成功と愛には大きな相関関係があることがわかってきました。愛という言葉の意味が重すぎると言う場合、「仲間意識」とか「思いやり」と言い換えても良いのかもしれません。仲間は、称賛や激励をするだけの関係ではありません。仲間が成長し、学んでいくためには、ポジティブな批判も必要になります。このポジティブな批判には、3つの条件があります。1つは、個別に与えられることです。2つ目は、相手が成長するための批判であることです。そして3つめの批判には「愛(思いやり)」があることになります。批判をしないのは、相手が成長する機会を奪うことになることもあるのです。もっとも、相手をやっつけるための批判や腹いせのための批判は絶対に避けるべきことになります。今回は、仲間、思いやり、成功の観点から幸せを考えてみました。
ある実験で、被験者にテストを受けさせました。テストの後、被験者はふた通りの結果を報告されました。この報告は、実際の成績とは無関係なものです。Aグループには、「あなたの点数は良かった」と伝えました。Bグループには、「あなたの点数は悪かった」と伝えたのです。結果を伝えた後、被験者を部屋に残し、募金箱を置いておく状況をつくりました。すると、テストの点数が良かった伝えられた人のほうが、寄付をする傾向があったのです。自分が良い扱いを受ければ、他人を助ける傾向が出てくるようです。次に、報告した研究者が本を棚に戻すふりをして、床に落としました。今度も、良い点数だと聞かされたと人のほうが、より積極的に本を拾うのを手伝おうとしたのです。人は自分が良い扱いを受ければ、自分も周りの人を大事に扱おうとすることがわかりました。人間は他の多くの動物と同じく群れをなして生きています。その中で、快感が得られれば、集団全体が生き延びるための行動をとるようになります。人間は進化を通じて、快感を得る仕組みを作り出してきました。人は自分の面倒をみるだけではなく、集団全体が生き延びるための行動をとります。人間の進化は、協力し、他人を助けることも快感を得られることにしてしまったのです。褒められることも褒めることも、快感を呼び起こすことになるわけです。
幸せな世界を手に入れるには、仲間が大切になります。そのヒントが、幸福度を多面的に調べたアンケート結果にあります。ハーバード大学などの研究チームは、幸福度を多面的に調べたアンケート結果を公表しました。この調査は、日本を含む世界の22カ国に住む約20万人の幸福度を調べたものです。残念なことですが、日本の幸福度は22カ国で最下位になっています。今回の調査で面白い結果に、宗教との関りがありました。例えば、22カ国全体で週1回以上、教会やモスクで礼拝する人は幸福度が高い傾向があった点です。生きがいに関わる宗教の教えや行事を通じた人間関係が、幸福度を押し上げた可能性があるというわけです。人間関係の深まりが、社会的に良好にする事例は、宗教だけでなく、いろいろなグループ活動にも見られる現象です。この現象は、フレイルの事例で説明されています。フレイル(虚弱)は、心身の機能が衰えることです。このフレイルは、健康な状態と要介護状態の中間を現す用語になります。早期にフレイルを気づくことができれば、寝たきりなど深刻な事態になることが防げます。このフレイルは、3種に大別されるようです。1つが身体的機能の低下を示す「身体的フレイル」、2つは認知能力が落ちる「認知的フレイル」、3つは外出機会が減り社会から切り離される「社会的フレイル」になります。特に、社会的フレイルから、残り2つのフレイルに移行することが多いことが分かっています。宗教における礼拝は、人々の接触を多くすることで、「社会的フレイル」を防いでいることになります。さらに、「社会的フレイル」の観点から、研究が進められるようになりました。慶応大学などの研究チームは、マウスを使った幸せホルモン(オキシトシン)に関する動物実験を行いました。同じ母親から生まれた兄弟マウスを、単独飼いと4~5匹のグループ飼いに分け12週問観察したのです。すると、単独飼いのマウスは、グループ飼いと比べてオキシトシンの分泌量が少なくなりました。この実験では分かったことは、社会的な孤独が脳の視床下部から分泌される「幸せホルモン」減少させたことでした。仲間との触れ合いのあるマウスの群れは、ある意味、幸せな環境で生活できたとも言えます。
