東南アジアで、遠隔診療へのリープフロッグ現象(カエル跳び)が起きています。一足飛びに、先進技術が普及する現象が、医療分野で起きているのです。たとえば、インドネシアは、医療インフラが十分に整っていない国です。世界銀行によると、インドネシアは人口1000人あたりの医師数が0.5人になります。これは、世界平均の1.8人を大きく下回る数字です。このような状況でも、医療サービスを求める人々は存在します。この要望に応える複数の医療アプリが、インドネシアでは群雄割拠しています。その中でも、ハロドクとアロドクターの2社が台頭しているようです。ハロドクは、2万人の医師と3300の病院、そして4000の薬局と提携しています。ハロドクによると、直近の月間利用者は約2000万人に上ります。この内、58%が外来で、残り42%はハロドクなど医療アプリによる診療になります。アプリによる診療価格は、2万5000ルピア(約220円)からで、医師が処方した薬は最短15分以内に届くサービスです。ハロドクは配車大手のゴジェックと連携して、薬の宅配まで手がけているのです。
日本の医療に目を転じると、いくつかの改革が行われています。この改革は、高齢患者の増加と医師の負担の分散と軽減に備えるものです。2040年に必要な医療・福祉の就業者数は、1070万人になると想定され、すると医師が約96万人不足する試算があります。日本の医療では、医師のみが診察や処置、薬剤の処方ができます。このことが、医師の負担を増す要因になっています。今後、高齢者が増加すると医療需要の急増が見込まれます。その場合、今の制度では医師の負担が増え、医療サービスに問題が生じます。そこで、看護師や薬剤師に医師の仕事の一部を任せるという案が出てきました。もっとも、特定の医療行為を、医師が事前に定めた手順書の範囲内なら看護師に認める制度は設けてあります。看護師は、医師の指示のもとで注射や点滴といった診療の補助を担うことができます。この制度には、患者の体の変化に柔軟に対応しにくい点があります。例えば、訪問看護師が高齢者宅を訪れた際、体調に異変があっても素早くケアできないのです。医師に連絡しても、すぐに指示が得られない場合、緊急外来に搬送するケースもあります。医師が看護師に仕事の一部を任せれば、この緊急時も早めに治療が可能になります。看護師に医療の一部を任せれば、医師はより高度で優先度の高い治療に専念できます。医師がより高度で優先度の高い治療に専念できれば、医療の質が上とがる可能性もあります。
英国やスウェーデン、スペインなどでは、一定の要件を満たした看護師が自らの判断で薬を処方することが認められています。また北米やオーストラリア、シンガポールなどには、医師の指示がなくても自身の判断で一定レベルの診断や検査、処置、薬の処方などを実践する「ナース・プラクティショナー」という看護職があります。これらの医療従事者は、お医者さんを支える戦力として活動できるのです。日本には、こうした仕組みはありません。看護師は、医師の指示に基づく「診療の補助」しかできないのです。医師の指示があれば、「診療の補助」として多くの医行為が行えるケースがあります。指示がなければ、患者に湿布を貼ったり、軟こうなどの薬を塗ったりすることもできないのです。医師だけで、医療行為ができない不備が明らかになったのは、新型コロナウイルス感染者の増加においてでした。に、お医者さんが柔軟に対応できない現状が明らかになってきました。一例をあげると、東京都内でもコロナ患者が0.6万人から3.4万人に増えた時期ありました。呼吸困難に対応するための酸素濃縮器は、医師の立ち会いが必要とされます。コロナ患者が在宅で利用する医療機器には、空気中に21%ある酸素を25~30%に高めて投与するための酸素濃縮器が求められます。そして、指に装着して血中の酸素飽和度を測る「パルスオキシメーター」も、必要になります。これらは、医師の立ち合いのもとに、医療行為として行われるのです。でも、この急増という状況の中で、お医者さんの不足が顕著になったのです。「ナース・プラクティショナー」という看護職があれば、これらの状況に対応できました。もっとも、政府もこの事態に傍観しているわけではありません。政府は、医師仕事の一部を看護師に任せる「タスクシフト」の本格的な検討に入りました。海外で普及する「ナース・プラクティショナー」制度の日本版を提起し、実現に向けて協議をしています。この実現には法整備が必要で、規制改革推進会議と厚生労働省で調整を進めています。
