近年、クマの出没が話題になるようになりました。特に秋田県では、人とツキノワクマとの遭遇がかってない規模で起こっています。2023年度に秋田県では、3723件もの目撃情報があり、70人の方が負傷しているのです。岩手県は秋田県についで多く、49人の方が負傷しています。2024年は前年よりは少ないのですが、両県の被害者は4~8月の5カ月で18人となっています。東北地方では、クマ目撃は珍しくなくなり、人身の被害が過去最悪のペースで起きています。東北地方で起きているクマの大量出没は、本州全体で起こることが心配されています。すでに国内の6割を超す地域で、目撃される状態が続いています。札幌市や仙台市など大都市でも、目撃が多発しています。秋田県によると、山に設畳したカメラ情報からクマの県内生息数を4400頭と推定さえるといいます。クマの県内生息数を4400頭と推定したのですが、分布など正確な生態はわかっていないのです。また、環境省のデータを分析すると、クマの生息数は1978年から2018年にかけて倍増していることが推定されています。今回は、クマが町や村への進出するのを抑止する仕組みを考えてみました。
これほどクマの出没が目立ってきた理由を、多くの専門家は「里山の衰退」としています。里山は、「自然と都市の中間に位置し集落、ため池などで構成される地城」と定義されるようです。でも簡単に言えば、日本のどこにもある田園風景と考えても良いでしょう。この里山は、クマと人の世界を分ける役割を持っていました。クマは、警戒心が強い動物です。人の活動が活発だった里山にたまたまやってきても、すぐ山に帰るのが常でした。ところが、状況が変わってきました。里山を支えてきた人々が高齢化し、さらに減少し、過疎化が進み、農業や林業の人の活動は極端に減りました。人口減少や過疎化で荒廃した里山は、もはや人だけのものではない状況が生まれたのです。柿や栗の木もあって、人の危険も感じることなく食べることに困らない場所になりました。クマには、里山から山奥に帰る理由がなくなったのです。里山はいまやクマのテリトリーになり、たまに訪れる人間の方が部外者になるという皮肉な現象も出てきています。荒廃した里山をこのまま放置すれば、都市も占拠され、日本列島は「クマの惑星」となるという方も現れるようになりました。蛇足ですが、クマの立場になると、昨年は好物のブナなどのドングリが大凶作だったので、エサを探して山を下りてきた面もあります。昨年はクマもエサがなく、かわいそうな1年だったという方もいるようです。
野生動物と人間の共生を考えた場合、エサの確保を保証してやるという知見もあるようです。たとえば、福島県のいわき市は、畑の農作物をイノシシの害から守るために、山にカボチャの種をまいています。地元の人たちは自衛手段として、山にカボチャを作ることをごく当たり前にしていたのです。人間の生産活動をする農村と動物の住む森林の間に、カボチャ畑という緩衝地帯を設けたわけです。いわきのカボチャの仕掛けは、地元に代々伝わる智恵ともいえます。いわき市の事例に似たことを、アメリカのインディアンが行っていました。彼らのブルーベリー畑の周囲には、ジューンベリーという種類のキイチゴが植えられています。これは、ブルーベリーを守るために、畑の周囲にジューンベリーを植えているのです。ジューンベリーはブルーベリーよりも商品価値は落ちます。でも、実りが早く、丈も高いのです。飛んでくる鳥としては、商品価値などは知らないし、腹がいっぱいになれば満足です。やってきた鳥たちは、先に熟すジューンベリーの方を食べます。熟すジューンベリーの方を食べる鳥を尻目に、人間はブルーベリーを収穫するという仕掛けになっていました。もちろん、クマへの対策を行っている町もあります。宮城県の川崎町は、「牛タン」の里といわれるほど牧畜が盛んです。牛の飼料であるデントコーンの畑が、ツキノワグマに荒らされて困っていたのです。この解決策として、「ツキノワグマのすみかを守る会」の人達は熊が「食べてもいい畑」を作ったのです。山際でお腹がいっぱいになったクマは、危険をおかしてまで里の畑に来ることはないと考えたわけです。クマが食べてもいい畑の活動は、もう10年も続いています。確かに、農作物被害も減り、駆除されるクマの数も減っているとのことです。
秋田市内の里山で暮らすツキノワグマを、「アーバンベア」と呼んでいる人もいます。それは、都会のクマということになるのでしょうか。人が住む地域まで来て、それ以来、山に帰らず、里山に住み着いているクマが出てきています。秋田県のクマ対策に従事する方は、人とクマの生活圏はもはや重複していると考えています。彼は、「我々はクマに負けており、押し返さなければならない」と言います。この実感は、クマと人の緩衝地帯の消失が全国に先行して進んでいる秋田だからなのかもしれません。都市以外の人口(地方の人口)は2020年に約3900万人と、1980年(約4700万人)から2割も減少しています。その中で、秋田県は人口減少率が11年連続で全国最大で、今年7月には90万人を割り込んでいます。過疎化が、急速に進んでいる地域を数多く抱えているとも言えます。高齢化も加速し、里山の人影は今以上に薄くなっています。結果として、クマの出没が急激に増える状況を生み出しています。もちろん、国内の市町村もこの状況を座視しているわけではありません。クマとの距離を空ける施策は、全国各地で試されています。長野県軽井沢町では、犬を使ってクマを山に追い返しています。また、山に入って大声を出し、銃の音を聞かせたりして人間は怖い存在と知らせることを奨励する市町村もあります。守りに入った、町もあります。北海道斜里町ウトロ地区では、人が働く場所を電気柵で守って、その中で作業している風景もあります。