人の心を動かし、「面白い」とか心地よいとかを感じさせる2つの要素は「差異」と「共感」になります。差異と共感は、どちらか一つではなく両輪として機能することが重要です。心地よさには、自分の予想や期待を裏切られる刺激や変化を楽しむことがあります。ある意味、「差異」と「共感」を自由に操れれば、幸せな環境に浸ることができることになります。この関係は、同質性とトレードオフの関係にあります。世の中の新しいものは全て、組み合わせから生まれます。多くの同質性とトレードオフ(引き出し)の関係があればあるほど、組み合わせが増えます。引き出しが多ければ、思いもよらない新たな組み合わせを見出すことができます。反対に、似たような意見や志向を持った人たちが集まると知的生産のクオリティは低下することが分かっています。専門的な狭い領域の知識や技術にしか目が向いていない人は、創造的な仕事とは縁遠いとも言えます。日々、不便とぶつかりあって生活をしていると問題を解決しようという発想力が生まれるようです。発想力は、日々の資料集、情報の共鳴、組み合わせ、アイデアの発見、アイデアの検証などを通じて高みに上ることができます。面白いとか快感も、このような日々の積み重ねによって、高みに上っていくようです。
思いやりとは、他人を思いやる人人ということになります。国の政策の「偽りの思いやり」には、ときに恐ろしい結末を招きかねないものもあります。一つの事例が、ミュンヘン協定にあります。戦争を回避するために、チェコスロバキアのズデーテン地方をドイツへ割譲することを認めた1938年イギリスの首相ネビル・チェンシバレンは、ミュンヘン協定を結びました。チェンバレンは、よい行いと信じて、平和維持のためにヒットラーと協定を結んだわけでした。自国民を戦争や占領の危険から守るというのは、一見立派な思いやりでした。でもこの思いやりは、ヒットラーが野心を増長するだけだったのです。蛇足ですが、ヒットラーの野心を助けた国が、スウェーデンになります。第二次大戦が長期化し、多くの命が失われた責任のー端は、スウェーデンにもあると言われています。この大戦中のスウェーデンでは、外交の最優先事項が戦争に巻き込まれること回避でした。スウェーデンでは、外交の最優先事項以外の他の優先事項の多くは二の次とされました。スウェーデンは武器や軍装備品の原料となる鉄鉱石をドイツに輸出し続けました。輸出されたこれらの原料は、ドイツへの戦争産業の維持に役割を果たしました。関与しない姿勢が、第二次世界大戦を長引かせ、多くの犠牲者を出した原因の一端だったとも言えます。
余談ですが、小さなことが大きな効果を起こすことがあります。アメリカのニューヨーク市では、1990年代に犯罪率が劇的に低下する現象が生まれました。特に殺人事件は、3分の1まで減少し、暴力事件も半分に減りました。暴力事件の減少の影響を受けて、麻薬関連の事件や初犯者の割合も減少したのです。さらに良い結果は、働く人が増え、失業率も低下したのです。なぜ、ニューヨーク市民の行動がこれほど劇的に改善したのでしょうか。 それは、当時の市長が、特別な戦略をとったからでした。その戦略は、大きな犯罪に焦点を当てるのではなく、地下鉄の無賃乗車など小さな犯罪に重点を置くものでした。大きな犯罪に焦点を当てるのではなく、ちょっとした不法投棄や落書きに重点をおいた対策でした。市長は、「どんな小さな犯罪も許さない」というメッセージを市民に送ったわけです。今まで安易に犯罪に走ってきた人たちは、犯罪は得にならないと悟ると、その考えが伝染病のように広がったのです。犯罪は得にならないと悟った結果、法や秩序を守る人が劇的に増えたというわけです。小さなことを積み重ねることが、大きな成果を生み出すと言う事例になります。
最後になりますが、やさしさとは、他人に対して良い行いをする人ということになります。やさしさとは、長い目で見れば相手に最善の利益をもたらすと思われる行いをすることでもあります。やさしさこそが、この世界をより住みやすい場所に変えるために最も重要な要素になります。注意したいことは、やさしさと混同されがちな点を理解することです。「他人のいいなりになること」は、やさしさではありません。「知性の欠如」や「弱さ」を伴う思いやりは、やさしさではありません。この2点を、はっきり区別することです。たとえば、子育ては、将来のことを考えて、短期的には嫌われるような行いをすることも基本になります。行動を起こさず、立場を明確にしないことをやさしさだと考えるのも間違っています。自分がもたらす行動の結果を的確に判断できないことも、やさしさではありません。私たちは、さまざまなプレッシャーにさらされて生きています。プレッシャーには、仕事や勉強、家族や友人とのつきあい、余暇や自分磨くなどの行為があります。これらの中で、うまく優先順位をつける能力を養うことが必要です。個人の幸福と存続は、集団の幸福と存続に支えられています私たちは、そんな個人と集団の在り方を求めていきたいものです。