コロナ禍が過ぎて、目につくようになったことの一つに、運動不足による肥満の増加と言われています。もっとも、肥満になる方は、栄養は十分に取れていると考えることも可能です。ところが、東京大学の研究グループによる調査では、驚く結果が出てきています。この研究グループは、2023年に1~79歳の計4450人から「習慣的な栄養素摂取量」の調査を行いました。社会予防疫学の研究グープが行ったこの調査で、日本人の栄養不足が明らかになったのです。季節差も考慮に入れた「習慣的な栄養素摂取量」の大規模調査は、日本では初めてのものでした。栄養が十分と思われていた日本人が、実は栄養不足に陥っている実態が明らかになってきたのです。タンパク質が目標量に届かない人の割合は、成人男性で高くなっていました。働き盛りの成人のタンパク摂取量不足が、18~79歳の2割以上を占めていました。ビタミンA、B1、 Cなどは、ほとんど必要とされる摂取量を下回っていたのです。鉄分は12~64歳の女性で、不足している人の割合が特に大きかった。さらに、食物繊維は18~49歳の男性と18~29歳の女性の6割以上が不足していました。カルシウムは、男女とも全ての年代で不足している人の割合が特に大きかったという結果でした。
平均寿命は、世界トップクラスになっています。でも、栄養という視点からは、見直さなければならない課題が出てきたようです。栄養不足が原因で起こる手足のしびれや動悸、疲れやすさなどは気づきにくいものです。栄養不足を、自覚症状だけで特定するのは難しいというわけです。栄養素の摂取量を、細かく把握するには手間がかかります。栄養士の方は、「10品目中、1日に何品目食べているか」をチェックすることを勧めています。ちなみに、10品は『肉、魚、卵、乳製品、大豆、緑黄色野菜、果物、芋、海藻、油』になります。理想は、1日8品目です。でも、実際は5~6品目にとどまるというのが実態のようです。良い食事は、投資のポートフォリオ作りと同じところがあります。投資ポートフォリオ作りと同じで、個人は多様な食品を少しずつとり、リスクを減らす食事にするわけです。食事は、多様な食品を少しずつ取ることで栄養を高め、リスクを減らすパターンが良いと言うわけです。さらに要求を高めれば、食べる機会が多い肉より、魚や大豆製品を選ぶ方が良いとなります。魚の摂取量が少ない単身者は、お湯をかけて塩を落としたシラス干しなら、毎日続けやすいという助言もあります。
栄養不足の実情が明らかになれば、それを解決する人々や企業が現れます。ここに登場したものが、完全栄養食になります。完全栄養食には、味の素やポーラ系の企業が参入したほか、新興のべースフードなどもラインアップを拡充しつつあります。ポーラ・オルビスHD子会社のオルビスは、市場で初めておにぎりの完全栄養食「ココモグ」を専用サイトで発売しました。この「ココモグ」は、発売から約3週間で出荷が3000個以上という売れ行きです。「ココモグ」は、9食(おにぎり18個)の定期販売は6033円になります。おにぎりは日本人になじみが深く、手軽に食べられる普段の食事として定着を目指しているようです。また、ベースフードは、2017年に自然食材を多く使用した完全栄養食のパスタ「ベースパスタ」を発売しました。さらに、2019年にはパンまで手を広げ、2024年4月には焼きそばを発売するなど定期的に新製品を開発ししています。コンビニでも、この完全栄養食の流れが起きています。ローソンは、パン「サポートブレッド」を大手パンメーカーと開発して全国で売り出しました。完全栄養食は、コンビニでも目にする機会も増えています。
この完全栄養食は、2010年代前半に米国で登場しました。2016年には、米国で完全栄養食と同じような意味合いの「完全代替食」をうたう食品が発売されたのです。悲しいことに、完全代替をうたう食品の「ソイレント」で、体調不良の報告が相次いだのです。当然改善と改良が行われました。当初は、水などに入れて飲む粉末や仕津の合間に食べるバー状の製品などが多かったのです。仕事の合間に食べるなど、食事を補助する意味合いが強かったようです。現在の完全栄養食は、栄養素などを効率的に摂取できるとうたう商品の意味合いになります。完全栄養食という表現は、これだけ食べていれば健康になるなどの誤解を与えることがあります。発展途上にある現在の完全栄養食には、企業ごとに基準や表示が異なることが多いのです。望ましくは、33種類の栄養成分が科学的根拠に基づいてバランス良く含まれる食品を「最適化栄養食」とでも言えば納得できるかもしれません。科学的根拠に基づいてバランス良く含まれる食品を、「最適化栄養食」と定義し認証するわけです。流れとしては、各企業がこの方向に収束していくかもしれません。
