ナッジを使って町を豊かにする知恵  アイデア広場 その1538

 イギリスの国民の中には、なかなか納税に応じない方もいるようです。そんな頑固な納税者に、ある実験をしました。「イギリスの納税者の90%以上は税金を期限内に支払っています。あなたはまだ納税していない少数派の一人です」というメッセージを手紙に添える実験を行ったのです。納税督促の実験の結果、税金の納付率が5%以上も高まりました。たった5%ですが、手紙1通で上げた成果としては上々とのことでした。人間の行動は、他人と比較しながら行うことが多いのです。他人との比較を気にする人の心理をつく手法を用いたわけです。この方法は、少ない費用で大きな効果を上げています。納税通知書に、一言を添えただけです。税金遅延者に税金を支払うように督促するために、ナッジという手法をつかったわけです。

 ナッジは、英語の「肘で小突く」という言葉に由来すると言われています。この手法は、「一人ひとり自分自身で判断してどうするかを選択する自由も残しながら人々を特定の方向に導く介入」の方法になります。ヨーロッパでも、アメリカと同様、ナッジの目的が正当である場合、支持されるケースが増えています。アメリカ政府は、数多くのナッジを採用しています。このナッジの手法は、国や体制により違いが出るようです。政府や制度への信頼がある場合、効果を発揮するケースが増えます。ハンガリーなどの国では、政府への不支持から、この手法が使えないようです。ハンガリーのナッジの低さは、政府に対する信頼の水隼が低いことに原因があると言われています。ナッジの干渉度が高くなるほど、大衆の支持の水準は下がるというわけです。一部のナッジは、小さな変化しか生み出さないとも事実です。でも、さまざまな領域で、ナッジが他の種類の介入よりも費用便益が高いことが証明されるようになりつつあります。今回は、このナッジについて考えてみました。

 ナッジは、情報提供型ナッジとデブオルト設定型ナッジに分けられます。コンビニで、顧客が一列に並ぶように、レジの前の床に足跡の絵を描くのはナッジの事例になります。顧客に対して何も強制していない。顧客は床のデザインを見て自発的に並んでいる光景は好ましいものです。食堂で健康的なメニューを目に入りやすい場所に置き、選択に影響を及ぼしたりする事例もあります。アメリカ人の87%がカロリー表示に賛成しています。このデータを利用し、メニューにカロリー表示をする事例もあります。テロリストをかくまっている国の製品に、ラベルによる表示を行う事例もあります。テロリストをかくまう国への警告とする手法になっているようです。もう一つの「デフォルトナッジ」は、一般的な情報提供型のナッジなどと比較して、より効果が高いことが知られています。アメリカ人の大半は、臓器提供することを原則とするデェフォルトルールを拒否しています。でも、運転免許を取得するときに臓器提供したいかどうかのナッジには、大半の回答者が支持するのです。このデータを利用し、臓器のドナー登録の際に、初期設定画面で「提供する」があらかじめ選択肢に入れておく手法も採用されえいます。デフォルトナッジなどの選択場面の設計は、初期設定で個人の選択を誘導する仕掛けが施されている場合もあるわけです。

 ナッジと呼ばれる行動経済学的な手法が、この10年ほどで幅広く使われるようになってきました。近年の行動経済学ブームをけん引した主役が、ナッジだとも言われています。このナッジは、経済的なインセンティブには影響を与えない形でさりげなく行動変容を促すことが特徴になります。蛇足ですが、インセンティブ(Incentive)は、行動を促す「刺激・動機・励み・誘因」を意味する言葉になります。「インセンティブ=報奨金」という見方もあります。一方で、人間の行動変容を促す刺激は金銭以外にも存在することはご承知のとおりです。ナッジはこの行動変容の刺激を利用し、強制や禁止ではなく選択の自由を残し、さりげなく行動変容を促すのが特徴になります。政治的・財政的なコストが低いために、利用が広がる流れができています。税や補助金といった手法を用いないため、導入に対する政治的・財政的なコストは低いわけです。日本でも2017年に、環境省が事務局を務める日本版ナッジ・ユニットが設立されました。このナッジ・ユニットには、中央省庁や地方自治体だけでなく、多くの民間企業も参加しています。取り組んでいる内容は、健康診断やがん検診の受診率向上への取り組み、スーパーのカートやカゴの大きさ、階段を使いたくなる仕掛け、自転車置き場の貼り紙、男子トイレの便器、店舗での手指消毒への誘導など多様になります。官民で、得られた知見を共有する連携体制が、整備されつつあるようです。

