スローとファストの利点を生かす人達  アイデア広場 その1442

 料理に関する関心は、世界的に高いようです。その一つの現れとして、世界的にテレビ料理の番組が、高視聴率で推移しています。このメディアを通じて、作物の自然な成長と熟成を重視する消費者も現れ始めています。たとえば、ナスやトマトは、ナス科に属しています。ナスは水で育つといわれるように、水を切らさずに栽培することが秘訣になります。ナスの生まれた土地は、モンスーン気候で湿潤なインド沿岸部といわれています。同じナス科でも、トマトは違います。トマトは乾燥したアンデス山脈が故郷になります。トマトはナスと異なり、水はけが良く乾燥気味にすると、味の濃い美味しい実が育ちます。消費者の中には、自然の成長と熟成を重視する傾向も出てきています。このような消費者は、スローフードを愛する人たちとも言われています。これは、イタリアが発祥の地になります。生物の多様性を大切にして、地産地消を実践し、食経験の豊かな社会の共有がコンセプトになっています。これと対照的なものが、ファーストフードです。これは、便利で安さを追求した画一的料理です。世界のどこで食べても同じ味を、ほぼ同じ料金で食べることができます。でも、健康や地域との文化の融和性にスムーズさを欠くものもあります。スローの中に価値を見出す人たちがいる一方、速さに価値を求める人たちがいるわけです。今回は、スローとファストの両面から、社会の成り立ちと幸せについて考えてみました。

 速さを重視する業界には、物流業界があります。翌日配達やさらに即日配達などの早く提供することが、流通市場の流れでした。この流れに、異変が起きています。ある物流大手の幹部はこのままでは、運び切れなくなると苦境を語っています。国内の営業用トラックの積載率は、4割を切りました。これは、4割の積み荷と6割の空間で輸送と行っていることを意味します。6割の無駄の理由は、早く届けるために荷台が埋っていなくても走らせるために起きています。配達日程に幅があれば、空きスペースを埋められます。配送時期を遅らせられれば、荷物が集中した日の分を翌日に移すなど業務を平準化できるのです。ゆっくり宅配ができれば、荷物で空きスペースを埋めることができます。必要なトラックの数も、ドライバーの負担も、大幅に減らすことができるのです。ゆっくり宅配ができれば、荷物で空きスペースを埋めることができて、温暖化ガスによる環境負荷も引き下げられるわけです。物流は速さだけでなく、環境や福祉の観点からもビジネスに繋がると時代になってきています。新しい流れは、顧客、従業員、株主、従業員、「地域社会」、そして「自然」を大切にすることになりつつあります。速い配達だけでなく、多くの要素を満足させる全体最適の視野で考えなければならない時代になっているようです。

 もちろん、業界もこの変化に対応をするべく工夫を重ねています。食品や日用品各社が、メーカーから店舗までの物流改革を急いでいます。従来はメーカーから卸業者に届いた段ボールを、フォークリフトで運びやすいパレットに載せる作業があります。次にスーパーなどの店への出荷する時には、かご型台車に移動する作業になります。さらにスーパー店では、小回りのきく車輪付き小型キャリーに載せるという3度の積み替え作業を行っていたわけです。3度の積み替えは、製造、配送、販売の個々の面から見れば、自分の都合で考えた部分最適だったといえます。でも、製造、配送、販売を統一した全体最適が、求められるようになってきたのです。工夫された案は、スーパーなどの最後の店舗を起点にする考えから出されたものでした。発想を転換し,最初の生産した工場の出荷時から、店舗別キャリーに載せる方式に変更したわけです。消費者にも、配送の速さのみを強く求めていない層が現れているのです。「Yahoo!ショッピング」では、配達希望日を遅らせば、特典でPayPayポイントを付与するサービスを実験的に行いました。このサービスの実証実験では、全注文者の51%が遅い配達を選択したのです。消費者の中には、物流におけるドライバーの過重労働や小口と多頻度配送による弊害に心痛める人たちも現れているようです。

