軍事用のドローンは、種類も用途も多様になっています。偵察、攻撃、兵器運搬など、多岐にわたる用途で活用さています。ロシア軍は、ウクライナ侵略でミサイルなど従来の兵器だけでなく、多数のドローンを使うようになりました。ロシアが飛ばしたとみられるドローンが、ウクライナ周辺のEU加盟国にも飛来するようになりました。2025年9月には、ロシアのドローンがポーランドやルーマニアの領空を侵犯しています。欧州では、相次ぐドローンの飛来で緊張感が高まっているのです。EUはレーダー綱などを拡充して、防衛能力を高める「ドローンの壁」構想の実現を目指すようになりました。このドローンの壁は、レーダーやセンサーで飛来するドローンを早期に見つけだすことになります。そのうえで、電波妨害などで安全に捕獲するといった仕組みを想定しているようです。ドローンに対する盾の強化がなされれば、攻める側の矛も攻撃にも工夫が加えられます。さらに、空からだけでなく、海からの複合的な攻撃にも守る側の盾の強化が欠かせません。今回は、複雑化するハイブリッド戦争の内側を少しだけ覗いてみました。
9月2025年、ロシアのドローンがポーランドに侵入した際には、北大西洋条約機構(NATO)が素早く動きました。ポーランドの戦闘機とともにオランダの戦闘機が緊急発進し、侵入したドローンを撃墜し、NATOの即応能力を示しました。ポーランドは、今後領空を侵犯する飛行物体を撃墜すると表明しました。でも、この撃墜という成果には、課題もあるのです。それは、費用対効果に関するものです。戦闘機のスクランブルにかかる費用は、1回のスクランブルあたり約800万円になります。たとえば、ウクライナ軍のドローン(FPV)は1機600〜1000ドル(約9万〜15万円)とみられています。ロシアの偵察機も似たような価格でしょう。10万円のドローンを落とすために、800万円を使っていては、防御側の負担が多すぎるのです。ドローン対策では、費用対効果の問題を無視できない段階に来ています。安価なドローンに、高コストで対処をすることには課題があるわけです。防衛綱を、低コストで築けるかどうかが重要な課題になります。EUは「ドローンの壁」の構想を巡り、対ドローンに関する知見を持つウクライナの官民との協力を精力的に進めているようです。一方で、盾の強化だけでなく、矛の強化も必要であると述べるようになりました。EUは、中長期的なドローン対処能力の確保と撃墜や反撃の能力を伴う抑止力強化を考え始めています。ロシアにドローンを飛ばすことを思いとどまらせる、抑止力の向上も求められると考えるわけです。高度な警戒システムとあわせて、「欧州による長距離攻撃能力で抑止する」力のバランスを求め始めています。欧州の取り組みは、台湾有事などのリスクを見据えるアジアの国や地域にも参考になるようです。
2019年9月、サウジアラビアの石油施設が攻撃されました。この攻撃は、イエメンの武装組織フーシがドローン10機を使って行わったものです。この攻撃では、サウジの生産量のおよそ60%に相当する日量570万バレルが停止、世界への供給不安から原油価格が一時急騰しました。世界のエネルギー安全保障を支えるサウジの重要な石油施設が、東部のきわめて小さな地区に集中していたことも露呈ししたのです。もちろん、サウジアラビアも無策であったわけではありません。この裕福な国は、米独仏の高度な対空防衛システムをもっていました。でも、この高度な対空防衛システムが、ローテクの小型ドローンによって破られたのです。さらに、ドローンとその使用方法は、進化していきます。ウクライナ軍は、2025年6月1日にロシア空軍基地への大規模なドローンを攻撃しました。この「クモの巣」と名付けた作戦には計117機のドローンが投入されました。「クモの巣」作戦は、ロシア国内の4カ所の軍用飛行場を同時に攻撃したのです。117機の製造費用は、計2億円程度にとどまり、ロシア側に与えた損害はその5000倍に上る1兆円との推計があります。ロシアが保有する戦略爆機の3分の1が、この作戦で失われたのです。作戦では、大型トラックの荷台に攻撃ドローンを隠し、各地の空軍基地近くに配置しました。そこからの攻撃になりました。ロシア空軍基地への大規模なドローンを攻撃は、世界各の安全保障当局者に衝撃を与えています。このドローンを攻撃により、各国は安保戦略の練り直しを迫られているのです。世界の大半の軍事施設は、同種のドローン攻撃に脆弱なのが実態なのです。軍事施設だけではなく、原発やデータセンターなどを攻撃しようとすれば、容易に標的になることが知らされたとも言えます。
