ジェンダーギャップの問題になります。筆記試験特有の時間制限下での重圧は、女性より男性により有利に働く傾向があります。同じ問題でも時間制限がなければ、女性の方が好成績を収める事例が報告されるようになりました。力学の問題で野球やサッカーなど、伝統的に男性的とされる活動が受験問題に頻出する傾向があります。男性が馴染んだ形の問題を多用することが、性別による固定観念を想起し、数学や科学で女性の得点低下につながるケースが出てきています。

 大学に入るときの不利益も問題ですが、入ってからの能力向上にも話題が及びます。大学での学びや研究は、限られた時間内の重圧下で力を発揮する能力だけではありません。チームでの協調性や困難な課題に、長期的に取り組む粘り強さも必要になります。このような能力は、現在の大学入試では評価しきれない場合が出てきます。多様な能力を持つ人材が集まることで、大学は新たな知識を生み出すことができます。大学入試の公平性とは、単一の基準による機会均等ではないと言う専門が出てきたわけです。多様な能力を持つ学生の確保への取り組みが求められる中で、筆記試験だけが中立公正なのだろうかという疑問が出てきたわけです。多様性は、異なる視点や思考方法をもたらし新たな発想を生み出す土壌となります。多様な才能を適切に評価し、それぞれの個性が開花できる場を提供することが大学の使命になります。多様な才能を適切に評価すことは、社会全体のイノベーション力の向上にもつながります。

 このような問題を解決する手段として、指定校推薦制度が導入されています。外部模試は苦手だが、期末試験などでは良い成績を取る生徒がいます。このような生徒は、指定校推薦で私立の難関大に受かるケースがでてきます。一般入試の難しい問題を解くのは厳しいが、高校の試験だと高得点を取れるという生徒に指定校推薦は有利になります。この制度は、大学が定めた高校の生徒が出願できるものです。指定校推薦に求められるのは、高校での成績や出席日数になります。これは、学校推薦型選抜の一つになります。校内選考を通れば、ほぼ100%合格します。この指定校推薦には、学力試験は課されないことが多いのです。1大学1学部当たり1~3人程度の枠があり、普通は高校3年の10月ごろに校内選考があります。校内選考の後は、面接や小論文などの試験を経て12月ごろ合否が分かる仕組みです。指定校推薦では、後輩のためにも「模範的な学生」であることが求められます。このような制度を使って、多様な人材を大学に集めることも一つの選択肢になっています。

 PISA は、毎回順番で1分野ずつ重点調査をします。2022年は、数学的応用力を重点的に調べました。このPISAは数学的応用力を「数学的に推論し、現実世界の様々な文脈の中で問題を解決するために数学を定式化し、活用し、解釈する個人の能力」と定義づけています。調査は、15歳(日本は高校1年生に相当)が対象になります。PISAの調査では、数学的推論や定式化などのプロセスなどの3領域に分けて能力を測りました。この2022年の学習到達度調査(PISA)では、日本は数学的応用力で世界5位と上位を維持したわけです。日本の生徒は全体的にレベルが高く、質の高い義務教育の成果があらわれていました。2022年のPISAの結果で、日本は数学や科学の分野で高水準を維持したといえます。数学的応用力の平均得点は、マカオ、台湾、香港、日本の順になっています。ここで、少し心配事が出てきました。PISAが求める「現実世界の様々な文脈の中で問題を解決する」ことに関して、日本の子ども達には、やや苦手な面があることです。日本の数学教育の弱さは、義務教育までは世界最高水準を維持しながら、高校と大学に行くにしたがって停滞することです。その理由は、高校段階の授業の内容が難しくなり、どうしても問題が日常生活から離れがちになることです。世界は多様性の時代に突入しています。多様な問題を、数学的思考で解決することが求められています。でも日本の場合、実生活の中で数学的考え方を学習する習慣には課題が出てきます。この課題を解決するには、「数学好き」を増やすことに尽きるようです。日本の数学教育には、日常生活と絡めて指導するなど工夫が必要になるというわけです。

 余談ですが、九州大学では、教育データの活用に取り組んできました。19000人の学生と8000人の教員に、学習管理や教材配信システムが提供されています。現在開講中の4800科目で、データの活用が可能になっています。教育のデジタル化は、学生の質疑の応答や教材へのアクセス記録を容易に収集蓄積し、活用できる環境を整備しつつあります。将来的には、小学校から大学、そして社会人教育までの教育データを本人の同意のもとに蓄積する構想をもっているようです。デジタル教育の導入により、学習履歴をデータベースとして蓄積が可能になり、そのデータを利用する仕組みができるわけです。客観的な教育効果のデータを得られ、生徒や学生だけでなく、教員の客観的な指導力の評価も可能になるというものです。これらのデータの収集と蓄積、そしてその分析は、4G以前の通信環境で行われていました。4Gで約5分かかっていた2時間程度の映画のダウンロードが、5Gなら3秒程度で済むようになります。情報のやり取りの遅延時間が、1000分の1秒という低遅延が5Gの特徴になります。日本の小中学生の人数は、約1000万人です。これらの子ども達は、タブレットやパソコンを所持しています。ここにデジタル教科書が入力されれば、1000万人の子ども達の学習の進捗状況が、ビックデータとしての蓄積、そしてAIによる分析が可能になります。AIの得意とする機械学習には、画像データの活用も含まれています。教室の情況(子ども達の授業に取り組む姿勢や友達関係、その会話など)も、データとして蓄積されることになります。その中で、各大学が求める生徒や人材を入試や推薦入試で入学させれば良いことになります。一発勝負の大学入試よる選抜よりも、継続的観察による選抜の方が多様性という面で、優れた選抜方式になるかもしれません。

 最後になりますが、どんな選抜方式で合格しても学習や研究が無理なくできるように、大学も入学する本人も入学前に準備しておくことが求められます。一般入試を経て大学に入った学生と指定校推薦で入った学生の学力差が大きいことが問題になります。大学の工夫により、このような問題を克服している大学もあります。指定校推薦の合格者に対して、入学前の課題を出す大学があります。大学受験に備えている間、指定校推薦の生徒は高校3年の1月から3月にかけて自分のペースで勉強ができます。ある生徒は、大学指定の英語と数学の教科書で勉強していた結果、入学後も一般受験組と遜色ない学生生活を送れたそうです。指定校推薦の合格者にとって、大学のこのようなサポートは非常に心強いものです。高校時代の学習の蓄積を大学が把握し、それに応じた課題を1月から3月にかけて学習しておく仕組みも、良いのかもしれません。一般的に女性は男性よりリスク回避的で自信が控えめとされています。結果として、難関校への女子の出願が減少する傾向にあります。十分な時間があれば、女性の能力が発揮できるというデータは揃っています。これからは、女性の創造性を発揮する場面も多くなります。現在の入試制度では、せっかく才能がありながら、生かされないケースも増えています。これからの人材の選択には、面接や推薦制度の拡充、長期的なプロジェクト評価などが挙げられるようです。

  • ひと口アイデア

 日本のジェンダーギャップをなくす方法は、1万円札を女性の人物にすることです。5千円札では、良くありません。

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