 世界を見渡すと、ナッジは省エネや防災から税金の納付方法まで、幅広い政策課題に応用されているようです。ナッジについては、これまでいろいろな文脈で研究が行われその効果は高いとされる報告がなされてきました。でも、ナッジの事例が多くなるにつれて、ナッジの効果に疑問を投げかける研究も複数発表されているようになりました。この手法は、経済的なインセンティブに響を与えないことが前提になりますので、それゆえに限界も多いというものです。アメリカでは、126の政策実験の効果と、従来のナッジ研究群を、メタ分析と呼ばれる手法で比較した報告があります。それによると、対象によって政策手段の効率性は大きく異なっていたとの報告もありました。省エネの効果については、ナッジより税の方がはるかに効率的だったようです。ナッジだけの手法だけではなく、税や補助金との有効性の比較も、これからは追及されるようになるようです。ドナー登録などは、免許更新の時に効果あります。きちんと機能する場面で、初期設定を行うなどの経験則を生かす工夫も求められるようです。証拠に基づく政策立案を徹底することで、より効率的なナッジの利用をするようになるのかもしれません。

 最後に、2つほどナッジのアイデアをひねり出してみました。朝食を取る人は、健康を維持する割合が高いというデータがあります。子ども達は、学力も高いという結果が出ています。朝食は、健康維持と脳の活力を維持することに必要というわけです。朝食の良さを推奨しても、普通の人びとはなかなかやらないものなのです。睡眠も、健康に大きな影響を与えます。たとえば、睡眠不足の方は、高血圧のリスクが2.5倍になります。さらに、睡眠時間が6時間未満の「不眠症」の方は、高血圧のリスクが5.1倍になるのです。これらの改善を、自然な形で行える仕組みをつくることができれば、素晴らしいことです。その仕組みの構築が、徐々に実現に近づいてきているようです。日本の電力会社は、全国5000万世帯にスマートメーターを導入することになりました。もし実現すると、各家庭の30分毎の電気消費データが、自動的に収集されることになります。全国5000万世帯のスマートメーターが稼動すれば、日本人のビッグデータが収集されることになります。電気の消費量から、人びとの睡眠時間を推定することが可能になります。朝食を食べない状況も、炊飯器やトースターなどの使用状況で把握できます。これを把握した上で、イギリス流のナッジの手法を使います。「あなたは睡眠や朝食を不規則に取っている少数派の一人です」というメッセージを送るわけです。正しい情報を提供し、当人にとって望ましい選択が何かをさりげなく伝えることも楽しいかもしれません。

 2つ目は、わが福島市のごみ減量になります。福島市の1人1日あたりのごみ排出量は、2020年度で1.100gになります。このごみ排出量は、全国平均の901gと比較すると全国平均の1.2倍になります。1.100gは、全国ワースト11位(人口10万人以上の都市)の排出量になります。でも、2020年は、改善が見られました。さらに、2021年の排出量は、1人1日当たりに換算する と 1,029gとなります。 これを全国平均の 890gと比較すると 139g多くなっています。市民の一人としては、せめて全国平均のレベルまでは持って行きたいと考えています。福島市で行っている広報では、生ごみの水切りの徹底、食品ロスの削減、分別の徹底、堆肥化の徹底を謳っています。福島のゴミは、生ゴミが40%、次いで紙類20%、草枝類15%となっており、この3つのゴミを減らすことが重要だと訴えています。この訴えを、各家庭が受け止めて、減らす行動変容に導く手法になります。各町内に決まった曜日に、ゴミ収集車が回ります。そして、各家庭のゴミを焼却場に運びます。そのゴミの重さを公表するのです。「福島市の1人当たり1,029gですが、あなたの町内は、1100gです」などのカードをゴミ収取場所に貼る作戦になります。反発する方も当然出てきますが、少しでもイギリス的なユーモアのある方が現れれば、ほんの少し福島のゴミが少なる可能性が出てくるかもしれません。

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