人類が細菌やウイルスに少しだけ優位になる知恵 アイデア広場 その1721

 以前、ハクチョウなどの渡り鳥は、冬の風物詩でした。河原などに行くと、ハクチョウに餌をやる子ども達もたくさん見られたものです。ハクチョウよりカモの方が、エサを素早く取り合う光景は好ましいものでした。でも、最近は鳥インフルエンザの感染が心配されるようになり、この光景が少なくなりつつあります。鳥インフルエンザは、鳥型のA型インフルエンザウイルスが感染して起こる鳥の疾病になります。この鳥インフルエンザの人への感染には、呼吸器感染の弱毒型と全身感染の強毒型があります。1997年香港で、H5NI型高病原性鳥インフルエンザウイルスが人に感染し、6人が死亡しました。香港の患者は質の高い医療施設で治療を受けたにもかかわらず、致死率は33%を超えていたのです。通常の季節性インフルエンザの致死率は、0.1%未満です。1918年に、パンデミックを起こしたスペインカゼでさえも、致死率2%程度でした。ちなみに、2019年から猛威を振るったコロナパンデミックの致死率は、0.4%程度でした。この特徴は、65歳以上の高齢者が1%を超えていたことでした。インフルエンザウイルスにしてもコロナウイルスにしても、変異をくり返して人類や動物に害を与えています。今回は、このウイルス(細菌も含む)について理解を深めてみました。

 2013年に発生した人のH7N9型の流行に対しては、冷静な対応がとられたようです。2015年時点で、H7N9型が人の問で感染を拡大してパンデミックを起こす可能は低いと判断されました。この鳥インフルエンザは、ウイルスが弱毒型であり、感染した鳥は病状を示さない傾向がありました。H7N9型ウイルスは、肺の中で増殖するが発熱や肺炎は起こさないことが示されていたのです。鳥型ウイルスは、人の細胞表面にある人型レセプターには結合しにくいことが分かりました。でも、徐々に、このウイルスが遺伝子変異により、人型レセプターにも結合しやすく方向にも変化していたことがわかりました。H7N9型ウイルスは遺伝子変異により、人の体温と同じ低温で増殖しやすいように変化しつつあるとなったわけです。H7N9型鳥インフルエンザは、既に人型に近づいている状況が生まれつつあるのです。鳥ウイルスが人型に変化するには、人の体温で効率良く増殖できるようになる必要があります。鳥を宿主とする鳥型ウイルスで人の細胞には感染しにくく、鳥より低温の人間の体内では増殖しにくいとされてきました。インフルエンザウイルスは、遺伝子の突然変異が非常に頻繁に起こる性質があります。遺伝子の突然変異は、感染細胞内でウイルス遺伝子が複製する過程で一定の割合で起こるのです。ウイルスの増殖回数と増殖量が増えると、連動して変異ウイルスの数が増えることになります。大量感染は、変異株を生みやすい状況を作り出すことになるわけです。弱毒型鳥インフルエンザウイルスは、養鶏場などで大量感染伝播を繰り返すうちに強毒型に変化するかもしれないのです。

 強毒型鳥インフルエンザは、人や哺乳類への感染で全身感染を起こし、高い致死率をもたらしました。たとえば、2004年年バンコクのトラ動物園で、数頭のトラがH5NI型で感染死を起こした。この感染は拡大し、バンコクのトラ動物園で飼育されていたトラ300頭のうち80頭が全身感染で死亡してしまったのです。鶏の生肉を解として与えたところ、それを食べたトラが経口感染し、全身感染を起こしたのです。H5NIに感染した鳥は、糞便や呼吸器分泌物に大量のウイルスを排泄します。H5Nlに感染した鳥の糞便は、強力な感染源になるのです。でも、この突然変異で生じた強毒型ウイルスは、宿主動物が死んでしまうので、すぐに淘汰され消滅していく運命にあったようです。もちろん、H5NI型のワクチンを開発しました。その接種により、家禽での流行はある程度抑制され、人への伝播例も減少するという経過をたどりました。私たちは、新型コロナウイルス感染において、デルタ株からオミクロン株に変わったことを体験しています。ある意味で、強毒性から弱毒性の変化を繰り返すこともあるようです。人間の大量感染という過程を通して、静かに変化する過程があるのかもしれません。各種の感染症においても、パンデミックを起こすようなウイルスに変化する可能性を常に持っていることに注意が必要です。

 新型コロナやインフルエンザが、パンデミック (世界的大流行)を引き起こしました。細菌やウイルスは、感染症という形では人類を脅かしてきました。最近は、化石の研究からジュラ紀や白亜紀の恐竜も人類と同様に、様々な感染症に苦しんだ事実が分かってきました。恐竜は、現在の鳥類の祖先になります。その祖先を苦しめてきた感染症が、現在も鳥インフルエンザという形で、鳥類を苦しめています。その鳥類を苦しめる疾病は、呼吸器の感染症によるものでした。米国のグレートプレーンズ恐竜博物館は、「気嚢炎(きのうえん)」の痕跡を見つけたと2022年に発表しました。化石の頚椎の内部に、気嚢炎の鳥類でもみられる骨が異常に増殖していることが見つかったのです。竜脚類の首の骨の化石に、「気嚢炎」の痕跡を見つけたと発表したわけです。竜脚類とみられる恐竜は、中生代ジュラ紀(約2億~1億4500万年前)の後期に活動していました。この気嚢炎(きのうえん)は、空気をためる器官に炎症が起きる病気になります。人間でいえば、肺炎になるかもしれません。

