2024年は、コメの価格に異変が起きました。JAグループなどコメの集荷業者と卸会社が相対で取引する価格(新米の出回り〜10月)が、茨城産コシヒカリは60キログラム当たり2万6704円でした。一方、高級米の魚沼産コシヒカリが2万5039円で、北海道産「ゆめぴりか」が2万5877円でした。茨城産コシヒカリは、業務用途が多く、本来は割安な銘柄でした。それが、高級米とされる魚沼産や北海道産よりも高くなってしまったのです。この茨城産は、2023年産の前年同期と比べて75%も高くなってしまったのです。このような現象が、業務用途が多い宮城産ひとめぼれも55%も高い情況になりました。魚沼産コシヒカリは21%の上昇にとどまり、低価格帯のコメほど値上がりが大きくなる傾向がありました。このような傾向は、コメが不足している限り、来年も続くと言う専門家もいるようです。今回は、このような不足するコメの安定供給について考えてみました。
2024年のコメ不足には、それに至る下地がありました。日本のコメの総需要が、700万トンから800万トンと言われています。その中で、業務用米は、200万トンほどになります。昨年、農水省が発表した2023年産主食用米の収穫量は、661万トンと発表しました。この661万トンは、2020年産米の生産量が776万でしたから、115万トン減ったことになります。さらに、この生産量は、1993年に起きた冷夏による「平成のコメ騒動」(783万トン)を下回る数量なのです。日本では、中食や外食の需要者が増えてきました。中食や外食産業の求める手ごろな価格帯のコメが、常に不足していたのです。そこに、2023年の生産が661万トンとなり、日本人が必要とする需要は生産を上回る状況が生まれつつあったわけです。さらに、そこに3000万人にも及ぶ外国人観光客が訪れました。彼らの目的の一つが、和食でした。当然、コメの需要は激増します。弱い立場の人々が通うスーパーが、最初にコメの仕入れに困りました。もっとも、この不足は、東北や北海道の新米が出回るころには、改善されていきました。でも、コメの価格は高いレベルで推移することになりました。コメが不足する限り、コメの値上は避けられない情況です。
そこで、コメを作る農家の実情を眺めてみました。2020年の農業センサスによると、日本のコメを作る農家の数は約70万戸になります。これは、1970年の約466万戸と比較すると約50年間で7割ほど減少していることになります。蛇足ですが、コメの生産量も、1970年の1,253万トンから2020年には776万トンと約50年で4割以上減少しているのです。コメどころの秋田県では、コメなどの農作物を生産と販売をする農家は2020年には2万7780戸でした。この数字は、2015年より約1万戸減った数になるのです。田んぼはあっても、担い手が減っていることが農業の大きな課題になっています。さらに、担い手が高齢になり、体力的に農作業に従事できなくなっている現状があります。農家の減少と高齢化は、全国を見渡してもさらに進行することが確実視されています。高齢者を苦しめる一つに、厳しい農作業の実態です。秋田県大潟村は、「コメどころ」になります。ここで行ってきた従来の水稲作付けは、まず春に 3~4週間かけてハウス内で苗を育てることから始まります。次に、田んぼに浅く水を張って、土をトラクターでかき混ぜて軟らかくする「代かき」を行います。さらに、従来の水稲作付けは、温度や水を管理する手間がかかるのです。ある農家の方は、「まだ今は体が動くからいいが、これから年を取っていく」と将来を悲観的にみています。もっとも、今後も農業を続けるうえで、負担が軽減されれば、話は違ってくると言います。
人間は苦しくなれば、それを乗り越える努力や工夫を重ねてきました。この秋田にもその兆候が見られるようになりました。この秋田県大潟村では、田んぼに苗を植えずに種もみを直接まく栽培法がじわりじわりと広がってきました。この乾田直播という方式は、春先の管理作業を省けるのです。ハウス内での苗を育て、「代かき」、そして温度や水の管理をする手間が省けます。乾田直播なら、こうした作業を省くことができるのです。この作業が省ければ、生産者は労働力を収益性の高い作物の栽培に振り向けられます。吉原忍さんは、約8.6へクタールの水稲作付けを乾田直播にしました。彼は、「難しい面はあるが、稲の根の張り具合は苗を植える場合に比べていい」と成果を認めています。彼は、これから年を取っていく先々のことを考えて決断したようです。コメ農家は、肥料や資材費が高騰するなか、コメの栽培だけでは所得の増加が望めない状況にあります。収益性の高い作物の栽培で、所得を向上する工夫が求められています。コメの栽培だけでは、ジリ貧です。ジリ貧で農業から撤退すれば、耕作放棄地が増えます。耕作放棄地を増やさないためにも、乾田直播は一つの対策になり得ると期待を寄せられています。農作業の厳しさを減らし、収穫を高めて、所得を上げる工夫を実践する姿がここにはあります。
