低いとされる日本人の幸福度を高める工夫  アイデア広場 その1716

 人生100年の時代に入り、できるだけ長い生活を幸せ(幸福)な状態で過ごそうという方が増えています。では、どうすれば幸せになれるのでしょうか。人々は、この難問に哲学や宗教を通じて、幸福の意味や幸せになる方法を探ってきました。古代ギリシャの哲学者たちは、真理の探究や正義の実現を通じて幸福が訪れると考えました。中世ヨーロッパでは、神の恩寵の中に幸せがあると信じられていました。近代になると、衣食住が満たされる状態が、幸せの条件になると考える人も多くなりました。現在の日本は、衣食住がほぼ満たされています。平均寿命も世界のトップクラスにあります。犯罪も少ない国です。戦乱や貧困に悩む国からみれば、安全に長生きできる幸せな国になります。でも、幸福度は低いのです。日本は、「主観的な幸福励のスコア」が37カ国中で34位でした。この種の幸福度の調査では、いつも下位の位置に甘んじています。幸せは、経済的な豊かさや長寿を得るだけでは到達できないようです。もっとも、そんな中でも幸せに暮らしているという方も、います。今回は、幸せと感じている方に焦点をあてて、どうすれば幸せに暮らせるかを探ってみました。

 実は、幸福度を調査するアンケートの内容により、幸福度が変化することが知られています。この種のアンケートは、欧米の個人主義的な価値観に基づく質問が多かったのです。調査方法にはそれぞれ特徴があり主観的な幸福度や人生の満足度などを測ることが多かったということです。一般に、幸せの概念は主観的な側面を持ち、その内容には地域や文化によっても違いが生じます。たとえば、西洋では,生活環境が狩猟牧畜や貿易などが中心でした。この生活から発達してきたものは、物事を分析することに習熟した認知能力でした。概念を明確に分析する方法は、物質や人物に焦点をあてることになります。一方、東アジア圏では,米作を中心とした農耕文化において個人と共同体との協力が必要になります。この協力との関連で、東アジアの文化では包括的認知傾向と呼ばれる思考様式が生まれました。アンケート調査で個人の幸福感を調べる場合、西洋と東洋の文化的違いや生活習慣など様々な分野の知見を組み合わせることが必要になります。いろいろな知見の中で注目されてきたものが、進歩を遂げてきた脳科学になります。この脳科学は、幸福に至る道の一端を示す可能性がでてきています。

 理化学研究所(理研)の佐藤弥チームが、今年発表した研究成果脳科学者などの注目を集めました。理研は、まず約50人にアンケート調査を実施しました。このアンケートに、被験者は人生を振り返り、将来への期待も踏まえて幸福の度合いを8段階で回答しました。幸せな人も幸せと感じない人も出てきました。アンケート調査の次に、被験者の脳を調べました。これは、脳の血流を調べる機能的磁気共鳴画像法(fMRI)で対象の50人を調べたわけです。そこで分かったことは、頭頂部と後頭部の間にある「楔前部(けつぜんぶ)」という部位が、幸福感の高低に関わるということでした。楔前部は自分を低く評価したり、将来の心配をしたりする時に活発に働く特徴がありました。一方、幸福感が高い人は楔前部の活動が穏やかでした。この部分の活動が穏やかな人は、心配や不幸への思考に陥りにくく、幸福高い可能性があるようです。なお、グーグルのAIによると、「楔前部は、大脳の内側後方にある脳の部位で、自己認識、記憶、感情統合、身体感覚などに関わり、特に「幸福感」を感じる際に活動が変化すると説明しています。京都大学の研究では、「幸福を感じる人ほど右脳の楔前部の体積が大きいこと、安静時の活動が低いほど幸福度が高いことが示され、幸せの神経基盤として注目されています」となります。脳科学の知見からは、この楔前部(けつぜんぶ)に幸せのヒントがあるようです。

 脳科学の知見から、うつ病の人の一部は、楔前部の働きが盛んだとされています。現在のストレスを起こしやすい環境が、「うつ」を引き起こしやすくなっています。人間の感情には、喜び、高揚、幸福感、快感、悲しみ、落胆、恐怖、不安、怒りなどがあります。これらの中で悲しみ、落胆、恐怖、不安、怒りなどの負の感情が多くなれば、「うつ」の状態になりやすくなることが分かっています。困ったことがあれば、それを解決する人たちが現れます。名城大学の衣斐大祐准教授は、効果が高いうつ病治療薬の開発をめざしています。彼は、シロシビンがうつ病の治療へ応用を目指す研究を進めています。シロシビンは、幻覚症状を起こすために国内外では所持や使用を取り締る薬物になります。彼は、シロシピンを与えると症状が改善すると突き止めたのです。うつ病を再現したマウスにシロシビンを与えることで、症状が改善すると突き止めました。キノコの一種に含まれる成分のシロシビンは、楔前部の活動を抑えました。この部分の活動が抑えられると、心配や不安が少なくなります。脳の奥深くを狙ってシロシビンを作用させれば、幻覚を起こさずに治療できる可能性が出てきています。依存性のない薬剤により、不安や心配が抑制されれば、幸福の道が開けるかもしれません。

