社会保障システムの不備が、心配されるようになりました。戦後の社会保障システムは、「家族」の存在を前提に構築されてきました。家族の同居は「我が国の福祉における含み資産」と、1978年の厚生白書には高らかに述べられていました。三世代の同居が、我が国のいわば「福祉における含み資産」とも言うべき制度と記述されています。この記述を正当化するように、1978年当時は高齢者の7割が子と同居し、面倒をみるのが当たり前とされていました。でも、時代は急激に変わってきました。2020年時点で、「75歳以上の単独世帯」は417万世帯に増加しました、さらに、2050年には704万世帯に拡大すると予測されています。「夫婦のみの世帯」も326万世帯から385万世帯に増える見通しです。少子化と高齢化が同時に進む日本で、家族頼みの高齢者ケアは限界に来ているのです。様々な事情で家族に頼れない高齢者の「支え手」をどう育て、どう増やすのかが切実な課題になっています。国や自治体は民間事業者とも連携し、高齢者の孤立を防ぐ仕組みを構築する社会保障のシステムが求められているわけです。今回は、この問題に挑戦してみました。
制度が変わっても、人間の行動はなかなか変わらないとされています。歴史的背景や社会的背景によって形作られた人間の行動様式は、新しいものを受け入れるまで時間がかかるとされているわけです。近代化の初期において、心理学者のピアジェやエリクソンは、発達段階説の中でアイデンティティを強調しました。エリクソンは、アイデンティティ(自己確立)の概念を唱えました。そして、この概念は広く受け入れられました。でも、近代化が進むと、エリクソンのいう自己確立は難しいことが分かってきます。リースマンは、近代社会では自己が多元的になっていくことは避けられないと主張していきます。近代化初期において、身分や血縁、階級、家族、性など、従来の固定的な制度がまだまだ社会の主流でした。近代化が進むにつれて、身分や血縁、階級、家族、性など、従来の固定的な制度が、流動化していくわけです。身分や血縁が強い固定的社会では、全人格的な人間関係で結ばれています。全人格的な人間関係では、お互い自分の全てをさらけ出す必要があります。ある面で、face to faceの関係が求められます。近代化は、「全人格的な人間関係」から「状況的な人間関係」への変化が顕在化しているとも言えます。空き家や賃貸空き家の問題は、落語の大家さんと熊さんや八っぁんはの全人格的な人間関係」から「状況的な人間関係」へ変化ししています。
家族制度を重んじる子ども達は、遠距離から親を見守るツールを利用しています。この見守りのツールが、整いつつあるのです。その一つに、電気の使用データの分析で孤独死のリスクを減らすことがあります。東京電力パワーグリコ(PG)など電力大手3社とNTTデータが出資するGDBL が、見守りのサービスを始めました。PGとGDBLは、電力データによる高齢者の見守りサービスを事業化します。これは、電気の使用量を独自のアルゴリズムで分析するものです。スマートメーターから電気使用量のデータを集め、高齢者の見守りに活用するのです。この電気の使用量のアルゴリズムは、センサーやカメラの見守りに比べると即効性で劣ります。でも、センサーやカメラの見守りに比べて、家に機器を置く必要がなく、入居者のプライバシーも尊重できます。GDBLは、高齢者の賃貸仲介を手掛けるR65不動産(65歳以上の方向け不動産サイト)と提携しました。異常があると、入居者への電話や管理者への通知をします。入居者の安否を確かめ、孤独死の防止につなげます。GDBLは、割安な郊外の物件でも、家賃の数%で収まる水準での提供をめざしています。電気の使用データの分析で、高齢者に安心して住まいを貸し出せる環境を整えるツールになります。このようなツールを利用して、親子の絆をつなごうとしているケースもあります。
家族の距離は、さらに離れる方向に向かうケースも現れています。それは、家族の関係を断つ「家族じまい」を望む子どもが増えているのです。一人っ子が増え、親戚や地域のつながりが希薄になった状況があります。認知症の高齢者も増えており、子どもの負担が以前よりはるかに大きくなっています。幼少期に暴力や過干渉を受け、「親と縁を切りたい」訴える子どもも増えています。さらに、親の中には子の意向を察して、支援を断るケースもあります。でも、家族の状況が変わっても、人間の行動はなかなか直線的には変わらないものです。親と縁を切ったとしても、まったく心理的に離れることができない子どももいます。その葛藤を抱く状況を、軽減するビジネスも現れています。介護医療施設などは、そのビジネスの一つになります。家族である高齢者の日常の世話を、介護や医療サービスに依存する状況があります。これらに加えて、子どもが親への関与をさらに少なくする支援もあるようです。親との関わりを断ちたいと望むのが、「家族じまい」です。この「家族じまい」を、サポートするビジネスがあります、高齢者等終身サポート事業者は、高齢者の終活や死後の事務手続きなどを支援しています。親が「子どもと関わりたくない」と契約を申し込む例もあります。また、その逆の事例もあるのです。
