1つのスキルで、長く職場で活躍することは難しい時代になりました。副業をしながら、新しい職種のスキルをマスターする人たちも増えているようです。新しいスキルをマスターしようと思えば、今が獲得のチャンスになるかもしれません。時給9千円の仕事は、ピアノの調律や司法書士による登記の代行になるようです。これらの資格を取るために時間と労力が必要になります。時給9万円以上の仕事は、市場分析や事業戦略立案支援などのプロフェッショナル・サービスになります。いくつかの高度な副業をこなさなければマスターできないスキルになります。米国スリーエムという会社には、有名な15%ルールがあります。この15%ルールは、勤務時間の15%を業務以外の仕事にあててもよいというルールです。米国では1つの分野に才能を持つ人が、他の分野でも活躍することは、賞賛される環境にあるようです。もっとも、15%ルールを利用しようと思えば、本業の生産性向上が前提となります。
日本の企業は、本業がおろそかになるといった理由から副業解禁に慎重でした。でも、風向きが変わり始めています。2018年に厚生労働省が「モデル就業規則」において、副業を原則禁止から認める内容に改定しました。各企業の事業環境や技術の変化が、急展開するようになりました。企業は、社員のリスキングやキャリアアップを支援せざるを得ない状況に追い込まれてきています。パーソル総合研究所の調査では、副業を容認する企業の割合は2023年に61%にもなっています。副業を行った理由では、副収入を挙げる人が多かったのですが、これにも変化が出てきています。副収入だけでなく、リスキリングに副業を活用したいと考える人が増えているのです。面白いことに、企業にも社員がリスキングで新たなスキルを身に付けることを奨励しているのです。副業の成果を本業に生かすことができれば、企業側にもメリットがあると考える流れが出てきているようです。
余談になりますが、社員の能力を上げるためには、学習する時間を、確保しなければなりません。1年間の総時間は、24時間×365日の計算で8760時間になります。人の生活時間は、睡眠などの生理的時間が8時間、労働時間が8時間、余暇時間が8時間という3区分法が成立するようです。労働時間は、8時間×365日÷7× (7日-2日)の計算で2080時間になります。それに対して、余暇時間は、約3000時聞になります。専門的スキルや知識を身に付けるには、1000時間が必要とされます。つまり、仕事に2000時間打ち込み、余暇時間の3000時間を使えば、2年間で専門的スキルと知識は獲得できるわけです。年間3000時間の余暇の3分の1を副業に費やし、そこで専門的知識やスキルが得られれば、本人も企業もウインウインとなるわけです。
副業に関しては、リクルートが有名です。このリクルートは、2016年度の新卒Web系職種採用の1つに「入社後の副業可」という条件を掲げました。副業生活を可能とする生産性の高い優秀な人材を、社内に確保しようという試みでした。リクルートの社員には独立する人が多く、退社後もそのネットワークが活きていることが知られています。副業の経験が、独立後のスタートアップの助けにもなっているようです。日本には300万社以上の会社があり、3万の職種があります。300万の会社と3万の職種を組み合わせれば、無限のマッチングが可能になります。副業の中で好きで楽しい仕事に出会ったら、苦労を知らずに生活ができる環境になるかもしれません。日本政府も、このような民間企業のシステムを推奨しています。政府が副業を後押しする真意は、少子高齢化による労働力不足を補うことにあります。特定企業のみで通用する能力ではなく、労働移動しても通用する能力を多くの人に持ってもらいたいわけです。時代が変わり、自らの人生を自らデザインする時代になってきたようです。これからは、自分にあったキャリアを選択していく中で、充実感を得る時代でもあるようです。副業を通じて作り上げてきたネットワークを、本業で活用する事例も増えています。働く立ち位置からすると、この会社からは「お金」を得て、あちらの会社では「やりがい」や「スキル」を獲得するという働き方もこれからは選択肢の一つになるのかもしれません。
新しい時代には、新しいビジネスが生まれます。パーソルホールディングス(HD)は、副業を受け入れる仲介サービスを始めると発表しています。このサービスは、企業間で副業の募集案件と人材をマッチングすることになります。実際の副業案件について、どんな社員が、どこで活躍しているのかといったデータの蓄積を行っていたようです。募集案件を、ビジネスモデル策定やM&Aなどの交渉や締結といった600種類以上に細分化しています。どんな社員が、どこで活躍しているのかといったデータを蓄積して、マッチングを行うことになります。このマッチングシステムでは、案件に応じて期間や稼働日数を柔軟に設定できるようになっているようです。募集案件をビジネスモデル策定やM&Aなどの交渉や締結といったものに細分化し、希望者を募る方式になります。希望者は、この会社からは「お金」を得て、あちらの会社では「やりがい」や「スキル」を獲得するという働き方も可能になるかもしれません。もちろん、企業にとっても優秀な人材は、必ずしもフルタイムの正社員とは限らないようです。重要なプロジェクトに参加してもらえれば、良いというケースもあるようです。このような人材は、有能であることが条件になります。
近代産業は、分業や専門の細分化によって大きな成果を収めてきました。でも、チャップリンの流れ作業の映像を見るまでもなく、分業や細分化は、人間らしくない面がありました。人が生きていくためには、複数の雑事をこなさなくてはなりません。昔のお百姓さんは、農業だけをしていた人はいませんでした。お百姓さんは、山の手入れもやるし、大工もやるし、藍染めもやるし、いろんな仕事をやっていました。西洋に目を向ければ、ルネッサンスの人々は、複数の分野で大きな成果を残しています。代表的なレオナルド・ダヴィンチは、絵画を描き、建築をおこない、さらには軍事に必要な堅固な城までつくっていました。二足のワラジを恥じることは、歴史を見る限りないようです。現代では、分業の精髄を示す縦割り行政が批判を浴びています。むしろ、横断的な連携が注目を浴びているわけです。異分野の人と人のつながりは、ビジネスを成功に導くものとされています。プロジェクトで組んでいるメンバーも多様になれば、新しい仕事の領域が開けてくるケースが増えてきます。個人が複数の能力を持つこと、もしくは、グループで複数の能力を持つことが、求められている時代ということになるのでしょうか。
最後になりますが、日立製作所とソニーグループも2社で相互に副業受け入れを始めました。この狙いは、従業員が自社で手掛けてない分野の仕事を経験する技能や視野を広げてもらうことです。相互副業なら、送り出す企業と受け入れ企業が、就業状況について密に情報共有できる利点があります。送り出す人材と受け入れ部署を調整すれば、情報漏洩も小さくできます。就業状況について、密に情報共有できるため、労務管理も容易になるわけです。世界を見ると、学際的研究や異業種間の交流が、新しい分野を切り開いています。狭い範囲の研究分野から少し距離を置いた研究仲間と仕事をすることで、新しい切り口を見つける人材も出てきています。このような人材の出現を、企業は意図的に副業を行う中で育成しているようです。異業種間の仕事や研究を個人が行うことができれば、より高い成果を出していく可能性も生まれます。副業を行う中で、課題を作り出し、ビジネスの『種子』を暖めている人たちもいます。暖めた情報の組み合わせは、これから直面する課題を克服する有力な武器になるかもしれません。