文部科学省は、年30日以上登校しない小中学生が2023年度に過去最多の34万人と発表しています。この34万人の数字は、約10年前からほぼ倍増したことになります。不登校児の学びの充実を図る「教育機会確保法」が、2016年12月に成立しました。ここでは、画一的な教育から、一人ひとりに合わせた「個別最適な学び」へと転換する目標を掲げています。登校を基本に据えつつ、個性を重視する方向を目指しているわけです。でも、この方向には、なかなか流れない現実があります。文科省は、2023年にいじめや不登校に関するアンケートを実施しました。そこから垣間見られるものは、教室での画一的授業に対する子どもの異議申し立てでした。一律に、同じ内容を同じスピードで学ぶことに合わない子どもはたくさんいます。この実情に合わせた授業が、行われていないことに対する抗議が色濃く出てきました。「周囲に合わせろと叱られた」とか、能力のある子が「授業で分からないふりをするのが苦痛だった」と述べるように、出来る子にはできる子に合った支援を、分からない子には、分かるような支援が望ましいわけです。オーダーメードの学習支援が、IT技術の発展に伴って、視界が開けてきた面もあるようです。今回は、個々の子ども達の到達度に応じた学習支援について考えてみました。
近年、遠隔配信授業(オンライン授業)を検討する自治体は少しずつ増えています。北海道内には179の市町村と186の道立高校があります。186の道立高校の55%が、1学年の学級数が1~3の小規模校になります。不幸にも、高校のない市町村もあります。小規模校では、配置される教員数に限りがあります。生徒たちが受ける科目数も、大規模校に比べ少なくなる傾向が出てきます。小さな高校は、生徒が希望する科目がない場合もあります。このような課題解決に、北海道高等学校遠隔授業配信センター(T base)が取り組んでいます。T baseは2021年、北海道有朋高校内に設置されました。ここには、校長を頂点に25人の専任教師が運営に当たっています。2025年度は、9教科30科目の配信を行っています。この受信校は32校に上り、受講している生徒は延べ約900人になっています。配信する学校との距離は、450キロメートル以上離れることもあります。T baseの授業中は、受信校側にも教職員がいて、生徒の補助などに当たる形態をとっています。国語、数学、英語の習熟度別授業では5,人以下の場合もあり、効果を上げているようです。2025年度入試では、受信校の生徒が北海道大学に現役合格する実績も残すことができています。
成果を上げている理由には、いろいろな工夫があるようです。第一に、センターの教員は受信校の担当者と日々連絡をとり、生徒の状況把握に努めています。次に、生徒や受信校の教員と授業の土台となる関係を築くことに力を注いでいます。センターの教員は、年に2回現地に赴いて対面授業も行います。Face to Faceの対面授業で、信頼関係を築いているようです。このような出張授業を、多い教員で5校程度を受け持っているようです。課題もあるようです。受信校ごとに、教務内規の違いがあります。教務内規が異なるため、定期試験の有無から評定の算出方法までいろいろなのです。センター校と受信校の内規などの統一が求められるのかもしれません。一気に内規統一はできないでしょうが、徐々に進めていきたいものです。それには、教員同士が授業改善に向けた意見を自由に出せるようフラットで、良好な人間関係も大切になります。授業公開が2024年度で53回と日常的に行われ、多くの同僚と磨き合う環境は徐々にできているようです。現在は、センター校を中心に、配信授業のノウハウや人材育成のノウハウを蓄積している段階のようです。
学校で授業を行う場合、学習指導要領に基づいて行うことになります。いわゆる目標、内容、方法、評価という流れの中で授業理解度が把握されることになります。一般的に、授業が理解できたかどうかを調べるには、3段階の評価過程があります。最初は、診断的評価のテストで、単元前の学力を調べることになります。次に、授業や宿題などの学習活動の後で、子ども達一人一人の習得の度合を形成評価する段階になります。この授業における形成評価は、遅れている子どもには補習的指導を繰り返すような支援することになります。最後が、総括評価が子ども達の学習進度や学力を把握するテストになります。熱心な先生は、子どもの実態を把握しています。学習をする前の学力、その後の学力の形成評価も十分に把握しています。でも、この把握には、プレテストや形成評価のためのテストも必要です。