このようなビジネスを利用した女性は、「頼れる第三者がいたおかげで、精神的にも安定した」と話しています。女性が利用したのは、一般社団法人 (東京・渋谷)の家族代行サービスになります。この社団法人は、当初は身寄りのない高齢者の終活支援事業として始めました。社員16人と約100人の支援スタッフが、24時間態勢で対応しています。家族に関する相談の8割が、50代前後の娘さんや息子さんになるようです。月20件ほどの相談があり、3年前の5倍に増加しています。ある男性は、精神的に追い込まれ、この社団法人と契約しました。この男性は、父親に認知症の傾向が出始めると「俺の金を狙って」と罵られる日常だったそうです。この社団法人の支援で、父親を介護施設に入れてもらいました。「父が死ぬまで連絡不要」と伝え、入所する施設からの連絡もこの法人が受けることになります。「この法人との契約は最後の親孝行だ」と男性は話しているそうです。さらに進んだ段階では、親の介護やみとりから葬儀までを子に依頼されて代行する業者がいるとのことです。社会保障を「家族」に依存する状況が変わらない限り、家族代行を利用する人が増える可能性はこれからも続くようです。
余談ですが、2023年、日本で亡くなった方は約160万人になりました。2019年以前は、130万人で推移していました。コロナ禍の影響を受けて、高齢者の方が亡くなるケースが増えたのです。高齢者の中には、自分が判断出来なくなった場合に備えて、受けたい治療を明確に示す事前指示書に賛成する方が多い状況があります。約70%の人が賛成していますが、実際にこの指示書を作っている人は3%なのです。この3%の数字は、160万人がなくなっていく現実と終末期のことは考えたくないという高齢者の悩みを暗示しているようです。亡くなる方が多くなることは、悲しいことです。もっとも、人間は強いもので、ここに商機を見出す人たちもいます。これは、遺品を整理する業者の方になります。たとえば、孤独死というニュースが多くなりました。このケースの場合、遺族は、賃貸物件からの退去などの切羽詰まった状況になります。死後何日もたって発見されたような場合は、臭いの除去や殺菌や消毒も必要です。臭いがきつい部屋での整理は、慣れない人には困難なのです。ある孤独死の事例では、遺品がトラック3台分で、作業は3人で2日間の料金が、13万円になりました。現金や貴重品、思い出の写真などは、処分する前に必ず立ち会いの方に確認しながら作業を進めます。作業員の中に、女性が加わることもあります。故人が女性の場合、男性には見られたくないものもあるという配慮からです。高齢者を対象にしたビジネスは、社会の変化とともにいろいろな形で生まれてくるようです。
最後になりますが、2023年に発表された「平均寿命」は、女性が87.09歳、男性が81.05歳になります。一方、健康寿命は、女性75.38歳、男性は72.68歳になります。平均寿命と健康寿命の差は、女性で約12年、男性で約8年もあります。康寿命は、厚労省がいうところの自立した生活を送れる期間です。「平均寿命」と「健康寿命」の間をいかに楽しく充実した生活をするかがこれからの課題になるわけです。ここで、重要になるのが資産と呼ばれるものです。資産と呼ばれるものには、「有形資産」」「無形資産」があります。有形資産は、お金や株、不動産などの目に見える資産のことになります。無形資産は、目に見えない資産です。老後において、注目してほしいのがお金以外の資産です。裁縫、編み物し貼り絵、染色など、楽しみながらやってきた趣味があります。これらのスキルのある方は、老後を退屈することなく過ごすことができます。さらに、社会に貢献しようと思えば、仕事で身につけたスキル、資格、人脈、経験、知識、友情、信頼、健康、人に好かれる力をボランティア活動の形で生かすこともできます。今の時代なら、SNSのフォロワー数も無形資産の1つになるかもしれません。急激に変化する社会においては、ウェルビーイング(幸福)の捉え方も変わっていったように見えます。それでも、知識やスキルがなかったために手を差し伸べられないまま亡くなる高齢者を極力少なくすることが求められます。そして、子ども達に負担のかからないような老後を送りたいものです。