日本の医療には、もう一つの問題点があります。それは、薬の処方に関することです。インドネシアなどでは、薬が届くまで15分という短時間ですむ状況が生まれています。日本の場合、治療から薬をもらうまで、複雑な流れがあります。医薬品には、医師が処方する処方薬とOTC薬があります。医師が処方する医療用医薬品は、処方箋薬とOTC類似薬があります。OTC薬は、薬局で患者や消費者が選んで買う薬になります。OTC類似薬とOTC薬には、違う点と似たような点があります。OTC類似薬は、OTC薬と同じ成分でも処方箋なしでは入手できません。でも、面白いこともあります。OTC類似薬は、健康保険が利くのです。OTC類似薬は、処方箋を調剤薬局に出せば、薬代は原則、公定薬価の3割になります。後期高齢者は、原則1割と格安です。OTCは、カウンターを挟んで買うので「オーバー・ザ・カウンター」の頭文字をとったものです。OTC医薬品は、胃腸薬、うがい薬、湿布、目薬、ビタミン剤など7000種に上ります。OTC薬は、きれいなパッケージに入っています。一方、類似薬は用法を記した薬袋に入れられて渡されるものです。市販パブロン(OTC薬)などは、病院や診療所で医師が処方する薬と同じ効果効能をもつとされています。要は、OTC類似薬とOTC薬は、同じ効用を持つものなのです。処方箋を調剤薬局に出せば薬代は原則、公定薬価の3割ですみ、後期高齢者は原則1割になります。処方箋を出せば安くなるのですが、その安くなる理由は健康保険から差額が出されているからです。健康保険は、毎年赤字になっています。もし、OTC類似薬の仕組みが無くなれば、年間1兆円の保険医療費の節約なるという試算もあります。さらに、OTC類似薬の仕組みが無くなれば、医療機関に入る処方箋料や調剤薬局に取られる技術料のムダも省けることになります。患者は、シンプルな医療サービスが受けられるようになると言うことです。
余談ですが、日本がグズグズしている間に、東南アジアの医療サービスが急速に向上しています。シンガポールでは、コロナ下の都市封鎖時に遠隔診療のニーズが急増しました。でも、コロナ関連規制が解除されると、対面診療の安心感を求める患者も増えています。オンライン一辺倒では、サービスが十分ではないことに気が付いたようです。シンガポールでは、人口あたりの医師数が多く、身近に医療機関がそろっています。この都市国家では、かかりっけの小規模医院から富裕層向けの高級病院まで充実しています。シンガポールでは、遠隔診療と病院での対面診療を融合するオムニチャネル化が進んでいます。ネットとリアルのサービスを融合する医療サービスが進んでいるのです。スピードク(医療機関)は、シンガポールとマレーシアに約12万人の利用者がいます。スピードクは、遠隔診療も行っています。遠隔診療から薬配送、在宅医療までをカバーするアプリを開発しました。スピードクは、医師、看護師の自宅訪問や救急車手配といった複合的なサービスも提供しています。医療後進国から、リープフロッグ(カエル跳び)現象で先進国の医療を追い越すまでになっています。
最後になりますが、東南アジアで医療アプリが急速に浸透しつあります。新型コロナウイルス禍の行動制限をきっかけに、多くの国が医療アプリを使い始めました。東南アジアは医師が少ない国が多く、アプリの普及が医療サービスの向上につながっています。フィリピンでは財閥大手アヤラグループが、3つのアプリを統合しました。このアヤラグループが、遠隔診療から在宅診療まで利用者の幅広いニーズに対応する仕組みを構築しています。遠隔診療は、希望する医師を写真付きのプロフィルや診療価格、評価を見ながら選ぶことができます。自分の病状や予貰などを考慮して医師を選んだ後は、チャットで症状などをやりとりします。病院に行かなくても、薬がすぐに届く仕組みをできています。遠隔診療への強いニーズが、一足飛びに先進技術が普及するリープフロッグ現象を生んでいるわけです。強者が、アプリを統合し、サービスの向上に努めています。最近は、医療アプリの利用者の拡大とともに、事業者間のさらなる競合激化する状況が生まれています。ここの勝者は、利益を上げることができます。現在、起きていることは、国境を越えた統合や買収です。実際、シンガポールのドクター・エニウェアは、タイの同業を買収しています。医療アプリは、国境を越えて広がる流れが出来つつあります。すでに、タイと中国では、国境を越えた医療アプリの利用が行われていると言われています。この流れが、日本にも押し寄せてくるかもしれません。日本も、備える時期にきているのかもしれません。