人手不足の中で一人当たりの所得を高める工夫 アイデア広場 その1557

 日本では、人手不足が叫ばれています。でも、事実は、少し違っています。日本の直近の就業者数(2024年の平均)は、過去最高の6781万人だったのです。日本の働き手は人口が減る中でも、女性やシニアの労働参加によって漸増してきた経緯があるのです。6781万人を支えた女性や65歳以上の就業率は、主要7カ国(G7)で、トップクラスに位置しています。日本の働く人の割合は、先進国で最も高いというわけです。働く人は増えているのですが、現実の人手不足が深刻です。残念なことですが、日本の就業者数は過去最高で、もはや増加は期待できない状況にあります。団塊の世代が、75歳を超えるようになりました。75歳からは就業率が急激に下がっていくことが、経験則で分かっています。日本は、人手不足を通り越して、「人手不在」の社会へ移行する時期にきています。頼みとしてきた、女性やシニアの労働参加が、確実に減少する局面に入ったわけです。2030年時点では、働き手が今より減り、2040年には6375万人に落ち込むことになります。楽観的な方は、人手不在の社会では多様な人材が活躍できるチャンスでもあるとポジティブ捉えています。今回は、このポジティブ志向で、人手不足を乗り切り、なおかつ高目の実質賃金を得る仕組みを考えてみました。

 人々の中には、困難に陥っても、そこを上手に楽しく乗り切る方法を見出す人たちがいます。彼らは、好きなものを選んで食べられるバイキング食堂のように、仕事でも好きなものを複数選んで楽しむことができる人たちです。収入源を複数確保し、さらにやりたいことにも挑戦する人たちもいるようです。ある金融業を退職した30歳代男性は、憧れの地方移住を実現しました。彼は金融業で養ったスキルで、地元企業の財務やマーケテイングのコンサルティングなどを支援しています。この給料が、15万円になります。さらに、町の集落支援員としては、月に17万円を得ています。そして農作業での草刈りでは1万円といった具合に収入を得ています。この地域で、彼は30種以上の仕事を行っているのです。地方では、仕事を複数持つことで、収入を安定させることも可能のようです。もっとも、地方が求める新しい知識やスキルを持っている人に、その可能性があるということになります。副業を巡る潮流はここ数年で大きく変わり、副業を持つ人は珍しくなくなりつつあります。最近は、多くの仕事を並行して手掛ける「マルチワーカー」が活躍しています。マルチワークをうまく機能させれば、リスク分散の効果も大きくなります。収入増やスキル向上のほか、リスク分散の効果も見込めるというわけです。

 個人の努力で、マルチな才能を身に付けることも一つの方法になります。でも、近年は企業がマルチな才能を育成する土壌を用意することも行うようになってきました。新潟県南魚沼市の古民家ホテルに勤める関さんは、朝食、民謡披露、郷土料理講師の3役をこなしています。ホテルで働く関アツ子さん(76)は、夜に民謡披露した翌朝、朝食会場の厨房には宿泊客に、ご飯をよそう姿を見せていました。彼女は、郷土料理のクッキング体験の講師も担っており「1人3役」でホテルを支えています。この系列のホテルには、もっとすごい方もいます。吉越春香さん(29)は、「1人6役」をこなしています。フロントと予約管理をし、館内のレストランとカフェでの接客をし、売店での物販と自ら考案した観光ルートのSNSでの発信と多忙を極めています。このマルチタスクの従業員のおかげで、売上高は20年間で8倍に増えました。この系列従業員は、ほぼすべての年齢層で県内の全産業平均を上回る給与をもらっています。「株式会社いせん」を継いだ取締役は、将来の人手不足も見越して従業員の多能工化に踏み切ったと言います。マルチタスクで、宿泊業以外でも通用する人材の育成に力を入れているようです。

 民間の企業だけでなく、地方の自治体でも人口減少に備えるところが現れています。人口減少、そして税の減少などにより、施設の維持と行政サービスが困難になりつつあります。困難を乗り切るためには、財政基盤をしっかりとしたものにする必要があります。その両立をしている村が、長野県にある下條村になります。下條村の職員数は、人口1000人当たりの一般行政町員数は8人になります。類似自治体の平均値は17人なので、半分の人員で業務をこなしている計算になるのです。収入役や教育長も欠員にして、人員削減を行っています。縦割り行政は、無駄を増やし、柔軟性を奪います。下條村は、課を総務課・振興課・福祉課・教育委員会の4つに統合し、係長制度を廃止しています。仕事の枠を取り払い、一人の職員が複数の業務を兼務する仕組みを取っています。一人一人の職員が複数の仕事を効率よく行えば、職員数を削減しても業務に支障は生まれないことを証明しているようです。業務を日常的に行うために、不必要な仕事は削減しています。行政規模の異なる自治体からの視察申し込みは、基本的に断っているようです。村の財源や人的資源は、村の住民に集中して向けることがトレンドになっているようです。蛇足ですが、スイスでは、視察に対しては1人120ユーロを要求しています。日本でも、岩手県紫波町のガイドは、有料で1人あたり3000円になっています。

