中国は、急速な経済成長を続けてきました。でも、今後数年は減速が続くとの見方が支配的になってきました。その一つの現われが、次世代を担う若年層が深刻な就職難に直面していることです。2024年夏も、若年失業率は大幅に上昇しました。雇用のミスマッチや若者の職業意識にも大きな変化が見られます。中国の成長を支えてきた製造業が、慢性的な人手不足に悩む状況が続いています。一方で、高学歴化に伴い高収入のオフィス勤務を志向する学生が増えています。一部の優秀な若者が、生成AI(人工知能)やバイオなど先端分野での起業を目指しています。目指しながら、起業はできない状況があります。安定志向を求める若者も、増えています。10月下旬にネット出願を締め切った2025年採用の国家公務員試験は平均倍率が86倍になりました。さらに、別の現象も見られます。それは、人材が海外に流出していることです。2024年の富裕層の純流出は、2年前と比較すると、4割も増えるとの推計がでています。富裕層の純流出の理由は、経済的条件だけではないようです。ネット監視など政府の統制強化に嫌気が差し、外国で自由を追い求める優秀な人材もいるとのことです。このような状況が続くと、経済成長により豊かさがもたらされる前に高齢化で衰退が始まる「未富先老」が現実になるのではないかと心配されるようになりました。このような心配を少しでも和らげる工夫を考えて見ました。
メディアで報じられている中国の大きな課題は、不動産の値下がりです。地方だけでなく、大都市の物件でも値下がりが目立つようになり、将来への不安が中国人の日常を覆い始めています。多くの中国人は、不動産は値上がりするからいつか転売すれば元は取れると信じていました。中国人が信じて疑わなかった常識は崩れているのです。誰もが安全資産と疑わなかつた不動産の神話が、崩壊しているわけです。中国政府は、2020年に不動産規制に着手しました。これを引き金に不動産バブルがはじけ、住宅不況は3年超に及ぶ状況が続いています。住宅不況に直面し、景気の停滞が長引いているわけです。この景気停滞の長期化で、将来不安が強まり、貯蓄の比率は跳ね上がっているのです。現在、「より多くのお金を貯蓄に回す」という人々が、6割を超えると言われています。この流れを示すように、 GDPの4割を占める消費の動向も悲観的なものがあります。北京や上海の中国を代表する大都市では、2024年1~10月の小売売上高が前年の水準を割り込む状況が続いています。中国の旺盛な消費が減少すれば、外資企業は及び腰になります。中国での工場建設などを示す直接投資は、マイナスに陥るようになりました。中国の成長の一翼を担っていた外国投資が、マイナスに転じているのです。中国経済は「高成長」から「低成長」への転換点を迎えたと言われる所以です。
中国では、このような不安や不満をいかに軟着陸させるかという対策が求められています。中国の人々の中にも、過去の政策にも現在の政策に不満を持つ人達はいます。たとえば、2006年には集団陳情がもたらす事件は、9万件以上に達しました。市場経済の進展に伴い、経済的資源を独占する経営者層と資源を持たない労働者や農民の対立は存在していました。高度成長を続いているにもかかわらず、所得配分は不公平で、購買力に貧富の差が大きくなっていたのです。一連の市場化や改革開放の享受者は、共産党であり一般国民との格差は広がるばかりでした。2008年日本を訪れた経営者団体の幹部は、現在の政権が労働者や農民のことばかり考え、経営者の立場を考えていないなどと述べています。また、北京大学の教授は、雑誌の中で陳情者の99%が精神的問題のある偏執者であると発言しています。農村幹部は、農民に対する専制的支配を保ちながら、地区の収入の不足を様々な名目を付けて負担を求めます。1990年の後半から、農民は各地で不合理な負担や重税、そして農民幹部の腐敗に対する陳情を行うようになりました。多くの異議申し立てや集団陳情は続いていました。でも、高度成長による所得の増加が、この不満を抑えていました。もう一つの安全弁が、「居民委員」の存在でした。中国の都市部には、隣組に似た「居民委員」の組織があります。この組織は、相互扶助を支えることが主な役割になっていました。地域住民の要望をある程度聞いて、その要望を上に伝える働きもしていたわけです。一方で、この組織が公安の下請けにもなっていました。公安が、住民の声を聞いて、硬軟を交えた対応を行っていたわけです。その対応が市場化に伴い、都会では居民委員の力にも陰りが見え始めています。住民の声を聞くよりも、共産党による上意下達の組織になりつつあるのです。