 不安などの負の感情が多くなれば、「うつ」の状態になりやすくなります。一方、これらの負の感情を適度に発散することを行えば、より良い状態が保てます。この発散の一つに、ウオーキングなどの運動があります。もちろん、運動だけでなく、趣味などの楽しいことも発散の選択肢になります。うつ病の患者は、幸せホルモンと言われるオキシトシン、セロトニン、ドーパミンなどの神経伝達物質が減少しています。であれば、これらの神経伝達物質の分泌を促す仕組みを工夫すれば良いことになります。たとえば、オキシトシンは、愛情を感じたときに多く分泌されるホルモンです。このオキシトシンの分泌を促進するためには、受動的な刺激あるいは能動的な刺激が必要になります。母子の光景(やり取り)を見れば、よくわかる光景です。母子のやり取りには、いわゆる利他的行動があります。さらに飛躍しますが、このやり取りにはシャーマンが病気を治す場合、利他により自分もしあわせを得ている状況が生まれます。他者の病気を治すことが、シャーマンの幸せを高めることは、未開の世界では知られています。また、セロトニンが心の安定と健康の基盤を作り、オキシトシンが人とのつながりや愛情による幸福感をもたらし、ドーパミンが目標達成の喜びや意欲を高めます。これらのホルモンの分泌を促す仕組みを理解し、その工夫をすることができれば、幸せを手に入れる可能性が出てきます。

 余談ですが、幸せの要素に長寿があります。その長寿の中に、幸せのからくりがあるのかもしれません。長寿のヒントは、アメリカのアパッチ湖にありました。アパッチ湖で釣り上げたスモールマウス・バッファローフィッシュ、ビッグマウス・バッファローフィッシュ、ブラック・バッファローフィッシュの3種いずれも、100歳以上の個体が確認されました。この魚は、ほんの数年前まで、20代半ばまでしか生きられないと考えられていました。でも、アパッチ湖のバッファローフィッシュの90%以上が80歳を超えていることが判明したのです。さらに、カナダのサスカチワン州で127歳のビッグマウス・バッファローフィッシュも見つかっています。バッファローフィッシュの若さの泉は、いったい何なのでしょうか。もし、これが解明されれば、人類の福音になるかもしれません。この福音を導く不思議なヒントも少しずつ分かってきています。ある研究では、高齢のビッグマウス・バッファローは若い個体より免疫系が強いのです。この高齢の魚は、若い個体よりストレス反応や免疫機能が優れていることが分かりました。なぜ高齢のバッファローフィッシュは、若い個体よりスレスが少ないのでしょうか。高齢のビッグマウス・バッファローフィッシュの個体は、血液中の好中球とリンパ球の比率が低いのです。リンパ球の比率が低かったことは、ストレスレベルが低いことを示唆しています。高齢のビッグマウス・バッファローフィッシュは、若い個体よりうまく細菌を撃退していたのです。このような知見が蓄積されていけば、人間の高齢者が、若者にも負けない免疫力を持つ仕組みを見つけことが可能になるかもしれません。強い免疫体系と心配に対する抑止力があれば、幸せの一里塚を歩くことが可能になります。

 最後になりますが、日本のように豊かな社会になっても、ストレスや不安が過剰になれば、幸せのレベルが低下します。嫌なことですが、人間は必ず、亡くなります。その亡くなる前に、いくつかの苦しみに悩まされるとよく言われます。1つ目は、身体のつらさになります。その1例が、膝や腰の痛みなどになります。さらに、息苦しさや食欲の減退などあります。2つ目は、気持ちのつらさです。何人かの人々には、なんで生きているのだろうなどのスピリチュアルペインも出てくることもあります。人は、健康なときには死のことなどを忘れて生活しています。でも、死が迫って来ると、人生の意味への問い、生きている目的、過去の出来事に対する後悔、死後の世界などへ関心を持つことがあります。これが、苦悩を引き寄せることもあります。この苦悩を、スピリチュアルペインと言います。日本で活動しているカトリックの大司教の方が、日本人の幸福度の低いことに対して、示唆のある言葉を述べています。「教会に来る日本人は弱い人ばかりです。強い人は来ません」と言っています。一方で、宗教を信仰している人の方は死へのパニックも少ないし、容易に安心立命の境地に達するとも言うのです。強い心を持つ日本人は、終末には心が揺れることもあるようです。この揺れの中に、日本人の幸福度を低下させる要因が見出されるかもしれません。諸科学の力を結集し、この要因を明らかにし、幸福度を高める仕組みを作り出してほしいものです。

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