 「心痛める」の反対の側に、幸せがあります。近年、ウェルビーイング(Well-being)に対する社会的な関心が高まっています。ウェルビーイングは、幸福とか幸福感と訳され人生の満足度や充実感、ポジティブな感情を意味すると理解されていまます。最近の診断技術は進歩し、個人の幸福度をかなり正確に安定して測れる自己診断の手法が確立されています。この手法を使う企業が、社員の幸福感を高めて、業績を上げるケースも増えているのです。社員が束の間の幸福感を味わうたびに、ポジティブ感情が生じて、創造性と革新性が高まり、それが業績に結びつくという好循環が生まれているわけです。企業や経営者がハッピーで上機嫌な職場をつくれば、病欠も減り医療費も減少することも分かってきました。一方、幸福度の低い社員は病欠も多く、他の社員よりも成績を上げることが少ないと評価されるようになってきています。ウェルビーイングには、現在のポジティブな気分と将来に関するポジティブな展望の両方が含まれるという見方が主流です。調理や物流の核心に、このウェルビーイングが入り込んで来ているようです。

 一方、ウェルビーイングについての研究が進むにつれて、幸福を求めすぎると、負の場面もでてくることが明らかになり始めました。ウェルビーイングについては多くの場合、プラスの側面が取り上げられます。このことから、幸福を重視することは良いことだと思われるかもしれません。でも、幸福を重視しすぎると、または幸福を求めすぎると、ウェルビーイングに悪影響が及ぶことが分かりました。人は何かの目標を定めた際、自分が高い水準に達しないと失望を感じることがあります。幸福を重視する人にとっては、通常より高い水準を求めるようになりがちです。高いレベルを望むために、達成されないことが多くなります。結果として、達成されない挫折感、失敗したなどの失望を感じるようになります。幸福を重視する人は、高い水準を求めるようになるため、ウェルビーイングが下がるというわけです。企業がウェルビーイング施策の進める場合、気をつけないと、逆効果になる可能性もあるわけです。経営や人事領域では、従業員が心身ともに健康であり続けることが、組織に良い影響を与えます。適度な達成感と心身のバランスを、企業として把握することも求められているようです。もっとも気をつけるべき側面に配慮することで、ウェルビーイング施策の厚みが増して、社員の健康増進と高い業績が生み出されることになります。

 幸福を求めすぎることへの対策として、自制心の育成があります。我慢することは一つの長所になります。この我慢に関する研究には、マシュマロの実験と呼ばれるものがあります。子ども達に、「マシュマロはあげるけれど15分間、我慢できたら、マシュマロをもう一つあげるよ」という実験です。最後まで我慢して2つ目のマシュマロを手に入れた子どもは、3分の1ほどだったそうです。マシュマロを食べた子と我慢した子の追跡調査が、20年後に明らかになりました。我慢した子どもたちは、大学適性検査の成績、対人関係の良好さを示していたのです。強靭な意志の持ち主も、目の前に誘惑があれば、抗うためには、膨大な資源(我慢すること)が必要になります。人間は、我慢を強いられ続けると、堪忍袋の緒が切れる状態になります。心が処理することのできる資源の量を超えると、心理学では「資源が枯渇する」と表現します。この我慢する資源は、無限ではないわけです。でも、小さな試練を体験や訓練することにより、この資源を蓄積することができるようです。小さな試練を体験や訓練を積んできた子どもには、強さがあることが経験的に分かっています。スローとファストの経験を適時積み重ねておくことが、ウェルビーイングに近づく秘訣かもしれません。

 最後になりますが、ウェルビーイングは、企業にとって魅力的なテーマです。企業がこの魅力的なウェルビーイングを企業が推進しようとする際には、3つの注意点があるようです。まず、社員のウェルビーイングを高めようとするときに、「ウェルビーイング」と言い過ぎないことです。次に、幸福ではなく成長に重点を置くという手法になります。仕事を通じて成長が得られると、能力開発に前向きになれます。成長を実現していくと、目分にできることの範囲が広がり仕事に対する意欲も高まります。企業は、社員に対して幸福に目を向けるのではなく、成長に焦点を当てるように促すのです。日々の達成感や仕事の成果を見ることにより、ウェルビーイングを体得するという手法になります。最後は、人々の繋がりということになります。つながりを深めることで、尊重され、敬意を払い合う関係ができてきます。その関係の中で、心理的安心感を持って働くことができます。社内の人材との関係を、スローでもファストでも理解し合える深化したものにすることにより、成果を上げ、職場をウェルビーイングの状態にしていきたいものです。

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