蛇足ですが、不安や不満、そして悩むときがある場合、こうしたこうすべきだけれど、そうできないために、悩み苦しむという構造が生まれます。「居民委員」は、このような悩みを聞いて、一定の心理的安定を保つ働きを行っていたとようです。居民委員は、ある面で、西側諸国のカウンセラーのような働きをしていたわけです。カウンセラーは賛成と反対の2つの気持を同時にもって傾聴するスキルが求められます。話を聞く場合、賛成の気持と反対の気持の両方を持てるには、心の広さを持たないとできないものです。この心の広さが、共産党による上意下達が強まることにより、縮小していったことは容易に想像できます。もう一つの不安や不満、そして悩みの解消法が、生き方の評価基準を下げることです。人の悩みの解決法は、自分の生真面目な生き方を緩めることになります。この解決法は、少し「だらしない自分」になることなのです。中国での具体的な事例は、寝そべり族になるかもしれません。寝そべり族とは、中国において若者の一部が競争社会を忌避し、住宅購入などの高額消費、結婚・出産を諦めるライフスタイルになります。人の悩みは、今までの評価基準を下げることによって解決することもあります。
人民の自由を強く拘束する共産党の上意下達は、なぜ強まってきたのでしょうか。中国の10数年前の状況に、その萌芽見られます。2010年頃の共産党の党内事情は、いずれの閥にも背後には党の長老や実力者が控えていました。でも、習指導部は、2012年以来反腐敗運動を掲げ共産党や省庁、国有企業幹部を摘発するようになりました。まず、利権と人脈で党幹部や政府高官と結ばれた「石油閥」の企業は巨額汚職の舞台になります。石油3社は、周永康氏が主導する形で、アフリカや中東、来で資源権益を買いあさります。欧米メジャーですら進出をためらうような紛争や危険地帯にも進出しました。この石油3社の積極投資が裏目に出て、多くの海外案件が頓挫の危機に直面し赤字が拡大していきます。深刻化する大気汚染も、国有石油大手が環境投資を出し渋り、粗悪な燃料を流通させてきために起きたものでした。習指導部の強い意向で、現在は3社とも競うように投資削減に走り経営の効率化を図ったのです。石油企業は、管理職を中心に給与15%、本社社員のボーナスを20%も削減する事態になりました。石油閥の「習氏支持」表明は、従来路線(閥の長老や実力者)との決別宣言でもあったようです。摘発は、標的の石油閥への攻撃が一巡し、「機械工業閥」「電力閥両」に移ることになります。このような党内事情が、「居民委員」の柔軟性を失わせてきた要因になっているようです。
中流層は、2010年代の党内事情を肌で感じていたようです。この中間層は、可処分所得はここ数年で3倍超に膨れていました。でも、「身の丈」が主流になりつつあったのです。所得水準が向上した中間層でも、底堅い消費が生まれるようになりました。購買力をつけた中間層は、高級ブランド志向から距離を置き始めます。無駄な消費を嫌い、バッグや洋服はブランド品ではなくデザインや素材で選択するようになります。化粧品も、コストパフォーマンスを重視するようになります。これらのことは、2020年代になって、急に行われるようになったとの報道もありますが、2010年代から、徐々に移行してきた消費パターンになります。現在は、豊かになった社会で育った若い世代が台頭し、物を並べれば売れる時代に終わりになりました。中間層は、自分のライフスタイルや身の丈に合った消費を楽しむ時代へと移行しつつあります。生産性の向上ペースを、上回る人件費の上昇も見られます。安い労働コストを前提にした従来の産業振興策に、無理が生じ始めたという現実が生じています。
最後になりますが、急速な経済成長を続けてきた中国は、今後数年は減速が続くとの見方が支配的になっています。中国国内の企業に、自律反発するメカニズムが働きにくくなってきています。もちろん、中国政府はこの流れを受け入れているわけではありません。政府は、年間約5%の経済成長率の維持に真剣に取り組んでいます。そのためにも、デフレ懸念を和らげようとしています。その方策として、国内の消費拡大に力を入れています。消費が上昇に転じれば、デフレ圧力を一定程度緩和する可能性が出てきます。中国政府は、若い世代がいかに十分な賃金を稼ぎ、支出に前向きになれるかを模索しています。この懸命な中国政府にとって、Z世代の節約志向は悩みの種の1つになっているわけです。消費の主役を担う15~29歳のZ世代の消費意欲の減退は、長期的に打撃を与えかねない要素になっています。この世代では、品質やコストパフォーマンスを重視する「ケチ経済」といった言葉が流行しています。経済減速を和らげるには、1つに生産の効率性を高めることになります。2つ目は、人々の不安や悩みを少なくすることです。不安や悩みの解消には、カウンセリングの素養が求められます。以前、居民委員が、地域の人々の不安や不満を和らげる働きをしていました。共産党における上意下達を下意上達に改めるような施策も必要になるかもしれません。お隣の大国が安定しないと、周辺国の安定もおぼつかなくなります。ぜひ、人民の不安や不満を解消する方向に政治を転換してほしいものです。