シェルターが安全保障の盾になる時代です アイデア広場 その1399

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻で、連日、多くの市民の犠牲が伝えられ、核戦争の脅威も現実味を帯びるようになっています。冷戦がおわり世界はひとつになり、経済のグローバル化が進展していたのです。楽観主義者の立場からは、国と国のつながりが深まれば平和がおとずれると安易に考えていました。主要国の間で、全面的な戦闘行為が起きるとは想像もできないことでした。ところが、ロシア軍が戦車をつらねて他国に軍事侵攻していく映像に、世界中の人が驚きました。国と国の相互依存関係が深まれば、争いがなくなるということは、ロシアのウクライナ侵攻によって打ち砕かれました。現実は、自分の国は自分で守らなければならないという教訓が残ったわけです。ヨーロッパの人達は、ウクライナでの戦闘やチェルノブイリ原発への攻撃を見て、自分を守ることを真剣に考えるようになりました。その一つの現れが、シェルタ―の需要です。フランスやイタリアでは、人命を守る地下シェルターメーカーへの問い合わせが殺到しているようです。この地下シェルターは、最低1平方メートルあたり10トンの重さに耐えられるものです。仮に核爆弾が落下しても、そこから2.5キロメートル以上離れていれば壊れないという優れものになります。広さは長期滞在を想定したタイプだと、約20平方メートルで、価格は4100万円程度になります。キッチンやソファ、ロフトなども設置でき、緊急時だけでなく日常生活でも使えるという利便性もあります。最近は、住宅を新築する際に地下シェルターも設置する事例が目立ち始めたとのことです。

 ヨーロッパに限らず、この流れはアジアにも起きています。中国による台湾侵攻を想定したシナリオは、この地区の人々にも現実味を帯びてきました。その最前線にある台北市内では、街の至るところでシェルターの案内表示を見つけることができます。台湾には2023年末で、8万3000超のシェルターがあります。街の至るとこころで、案内標識を目します。この8万を超すシェルターでは、5400万人ほどを収容でき、台湾の人口の2.3倍に相当する収容能力があります。シェルターの設置は、台湾のような軍事的な緊張の高い国・地城だけではないのです。シンガポールでも、地下鉄駅や学校などには公共シェルターがあります。このシンガポールは、すべての新築公営住宅に家庭用シェルターの設置を義務付けています。シェルターが、実際に使われないに越したことはありません。でも、シェルターのない状況では、リスクが大きくなるという状況が生まれつつあります。

 このようなリスクに備えている国が、スイスになります。スイスは、重武装の中立国です。スイスの防御体制は、ハード面でもソフト面でも非常に良く整っています。スイスには、現在650万個の核シェルターがあります。人口が830万人の国家に、650万個の核シェルターがあるのです。このシェルターは、5つの条件を満たしています。細菌兵器化や学兵器、そして核の放射性の灰から隔離されていること、熱および放射能から防護されていること、原子爆弾などによる風圧や振動耐え得ること、完全な通路や非常用ハシゴなどの脱出口が整備されていること、1ヶ月程度の食料を備蓄すること。この無駄とも思える核シェルターのおかげで、830万人の国民と外国人駐在員や旅行者も保護できる体制を構築いています。スイス国民には、有事に備える義務が課されています。食料はもちろん、トイレや燃料、その他生活に必要なものはシェルターに個人が用意しているのです。このシェルターは、自然災害や大規模な事故への備えにもなっています。もちろん、個人でシェルターを作る場合、国からの補助があります。それ以上に、国防に対する意識の高さと個人の義務感を持ち合わせているようです。

 日本でも遅ればせながら、「武力攻撃を想定した避難施設」と定義し、その仕様についてのガイドラインを作成ました。政府は、シェルターに関する基本的な考え方をまとめたのです。このようなガイドラインもつくったことは、いずれも初めてのことです。「政治経済の中枢を含む都市部」において、一時避難施設の指定を促進する提言がなされたのです。一時避難施設の指定を促進するよう打ち出したことに、政府側の危機感をうかがい知ることができます。もっとも、これまでシェルターを巡る日本国内の議論がなかったわけではありません。防衛施設学会の高橋芳彦常務理事は、「「つい最近まで議論ずる環境ではなかった」と話しています。自民党や維新は、防衛に前向きの発言をするようになりました。この延長線上に、自民党シェルター議員連盟は、地下施設利用の促進を主張しています。2024年度予算には、シェルターの調査費を盛り込まれるまでになりました。