 人口減少や財源の縮小は、これからの地方自治体では当たり前の流れになります。この当たり前の流れを考慮しながら、住民に安心して暮らしてもらう仕組みを模索していかなければなりません。そのモデルが、スイスの村にあります。スイスでは、集落の高齢化率が50%を超えても、農作業に精勤し、共同体の機能が健全に営まれています。この国人々は多くの場合、複数の職業をもっており、平均年間所得は世界第1位になっています。共働きで、2人合わせて1000万円を超える夫婦も少なくないのです。彼らは、地元の中学や高校を卒業するだけで、家業の農業や観光業を受け継いで豊かな生活を享受しています。その一つの理由が、無駄なお金を使わないことです。そして、複数の仕事を行うことで、収入を増やしているのです。たとえば、地方の議員の給料は、平均220万円平ですが、山村によっては5万円というところもあります。でも彼らは、副業で不足をカバーしているのです。地方議員は基本的には兼業で、労働時間の6割を議員活動に充てています。残りの労働時間の4割は金融業、観光業、金属商、不動産業などに従事しているのです。残りの時間で稼ぐほうが、多い場合もあります。ある自治体は、一般会計予算の歳入・歳出総額を約40億円に抑えています。その中で、やりくりをしています。たとえば、図書館を開くのは、週に1日だけと節約しています。議会を開く議場は、役場の事務室が早変わりという具合です。役場にコンビニがあるけど、午前中だけ開いているなど簡素化が進んでいます。公務員にお金を掛けない流れは、世界の先進的な自治体の特徴のようです。

 余談ですが、人手不足の解消に福農連携に見られるような障害者の雇用対策があります。企業が雇用すべき障害者の割合(法定雇用率)が、徐々に引き上げられていきます。今までは、2.3%でした。それが、2024年4月に2.5%、2026年7月には2.7%へと、段階的に引き上げられます。2022年6月1日時点で、企業が雇用する障害者は61万4千人になります。この数字は、19年連続で過去最高を更新しています。でも、企業の立場からすると、障害者の雇用には、光と影の両面があるようです。障害者の方には、日々のコンディションが不安定な人も多いのです。集中力が低下したときなどは、対応に戸惑うことも多いのです。仕事が遅いなどの原因から、上司によるハラスメントの被害を受けてしまうことがあるようです。障害者が生きいきと働ける環境を整備するには、さまざまな工夫が求められます。驚くべきことですが、この工夫の成果を上げている企業では、新しい領域で、ビジネスチャンスの芽を育てつつあるのです。日立ハイテク事業所では、自閉スペクトラム障害(ASD)を持つ20代の男性が働き始めました。脳や神経の「多様性」と捉える「ニューロダイバーシティ」に基づく採用を始めたわけです。ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)は、自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症、学習障害などの発達障害を、能力の欠如や優劣ではなく「人間のゲノムの自然な変異」として捉え、その能力を生かそうとするものです。日立の上司は対話の仕方を配慮することで、男性が持つ優れたプログラミングの才能を引き出しているようです。「あれ、それ」といった唆昧な指示はしない」など上司が対話の仕方を配慮しているのです。こんな企業が増えれば、人手不足が少し緩和されるかもしれません。

 最後になりますが、日本では、人口が減少していく市町村が増加していきます。人口の減少は、財源の減少を意味します。そんな中で、健全な運営を行いながら、人口を増やし、豊かな生活をつくり出している市町村もあります。成功した自治体を見てみると、慣習にとらわれず、手持ちの資源を上手に利用していることがわかります。長野県の下條村は、200万円以下の道路工事は、村人がやることにしました。村役場は道路工事の資材や工事道具を提供し、村人は労力を無償で提供するという仕組みです。この経費は、公共事業で行う場合に比較して、5分の1で済んでしまいました。節約できた予算は、保育費や医療費の充実に使われたのです。保育所にいつでも安く入所できて、医療費が安いという環境は、周辺の市町村から若い人々を呼び寄せました。結果として、過疎の村に若い人達が居住するという好循環をもたらしました。役場の仕事を住民が行うことも、住民や村が豊かになるなら良いこといなります。良いことのためには、昔のお百姓さんのようにマルチワークをこなせるスキルも必要になるようです。

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