「完全栄養食」は、補助的な食品として登場したわけです。でも、この流れの潮目が変わってきています。効率的な栄養摂取をうたう「完全栄養食」が、主食として広がっている状況があります。その状況を支えているのは、時間的要因です。完全栄養食には、料理を作ったりメニューを考えたりする時間の削減が求められています。忙しい人たちには、栄養豊富な食品を無理なく食べられることは福音になります。この福音が、味の素が発売した女性向け完全栄養食「One AII (ワンオール)」の新製品は、この福音になるかもしれません。味の素は、多忙な女性からの要望に着目し、ワンオールの開発を決めました。この商品は、ネットで5袋入り2990円で発売しています。ワンオールにはチーズ昧とバターチキンカレー昧のスープパスタの2種類あります。「完全栄養食」は、タイムパフォーマンス (タイパ) と健康への意識の高まりで成長すると見込まれています。ローソンも2024年33 種類の栄養素を配合したとするパンを全国で売り出しました。でも、3食全てを「完全栄養食」に置き換えたら、1日に必要な摂取カロリーも足りないとの懸念もあるようです。完全栄養食には、個々人の持つ体重や運動量、腸内細菌などの配慮がまだ十分ではないようです。もっとも、これらの課題を乗り越えれば、商品価値は急激に上昇するかもしれません。
栄養には、もう一つの課題があります。厚生労働省の「国民健康養調査」(2018年)によると、食事には世帯所得格差があることを明らかにしています。世帯所得に栄養状態が左右され、食事や栄養と個人の経済状況には関連があるというのです。「栄養価」を重視することに関して、男女とも200万~400万円未満の世帯が600万円以上の世帯より低いという結果が出ています。所得の上位の世帯は、栄養のバランスを重視するというわけです。『肉、魚、卵、乳製品、大豆、緑黄色野菜、果物、芋、海藻、油』の中から、8品目を選ぶ傾向が高いのです。特に野菜の摂取量に、違いが出てきています。「エンゲル係数」は、2023年に前年から上昇し、現行基準を採用した2000年以降で最高となっています。「エンゲル係数」は、消費支出に占める食費の割合を表しています。生活が苦しくなると、エンゲル係数が高くなると言われています。この「エンゲル係数」が、2023年に前年から1.2ポイント上昇し27.8%に達しました。
最後になりますが、経済的に恵まれないケースでも、バランスの取れた食事ができるスキルを国民全体が身に付けたいものです。その第一段階は、小学校から始まる給食になります。ここでは、バランスの取れた食事が、少ないコストで提供されています。次は、小学校、中学校、高校と続く家庭科の授業になります。ここでは、栄養のバランスやその調理方法を学びます。もっとも、大学や社会に出るにしたがって、忘れていく方も多いのかもしれません。でも、食事の基本を学び、その基本を身に付けています。忘れても必要になれば、復習することは容易でしょう。十分な栄養を含む食事は、必ずしも高価な食品だけとは限らないことも理解しているはずです。良く生きるためには、食べる、寝る、そして運動が必要です。この食べるにために、時間を使うことがお勧めになります。時間の確保については、3区分法の考え方があります。多くの国は、制度上、8時間労働になっています。週休二日制が多く、有給休暇なども制度上確立しています。それをまとめると、1年間の総時間は、24時間×365日の計算で8760時間になります。働く人の生活時間は、睡眠などの生理的時間が8時間、労働時間が8時間、余暇時間が8時間という3区分法が成立するようです。労働時間は、8時間×365日÷7× (7日-2日)の計算で2080時間になります。それに対して、余暇時間は、約3000時聞になります。1つの技能を伸ばすための時間は、1000時間といわれています。食べることの理解や調理のスキルに、1000時間を使えば、一通りのスキルが身に付きます。
あるシニアは、このスキルを身に付けました。食材は冷凍しても、栄養価の変化は少ないのです。一番調理に手間がかかるのは、野菜になります。ひと手間加えてフリーザーバッグに入れた冷凍野菜を、10種類ほど常備しておきます。常時、10種類程度の野菜を冷凍保存しておき、調理に1人分だけ使う料理法です。安売りの時に、まとめて買い物をして、小分けして冷凍保存しておくのです。自分の健康のため、未来のために、そして社会のために、食材に向き合い、ムダなく使い切る料理を心がけるわけです。シニアが余った食材で、その食材の長所と短所うまく組み合わせることによって、美味しい料理を作ることは、さらに多くのメリットをもたらします。臨機応変に食材を組み合わせて、上手に段取りすることは、シニア世代にとって、格好の脳のトレーニングになります。脳の活性化は、加齢を抑制します。加齢が抑制されれば、健康寿命は延びて、40兆円から50兆円にもなろうとする医療費や介護費が抑制されます。シニアの元気が、社会を明るくします。そんな食事が普及すれば、楽しい社会になるかもしれません。