 シェルターの整備の要望は、台湾に近い沖縄県で出てきています。「シェルターは戦争の準備ではなく、万が一の時に市民の命を守るためのものだ」と、沖縄県石垣市の中山義隆市長は記者会見で強調しています。台湾から280キロほど東にある石垣市の動きは、政府の方針と連動するもののようです。ガイドラインで、シェルター整備の対象に挙げたのは沖縄県の先島諸島だけではありません。一般の国民には浸透していませんが、武力攻撃への備えとして設けられた一時避難施設がすでにあるのです。2023年時点で、武力攻撃への備えとして設けられた一時避難施設は、全国で5万6173カ所あります。この5万6173カ所のうち、多くは学校や公民館などに設けられています。もちろん、この施設は自然災害などにも利用されています。その施設の貧弱さは、地震や台風のときに報道されてお分かりのとおりです。さらに、比較的安全性が高いとされる地下街などの地下施設は3336カ所にとどまっています。この地下施設の人口カバー率は、わずか4.3%です。シェルター整備は、海外が先行している実情があります。ある専門家に言わせると、シェルターの施設はヨーロッパの三等国に劣り、防空に立脚した恒久的計画は皆無に近いとまで述べています。

 日本の場合、シェルターを作ることに抵抗感のある方がでてきます。軍事的な施策は、日本国憲法にそぐわないという意見があります。この意見は、根強いものがあります。一方で、日本を取り巻く安全保障環境は、この数年で急速に変化しています。万一のリスクに備えて、市民の命を守るという大義名分が必要になるようです。さらに、シェルターを平時にどう利用するかも論点の1つになるようです。さらに、大幅に減少している公共事業の補完的事業としてのシェルター整備という発想も出てきました。シェルター整備とセットで街づくりに、国の支援が得られるなら有力な選択肢になるという発想です。日本でも、街づくりにシェルター整備を織り込むという地域が出てきています。東京都には、港区麻布十番の地下にシェルターを整備する計画があります。この計画は、都営地下鉄大江戸線の「麻布十番駅」に併設された防災備蓄倉庫などの改修を想定しています。さらに、公園や建て替え予定の消防本部の地下に新たにシェーを整備する発想なども出てきています。自民党などの一部議員は、民間ビルにシェルター備わればテナントの増加につながるという意見もありようです。民間ビルにシェルターが備われば、そこで働く人の定着率の向上につながるというわけです。今の世界の現状を見ると、安全保障の観点を備えた都市開発は、他国の脅威に屈しない覚悟を示し、そのことが抑止となるという考えも有力になりつつあります。

 最後に、日本を取り巻く軍事情勢は刻々と変化してきています。武器を持たなければ、他国から攻められることはないというオプティズムが崩壊しつつあります。持たなければ、陰に陽に圧力をかけ続けられるという現実が、2014年のロシアによる東部ウクライナ侵攻から現在にいたるまでの現実です。ウクライナが核を手放したことは、当時において、核なき世界を希求する人々から称賛されました。でも、核を手放したウクライナが、今ではロシアから核で威嚇されています。日本は、核を持たないことを国是としています。この核を持たない国是は、ロシアや北朝鮮のような国から、核で威嚇される国になるかもしれないということです。世界の国々を見ると、国を守るためには、軍事的にも、経済的にも、政治的(外交的)にも、盾と矛を持たなければ、国民の安全は守れないように見えます。日本は、戦後70年に及ぶ平和を享受してきました。平和憲法のもとで、軍事費を少なくし、経済に資金を投下してきました。この成功体験は、貴重なものでした。でも、成功体験に安住し過ぎると、失敗がやって来ることは歴史の教えることです。

 蛇足になりますが、プーチン大統領の核の脅しで分かったことは、核には核で抑止をはかるしかないという現実です。でも、日本には、「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則があります。日本は、唯一の被爆国であり、核廃絶をめざすことは国民の総意です。でも、核で脅されながら、ウクライナのように侵略された場合、どうすればよいのでしょうか。日本の政治は、ある意味でこの難題に一つの解答を国民に示しています。民主党政権下でも自民党政権下でも、非核三原則を守ることを原則にしています。でも、例外も表明しているのです。その例外は、核の一時的寄港を認めないと日本の安全が守れない事態が発生したケースになります。ロシアが日本に核を使用する用意があると言った場合、アメリカの核を日本に入れるということです。日本政府は、非核三原則を守ることを原則にしつつ、与党も野党もこの例外を認めていることです。この例外の方針は、3月7日の参院予算委員会でも、岸田首相は自らの内閣でも継承すると言明しています。与野党合意ができているのなら、米国の核の持ち込みをどのようなときに適用するのかを細部まで決めておくことが必要になるでしょう。適用があるならば、それが強権国家に対する抑止力になります。

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