個々の生徒を深く知ろうとすれば、テストの採点業務が増えることになります。多くの教員は、これらを授業以外の時間で行います。できれば、採点業務を毎日定時まで行う補助的職員がいれば、子どもの学力の推移は把握しやすくなります。把握できれば、補充やより伸ばす工夫も適時にできます。早く採点ができれば、結果が分かります。結果が分かれば、次の対策を早く取ることがでるのです。パソコンをはじめとするデジタルツールの向上で、子ども達の支援対策は、素早くできるようになる環境が整いつつあります。いずれ子ども達の学力や能力の「予測」「絞り込み」「見える化」が教員個人でもできる時代が目の前に来ています。
学習支援は、民間企業でその成果を上げているようです。コニカミノルタは、学校向けの生成AIシステムを開発し、実証実験を行ってきました。現在、小中高校などに通う生徒らと教員の計16万人程度が生成AIを利用できる環境の構築を行っています。コニカはこうしたノウハウを生かし、都と教育現場の実装に向けて連携しつつあります。コニカは、東京都立学校を対象に生成人工知能サービスを提供すると発表しました。東京都から都立学校における生成AIシステムの構築や保守などの業務を受託したのです。教員や児童生徒にアカウントを付与し、サービスの利用ができるようにするわけです。教師は、生徒の自宅学習用ドリルを制作する手間や、人ひとりの学習支援の負担を軽減できるようになります。各生徒の学習状況は、クラウド上で教師がダッシュボードなどで確認できます。近年の進歩は、問題数の蓄積数にあります。コニカは、単独ではなく、「すららネット」のAIサービスと提携したのです。提案できる問題数は、コニカミノルタの9万問と、すららの20万問があります。問題数を3倍以上の29万問に増やし、より学習成果の向上につなげようとしています。AIと連携し、より個別のニーズにあった提案ができるようになりました。ちなみに、このAIサービスは、米オープンAIが提供するGPT-40mini以上の性能を持っています。AIモデルを安全に使えるコニカミノルタのサービスは、生徒の習熟度に応じて提案できる優れものです。一方、すららは個別の設問でのつまずきが、「計算の間違いによるものか」、「本質的な理解不足なのか」などを推定するAIが強みになります。
余談になりますが、九州大学は、教育データの活用に取り組んできました。19000人の学生と8000人の教員に、学習管理や教材配信システムが提供されています。現在開講中の4800科目で、データの活用が可能になっています。教育のデジタル化は、学生の質疑の応答や教材へのアクセス記録を容易に収集し活用できる環境を整備しつつあります。将来的には、小学校から大学、そして社会人教育までの教育データを本人の同意のもとに蓄積する構想をもっているようです。デジタル教育の導入により、学習履歴をデータベースとして蓄積が可能になり、そのデータを利用する仕組みができるわけです。客観的な教育効果のデータを得られ、生徒や学生だけでなく、教員の客観的な指導力の評価も可能になるというものです。幸いにして、日本のITインフラの整備が進み、デジタル教科書も実現してきます。デジタル教科書の副教材やデジタル学習のソフトが進化すれば、各個人のレベルでも学習を進めやすくなります。教員は個々の生徒の学習履歴を瞬時に把握でき、それに応じた課題が出せます。教材に子ども達が合わせるのではなく、子どもの発達に教材を合わせることも可能になります。そんな教育環境が整えば、不登校の子ども達も少しは減るかもしれません。
最後になりますが、遠隔授業の受信希望者が、毎年右肩上がりに増えています。これと同じような傾向を示しているのが、通信制高校です。全日性高校や定時制の生徒数が減少しているのとは反対に、通信制高校を受講している生徒数は増加しているのです。通信制高校は、スクーリング、レポート、試験の3本柱で運営されています。この通信高校にも蓄積された学習支援の知恵があるようです。全日制で増えている遠隔授業と通信制には、類似点があります。この2つの制度でも、適正な教員の配置が望ましいことはいうまでもありません。でも、理想と現実には、ギャップがあります。そのギャップを乗り越えるのが、ICTの進歩になります。遠隔授業の基盤をなすICT機器の改良は、日進月歩です。幸いにも、北海道の受信校では、生徒一人一人に応じたオーダーメードの授業を展開しているようです。その成果が、現役で国立大学に合格した成果に繋がっています。今後の成果を、見守りたいものです。