余談ですが、クマに詳しい方に聞くと、クマが狂暴化しているのではないかと危惧しています。この傾向は、温暖化による事例にも見られます。米ハーバード大学の調査によると、気温が上昇すると人がイヌにかまれる頻度が増えたのです。米国8都市で、2009~2018年にイヌにかまれた約7万件の報告を分析しました。この7万件の報告を分析では、気温が高い日は約4%かまれる頻度が高かったのです。さらに、米エモリー大学の研究によると、ヘビでも気温が上がるとかまれる頻度が約6%高まると報告しています。温暖化が進むと、へビにかまれるリスクが上がるかもしれないというわけです。暑さなどの生理的なストレスが高まると、人間だけでなくイヌやヘビも攻撃などの短絡的な問題解決に走りやすくなる状況が生まれています。地球温暖化が、人の健康の悪化や動物の凶暴化などをもたらすという好ましくない状況が生まれているのではないかという説も出てきています。
野生動物による被害の解決には、自然や社会の特性に応じた人為的管理の再構築が必要になります。野生動物の管理は、個体数管理、生息地管理、被害防除の3つをバランス良く実施することになります。被害を防ぐには、動物の生態と侵入する要因を調べ、被害発生の仕組みを知ることが大切です。山や森などの自然が荒れれば、動物の食べる食物はなくなります。飢えた動物は、里の食物を狙うことになります。人間の住む農村が疲弊すれば、動物の侵入を防ぐことができなくなります。動物の種類によっても、対策は違ってきます。一般的な対策には、動物の嫌う環境を整備すること、農地を守る侵入防止対策を整備すること、捕獲圧に重点をおいて適切な捕獲行うことなどがあります。でも、捕獲圧に対する耐性は、熊は弱く鹿はやや強くイノシシは強いという特性があります。熊には恐怖感を与えて、山に返すことで事足りると言われています。イノシシの場合、繁殖率の高さから強力な捕獲圧に加え個体数をたえず抑制しておくことが不可欠となります。
最後になりますが、人間とクマの共生のお話しになります。山奥に住むクマが、食べ物が豊富であれば、わざわざ人間の生活圏に入ることは少なくなります。であれば、クマにとって山が住みやすい場所にすれば良いわけです。食べ物(ドングリやクリなど)があって、安全な場所(人間の活動が極端に少ない場所)ということになります。このような場所は、天然林ということになるかもしれません。この課題は、日本の林業の視点から解決ができるかもしれません。日本の林業には、強みと弱点があります。強みは、伐採できる森林を豊富に抱えていることです。日本の森林面積は、2500万haで、年間成長量は約1億㎥になります。弱みは、その成長量を、十分に利用できていない点にあります。1億㎥の中で生産している木材は、3400万㎥に過ぎません。一方、森林面積1000万haのドイツは、年間6000万㎥の木材を安定的に生産しています。森林には、人工林と天然林とがあります。人工林は、主として木材を生産する森になります。この人工林は、木材の生産に適した森林を集約して、林道を整備し、大型機械を使用し、生産を上げていくことになります。天然林は、自然の森ということになります。日本の場合、人工林の中にも生産に不向きな土地があります。逆に、天然林でも生産性に優れた森もあります。ここからは、飛躍したお話になります。戦後GHQの指令で、農地改革が強制的に行われました。結果として、農村の近代化を促す優れた政策になりました。このような農地改革と類似した政策を林業でも行うわけです。その一つは、時限立法になります。所有者不明の私有林は、国が強制的に50年間、借用すると言うものです。もちろん、利益を上げて、事業を展開している私有林は対象外になります。この50年間で、生産性の低い森は、天然要素の強い森林に方向転換していきます。天然林でも生産が適している場所は、人工林に変えていく政策を行います。50年間で、木材の生産に適した森林を集約して、林道を整備し、大型機械を使用できる環境を整えることになります。そして、50年後に生産性の高くなった私有林を、50年前の所有者にお返しすることになります。人工林は、人間活動の盛んな生産性の高い森になります。一方、天然林は人間活動の低調なクマの住みやすい森になります。天然の森に、広葉樹を植林し、ドングリがたくさん落ちる森にすることもできます。農村と動物の住む森林の間に、カボチャ畑という緩衝地帯を設けた事例もあります。ブルーベリー畑の周囲に、ジューンベリーを植えた事例もあります。天然林を囲むように人間活動の盛んな人工林を作ることも可能です。こんな工夫で、クマと人間の共生を計れればハッピーです。