レアアースを巡る覇権と協調  アイデア広場 その1617

 中国は欧米中心の国際秩序に不満を持ち、自らの利益と主張に見合った世界を作り上げようとしています。中国の経済力が、各国の政治に影響を与え、文化にも影響を与える場面が現れてきました。この国は、増大した経済的軍事的パワーを働かせ、特定の行動を他国に強いるようになってきています。もっとも、米国もある意味で、中国と同じことを行ってきた経緯があります。中国は、米ソ冷戦黎明期と比べものにならないほどの実力を持つ国なっています。米国は中国が豊かになれば、民主国家を目指す国になると楽観的に考えていました。でも、ここに来て中国の国力を削減する政策をとるようになりました。でも、米国政策が、中国の増大した国力には通じない局面も生まれています。たとえば、トランプ政権が125%の関税を掛けても、それへの対抗処置を準備していました。それは、レアアースの輸出停止でした。トランプ政権は、慌てて125%の関税を見直すという失態を犯しています。今回は、中国の武器になっているレアアースについて考えてみました。

 現在、電気自動車(EV)の電池に使われるレアメタル(コバルト)の価格の騰勢が続いています。2025年初めには、1ポンド11.5ドル前後と2016年以来の安値圏で推移していました。コンゴ民主共和国(コンゴ)は、世界最大のコバルト産出国になります。コバルトは、国庫を支える重要な鉱物でもあります。コンゴは価格低迷に歯止めをかける狙いで、2月下旬からコバルト輸出を一時停止したのです。結果として、1ポンドで17.5ドル前後と2025年初めと比べ5割ほど高い水準になりました。現在の上昇基調の背景には、最大生産国のコンゴによる供給停止があります。コバルトは、EVの車載用電池に使われます。ニッケルなどと共に正極材に活用すれば、「三元系」と呼ばれるEV電池となります。コバルトの高値維持のために、コンゴは6月下旬から、さらに3力月間の禁輸延長を決めました。一方で、この資源大国の輸出制限には限界があるとの声も多いのです。それは、コバルト使わないEV電池の開発の波になります。

 コバルト価格は、1ポンド17.5ドル前後まで高騰しました。でも、輸出禁止にも関わらず、ここからの値上がりが見られないのです。さらなる騰勢に歯止めがかかっている背景には、世界的なコバルト在庫の余剰感があります。もう一つの要因が、高価なコバルトを使わないリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP電池)の存在になります。このLFP電池は、コバルトを使うタイプと比べて性能は劣りますが、低コストで搭載できるのです。この電池は、コバルトなどを使用する三元系電池より約3割安い価格になります。2024年時点で、世界で販売されたEVのうち、LFP電池を搭載する車両の割合は5割までに上昇しています。もし、コバルト価格は1ポンド20ドルを上回れば、EV業界を中心にコバルト離れが一層進むことになります。皮肉なことですが、コンゴによるコバルト価格の押し上げ政策は、割安なLFP電池の普及の追い風にもなっています。コバルトの高騰の長期化は、「コバルト離れ」につながりかねない状況が生れています。

 トランプ関税の影響を見るまでもなく、中国によるレアアースの輸出規制が日本などの自動車製造にも影響しています。重希土類を含むレアアースには、中国の輸出規制による供給不安がついてまわっています。15年前、尖閣諸島沖で中国漁船と海上保安庁巡視船が衝突した事件がありました。事件後、中国がレアアースの対日輸出を事実上停止しました。いわゆる2010年の「レアアース・ショック」です。中国が対日輸出を事実上停止したとき、欧州など第三国を経由して、レアアースを輸入して糊口をしのぎました。今回は、トランプ関税の巻き添えで、スズキ自動車が被害を受けました。2025年5月には、スズキがレアアースの不足から小型車の生産停止に追い込まれたのです。もっとも、日本も無策ではありません。強力な磁石の開発を行ってきました。プロテリアル(旧日立金属)は、重希土類を使わないネオジム磁石をEV駆動用モーターに使えるようしています。これは、磁石の粒子の境界を制御する技術により、重希土類がなくても性能を維持する優れものです。プロテリアルの磁石は、既存のモーターに導入しやすいことも特長になります。また、この磁石は様々なモーターに合うよう形状を調整してつくることが可能です。生産にも、既存のラインを使えることから、製造コストを抑えつつ供給を増やすことができます。日本は、供給網の中国依存を真に脱却するには、生産効率向上や高付加価値化が欠かせません。一方、中国企業の有利な点は、中国政府の支援が手厚く、安価な磁石が供給されていることです。