人間は、欲張りな動物です。量だけでなく、質も求めます。コメに関しては、田植えをし、農薬をまいておけば、ほぼ手入れをする必要はなくなり、収穫を迎えることができます。昔は重労働であった除草の作業は、除草剤を使っていれば必要のない仕事になりました。でも、このように容易にできるコメに対しては、評価が低くなりつつあります。近年、有機農法が注目されています。容易にコメを育てて収穫のできる仕組みより、細かな作業を行う有機農法でつくられたコメに高い価格が付くようになってきたのです。日本の有機米農業は、全生産量の0.5%と非常に少ない現状にあります。最近は食料安全保障やSDGsによる環境に配慮の視点から、有機農法に関心が集まっています。SDGsによる環境に配慮する産業への移行が、先進国を中心に大きなうねりになっています。水田は、何もしなければコナギやホタルイ、ヒエなどが生い茂って「雑草の草原に」なってしまいます。もし、有機農業を行うとすれば、1シーズンに、3~4回の除草作業が欠かせないことになります。除草と本気で取り組めば、毎日7kmを歩く作業量になります。足元がぬかるむ水田の中を歩いて草を取る作業は、農家の体力を奪うことになります。もし、この作業が軽減されるならば、有機米農法は急速に普及する可能性がでてきます。
農薬や肥料を少なく使用して、環境負荷の少ない循環農業が見直される時代になってきました。以前、消費者は「おいしさ」を求めていました。今は、「安全・安心」次に「健康」、そして3番目に「おいしさ」が選ばれるようになっています。おいしさだけを追求していると、「安全・安心」や「健康」の面が、疎かになる場面がでてきます。そんな中で、「安全・安心」や「健康」を大切にし、そして環境に優しい農法が、注目されています。この可能性を秘めている農業が、アイガモ農法になります。アイガモ農業は、有機米を収穫し、カモを食肉にすることで完結します。雑草が伸びれば、アイガモが食べてくれます。でも、雑草の伸び方は一様でもありません。雑草が少ないときは、田んぼに入れるアイガモを少なくします。逆にイネが草に負けそうな田んぼには、大きくなったカモを入れたり、数を増やしたりしながら調整していきます。雑草や虫を食べるアイガモにも、エサをやらなければなりません。アイガモは、雑草と虫だけで、肥育するわけではありません。しっかりエサやることで、アイガモが食肉として良いか悪いかが決まってきます。注意したいのは、ここで外国の飼料をやらないことなのです。例えば、トウモロコシの飼料を食べたアイガモは、4割ほどが消化されずにフンとして輩出されます。つまり、田んぼに化学物質がまき散らされるわけです。地元で採れた有機栽培の野菜や小麦ならば、その心配がなくなります。そこまで、配慮しながらアイガモ農業を行うわけです。
有機米への最大の障壁は、除草にあります。もし、この作業が軽減されるならば、有機米農法は急速に普及することになります。確かに、アイガモ農法は、環境に優しく、やり方によっては利益も上げることができます。でも、大量に有機米を作ることには難点があります。この障壁を乗り越えようとする人たちが、秋田県に現れました。アイガモではなく、アイガモのロボットによるものです。雑草を抑える自走式ロボットを使い、有機米を栽培する試みが秋田県の「にかほ市」で始まったのです。地元農業生産法人が、雑草を抑える自走式ロボットを使い有機米を栽培しています。このロボットは、東京農工大発ベンチャーが開発した「アイガモロボ」を使用しています。田植え前に水を張り土の塊を細かく砕く代かきの期間も3台のアイガモロボを稼働させていました。太陽光で動くアイガモロボは、農家の負担と手間を減らすために水田を動き回ります。太陽光発電を動力源にして、スクリューで水をかき混ぜ、泥を巻き上げるのです。水が濁り、水中に届く日光を遮ることで、稲の生育を妨げる雑草の発芽や成長を抑える仕組みになります。田植えから2カ月たった7月15日、40ヘクタールの水田には雑草がほぼ見えないほどの成果を上げていました。この農業法人は、農薬も化学肥料も使わず、「ひとめぼれ」を有機栽培しています。市や井関農機などと連携して、「環境保全型スマート農業」の確立を目指しています。このような環境に優しい農業が普及すれば、未来は明るくなるかもしれません。
最後になりますが、世の中は進歩しているというお話しになります。NEWGREEN (東京都小金井市)は、アイガモロボの新型機を2025年3月から販売すると発表しました。この新型機は、10~150アールと適応面積が広がり、多少の不均平がある水田でも使える優れものです。今までのアイガモロボは、30~70アールで、凹凸が少ない均平な水田での使用を想定していました。現行機の重さは、約16キログラムですが、新型機は約6キログラムになります。新型機は、中山間地域の狭い水田でも使いやすい軽量でフットワークが良いアイガモロボになります。値段は、税込み希望小売価格は27万5000円で、現行機の半分の値段になります。操作性も、優れています。現行機は操作にスマホが必要になりますが、新型機はスマホが不要で、学習機能のあるシステムを搭載しています。新型機は、水田の形状を覚えさせることでスムーズに動かせることができます。高齢者の負担を軽減し、所得を向上させ、そして消費者のニーズを満たす要素(健康、美味しさ、量の確保など)を実現する農業が可能になりつつあるのかもしれません。