「クモの巣」作戦では、大型トラックからの攻撃になりました。それが、形を変えてEUの国々にも出没するようになりました。欧州では、不審なドローンの飛来が相次いでいます。ドイツ北部の上空でも、複数が目撃されました。9月には、デンマークにも正体不明のドローンが複数回にわたり飛来しています。その際に、デンマークの一部空港が一時閉鎖を迫られました。デンマークにドローンが飛来した時、「影の船団」が同国沖を航行していました。この「影の船団」のタンカーから、ドローンが発射されているとの情報機関の分析があります。EU加盟国に相次ぎ飛来したドローンは、タンカーが発射台として活用された疑いがあるのです。ロシアが西側誘国からの制裁を逃れるために、秘密裏に原油を運ぶ彫の船団」を運用しています。ロシアは老朽船を平時でも運用し、欧州社会に不安や分断を植え付け混乱させるハイブリッド戦争を仕掛けているわけです。ハイブリッド戦争を実行に移すために、タンカーを多面的に利用している可能性があるようです。
影の船団は、ドローンの基地というだけでなく、バルト海での海底ケーブルの切断にも関与したと疑われています。バルト海では、近年海底ケーブルの切断が頻発しています。2024年12月には、フィンランドとエストニアを結ぶ海底ケーブルが傷つけられました。航行する船が故意にいかりを引きずり、海底に敷設された光ケーブルを切断する手法もあります。このような事件が本格化すると、被害を受ける可能性がある国はバルト3国や北欧諸国にとどまらなくなります。海底ケーブルの切断や選挙介入は、社会・経済の混乱を狙ったものです。北大西洋条約機構(NATO) もこの動向に動き、バルト海で不審な動きをする船の監視を広げています。従来型の攻撃とケーブルの切断や選挙介入を組み合わせた戦いを、ハイブリッド戦争と呼びます。新たな脅威であるハイプリッド戦争への対応は、EUやNATOが取り組む主要課題になりつつあります。EUが、ロシアのドローンや情報操作を組み合わせたハイブリッド戦争への危機感を強め、盾と矛の強化を行っています。ロシアは、原油による収入の多くをウクライナ侵略の戦費に充てています。影の船団の働きを抑止することは、ウクライナを支援することにもつながります。
余談になりますが、情報の量や質、そしてその速さは、世界経済に大きな影響を与える要因になっています。特に、海底ケーブルは、かつて主流だった衛星に代わり国際通信のほとんどを占めるようになってきました。国際通信を支えるインフラが、海底ケーブルになります。インターネットなどの通信やデータをやりとりするためには、海底に敷設された光ファイバーケーブルが威力を発揮しています。海底ケーブルは、世界で約500本あり、総延長は約150万kmにも及んでいます。これは、社会経済活動に欠かせないインフラで「情報の大動脈」と呼ばれています。高速で大容量の通信ができることから、国際通信のほとんどを占めるようになりました。さらに、生成AI (人工知能)など新技術の普及で通信量が増え、需要が拡大する一方です。経済活動や情報のやり取りを妨害する手段として、海底ケーブルが有事は真っ先に標的となる可能性が出てきています。現在のところ、安全保護に直結するが防御対策は手探りの状態です。故意に切断されても、海底の犯罪は証拠が残りにくく、海底のパトロールには限界があります。そんな状況の中で、中国の大学が、ケーブル切断装置の特許を出願するなど不穏な動きもあります。核を持つ国が、核の使用をほのめかすような脅威にもなってきています。
最後になりますが、ドローンの利用は、従来の戦争の概念を大きく変えつつあります。ドローンの先進国は、中国になります。その中国のドローン企業では、DJI社が有名です。このDJI製の価格が約8万円のマビック・エアー2が、どのような部品で作られているのか調べてみた会社があります。約230種類ある部品のうち、8割が一般電化製品の部品を使っていたのです。ドローンで使われている1枚の基板には、制御や通信半導体やセンサーなど大小10個の半導体部品が高密度で実装されています。今回、分解した機種のマビック・エアー2には、この基板に多くのアメリカ製部品が使われていました。このドローンの部品価格の原価は、14000円で、原価率は20%でした。1000円を超える高価な部品もバッテリーとカメラくらいにとどめているのです。一般的に軍事技術は、すでにある技術に一つの工夫を加えながら使用されています。ウクライナも中国のDJI社と同様に、ドローンや関連部品の内製化を一気に進めました。ウクライナでは、ドローンを通じて兵器をネット通販のように調達するシステムを導入しています。ロシアも、いくつかの国と協力し、技術を導入、生産数を増加させています。ドローンの普及に対抗するため、各国はドローン防衛技術の開発を進めています。このドローン技術の開発と並行して、その脅威に対抗するための防衛戦略も進化させています。その防衛戦略には、ドローンのサプライチェーンに関することがあります。各国はドローンの製造において、仮想敵国に依存しない供給網を急いでいます。有事の際に敵国に部品供給を止められれば、戦闘の継続自体が難しくなります。ドローンの盾と矛の関連で、部品の供給にくさびを打ち込む工夫を国と企業が手を携えて行うことも重要になるようです。