 他の事例としては、ブラジルのカリリ地域大学が首の長い竜脚類の脚の骨とみられる化石を調べました。中生代白亜紀に生息していた首が長い竜脚類の脚の骨とみられる化石を調べたわけです。中生代白亜紀は、ジュラ紀の後の約1億500万~6600万年になります。この時代は、恐竜の全盛期になるようです。化石を顕微鏡などで解析すると、炎症で海綿状になった骨が見つかりました。海綿状になった組織では、治癒した痕跡は見られなかったと考えられています。細菌が増えて症状が重くなり、恐竜が死亡した可能性が高いとされます。骨などの組織で細菌などが増え、骨髄炎を引き起こし、恐竜の命を奪ったと推察されるわけです。これらの化石が出土した場所では、他にも骨髄炎の痕跡が残る恐竜の化石が見つかっています。これらの場所には、「乾期に濁った水かたまっていた」と考えています。水を求めて、恐竜が多く集まり、少ない水を奪い合います。少ない水たまりで繁殖した細菌が水辺で暮らす恐竜に感染し、骨髄炎を起こした可能性が指摘されています。

 恐竜には、感染症だけでなく「がん」による脅威もあったようです。がんは、体の細胞が分裂して増える際に生じることが多いことが知られています。その事例が、大型犬が短命であるということに見られます。生まれたばかりの子犬は、どの犬種であってもほとんど同じ大きさになります。たとえば、成犬のグレート・デーンは確かに大きいのですが、その子どもは驚くほど小さいのです。小さい子犬が大きくなるためには、より多くの細胞分裂を行わなければなりません。悲しいことですが、細胞が分裂するたびに、DNAを損傷する酸化分子も増えるのです。しかも、分裂のたびに、テロメアの損耗や酸化による損傷が細胞の中に蓄積されていきます。結果として、正常でない細胞(がん細胞)の分裂が多くなり、がんによる死亡が多くなるというものです。多数の細胞からなる大きな体を持つ動物は、がんのリスクが高まります。その大きな恐竜の化石からも、がんの痕跡が見つかったというわけです。カナダの王立オンタリオ博物館などは、草食恐竜の化石から骨肉腫の跡を見つけました。見つけるだけでなく、そこからがんが発症するデータを蓄積する研究者も現れました。日本では、岡山理科大学の千葉謙太郎講師がその一人になります。彼は、白亜紀の草食恐竜の化石から骨のがんである骨肉腫の跡を見つけたと2020年に発表しました。がんなどを患うと、体で特定のたんぱく質ができます。たんぱく質を調べることで、病気の種類を探ることが可能になります。恐竜が患った病気を調べれば、当時の生活環境を知る手掛かになります。さらに、研究が進めば恐竜が暮らしていた環境や、彼らを悩ませた病原体の正体を解明できる可能性もあります。

 余談になりますが、文明が進歩し、清潔を志向する人々が急増しました。それとともに、不思議な現象が起きています。新興国では非常に少ない、アトピー皮膚炎や花粉症などのアレルギー疾患が先進国で激増しているのです。私たちの生活環境には、多くの細菌やウイルスが潜んでいます。これらの細菌から身を守ろうと、人は多くの防御機構を備えています。その一つに、皮膚にも口腔内にも常在菌という鎧つけて、病原性の高い細菌の増殖を防いでいるのです。日本は、世界でも最も清潔を求める国の一つです。抗菌や除菌グッズなどいろいろな物が売られています。丁寧にこれらのグッズで体を洗いすぎると、体を守る常在菌まで排除することになります。排除された人の皮膚は、悪玉菌が繁殖しやすくなってしまうのです。感染症を正しく理解して、細菌やウイルスと上手なお付き合いをする知恵が大切になります。この知恵は、抗菌グッズのなかった恐竜が、どのようにウイルスや細菌の増殖を防ぎ、免疫力を高めていたかなどが分かってくれば、有力な情報になります。人だけでなく、家畜の感染症を防ぐ知見を得らえることになるかもしれません。

 最後になりますが、化石のたんぱく質を分析する研究分野を「パレオプロテオミクス」といいます。この研究分野は、絶滅した動物の系統関係などを解明するのに役立ちます。現在、たんぱく質の分析手法も長足の進歩を遂げています。化石の解断技術は、従来は化石に残る骨の形や内部の構造を分析する研究が主流でした。この研究は、化石を粉にして成分を抽出しして分析するものでした。欠点は、微生物などが混入する恐れがあったことでした。この欠点を乗り越える新しい化石の解析技術は、電子顕微鏡で、たんぱく質を構成するアミノ酸を調べる手法です。現在は、恐竜の化石からたんぱく質などの有機物を探す研究に取り組んでいます。感染した恐竜やがんになった恐竜のたんぱく質を調べることにより、その後に病原体が進化した道のりを知ることに繋がる可能性があります。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という孫子の言葉があります。ウイルスや細菌の強弱を知れば、人類にも勝機が出てくるかもしれません。

タイトルとURLをコピーしました