 蛇足ですが、レアアースは、レアメタルに含まれます。そして、レアアースは17元素の総称になります。このレアアースのネオジムやジスプロシウム、テルビウムからは、高性能磁石をつくることができます。電気自動車には、駆動用に耐熱性のモーターが使われます。このモーターには、ジスプロシウムが不可欠です。少量を加えるだけで素材の性能を高めるため、「産業のビタミン」とも呼ばれています。ハードディスク駆動装置や電気自動車、風力発電機のモーターなどで幅広く使われている元素になります。脱炭素社会には、必要不可欠な物質なのです。そして、レアアースは兵器に不可欠な元素でもあるのです。プロテリアルの新たな磁石は、通常より磁力が強く精密機器や電動車に使われる「ネオジム磁石」にあたるものです。ネオジム磁石は、EVモーターの小型化などに利用されています。プロテリアルは、すでに2種類を開発しました。その1つは、既に量産工場から試作サンプルの提供を始められています。小型化の利用には、耐熱性を持たせるため重希土類のテルビウムやジスプロシウムを加える必要があります。重希土類を使う磁石と同じ出力を得るには、モーターの形や冷却方法を工夫することが求められます。もう1つは耐熱性などを高めた次世代の磁石で、2026年4月にもサンプル出荷を始めることになります。新たな磁石は、車などのサプライチェーン(供給網)の安定に寄与するようになります。重希土類なしで、EVモーターにも使える磁石が実現すれば、こうした供給不安を軽減できます。日本国内のメーカーにおいても、さらなる生産効率向上のためには、付加価値化を高めることが欠かせません。

 余談ですが、米国も無策ではありません。MPマテリアルズは、カリフォルニア州にレアアース鉱山を保有し製錬も手掛けています。この会社は、米国内に鉱山とレアース磁石の製造施設を持っています。マテリアルズは政府支援を受けて、数十億ドルの投資を行うことになりました。この投資で、レアアース磁石の製造施設を設けることになります。MPマテリアルズは、米国防省と戦略的なパートナーシップを結んだと発表しました。国防総省が、株式15%にあたる優先株を取得し筆頭株主になります。レアアース磁石の製造施設の建設後の10年間、新工場で生産する磁石の100%を国防総省が購入することになります。新たな施設では、F35戦闘やドローンにも必要となるレアアース磁石を製造します。中国がレアアースを寡占するなか、F35戦闘機などの軍需向けで自国調達を進めるわけです。国防総省は、F35戦闘機などの軍需向けで自国調達を進め、安全保障を強化します。新たな施設では、潜水艦など軍事兵器システムにも必要となるレアアース磁石を製造することになります。

 最後になりますが、レアアースは、中国に偏在しているかのように思われています。でも、レアアースの偏在は、中国政府によって人為的につくり出されたものだということが真実なのです。この物質の分布は世界に分散しており、偏在が問題になるようなメタルではないのです。かつては、アメリカやオーストラリア、ロシアが生産の中心でした。中国のシェア1990年ころは30%でした。その後の20年間で、97%ものシェアまでになりました。中国はレアアースのダンピング攻勢により、世界シェアを着々と拡大しました。中国による安値攻勢で、世界のレアアース鉱山は生産休止に追い込まれていきました。ジスプロシウムが高騰している時に、鉱山を再開発するには膨大な経費を必要となります。でも、ジスプロシウムの価格が低迷しているときに対策を立てれば、きわめて安い経費で開発が可能なのです。この対策を軽視し、中国に頼ったことが現在の問題の原点になります。現在では、このメタルがリサイクルで毎年一定の割合で必ず排出されます。以前と違い、量を問題にしなければ枯渇しないメタルになっています。各国に備蓄しているレアアースを融通しながら、鉱山を再開することも可能になっています。中国がレアアースを武器として使える時間は、残り少ないようです。新たな技術開発が、レアアースを武器ではなく、普通の商品に代える時期もまじかのようです。

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