今年も、暑い夏を迎えそうです。気象庁の季節予報によると、2025年の夏(6月~8月)の気温は例年に比べて全国的に高い予想です。暑いと言えば、熱中症が話題になります。昨年は、7月から9月までの3か月間で、約10万人の方が熱中症になっています。今年は、これを上回るとの予想も出ています。もっとも、皆さんが熱中症に備えていれば、この予想を覆すことができます。まず、熱中症にかからない仕組みを考えてみました。汗の成分はほとんど水であり、この水が蒸発して身体を冷やすことになります。体温が上がるとやがて汗がでて、体温は下がるというわけです。この汗をだすのが、汗腺です。20歳までの平均汗腺数を100%だとすると、20~40歳で60%、40~60歳で45%になります。熱中症の多い60~80歳台になると30%になり、80歳以上では15%程度になってしまうのです。70歳を超えると汗の出る量が低下し、暑熱順化が期待できない身体になってしまいます。暑さに体を徐々に慣らしていく取り組みは「暑熱順化(しょねつじゅんか)」と呼ばれています。なるべく早く暑熱順化に着手して、夏の暑さに備えるために、熱中症にかからない体にすることが望ましいわけです。
この暑熱順化に熱心に取り組んでいる職業人には、消防士が挙げられます。熱中症を予防する「暑熱順化」のトレーニングが、各地の消防署で広がっています。消防局は、約5年前からい各署に暑熱順化トレーニングをするよう指示を出しているのです。真夏の火災現場では、毎年、熱中症になる消防士の方がいます。火災現場は、スピードが勝負になります。消火活動中は、水分補給する余裕がなくなります。消防士の暑熱順化を今から高めておくことが求められるのです。その高める訓練の事例が、前橋市消防局の西消防署にありました。まず、西消防署の20~50代の男性消防士が、はしご車から放水する訓練をします。この時の防火服は熱を通しにくい構造で、空気ボンベなども含めると装備は重さ約20kgにもなります。放水する訓練に続き、重さ約5キロの防火服を着たまま、およそ20分間ランニングします。かなりハードな運動後は、保冷剤を握って腕を水に浸し、手のひらを冷して体温を下げて、暑熱順化の訓練を終えるようです。一般の方は、これよりも負荷の低いレベルでも、一定の効果があります。たとえば、3分の早歩きが、暑熱順化の手軽な運動メニューになります。3分の早歩きを1日5回、週4回以上、4週間続けると一定の効果が生まれます。通勤通学や散歩において、これを繰り返せば良いわけです。一方、高齢者の方は、若者よりも暑熱順化に時間がかかります。高齢者方は、早めの時期からこれらの運動処方に着手してじっくり取り組むと良いようです。
自分を鍛えることも、一つの対策ですが、衣服の面からも涼しさを求めることができます。備蓄米の放出のテレビを見ていると、おにぎりを食べる自民党の幹部の方は、クービズになっていました。2005年に環境省が「クービズ」を提唱してから6月で20年を迎えます。この「クールビズ」は、「クール」と「ビジネス」」の合成語になります。クールビズの導入は、夏場でのネクタイの着用などが窮屈だと感じていたビジネスマンの共感を呼びました。ネクタイのスタイルから、ノージャケット、ノーネクタイのカジュアル化が進みました。クールビズ開始以降、男性の夏のオフィス着はジャケットにシャツと進化してきました。涼しさを求める人々は、世界各地に存在し、そこには民族の知恵がありました。「汗をかいたな」と感じた時には、相当の汗をかいているのです。蒸発して目に見えない汗を、有効発汗といいます。この汗が、体温を冷やす働きをしています。この働きを効果的にするためには、着衣の空間に空気の出入口を作ると良いのです。ハワイの民族衣装であるムームーは、空気の出入り口が設けてあります。この民族衣装には、ウエストを開放し、足下から首に抜ける空気の通路ができています。この空気の通路は、皮膚と衣服との間の気流を増やし、汗の発散面積を拡げ、冷却作用を効果的に行う仕組みの基礎になるものなのです。ハワイのムームーだけでなく、インドのサリー、そしてアラブの男性が着こなすトーブは、足の下から首にかけて気流を作り、熱の発散を効果的に行う仕掛けが組み込まれています。発散量を増やすには、風速が大きいほど、発散面積が大きいほど良い汗が出てくるのです。良い汗が出れば、熱中症に対する耐性が高まることになります。これらの民族衣装は、民族の知恵の結晶ともいえるものです。
民俗の知恵だけでなく、科学の力も涼しさを人々に与えるようになりました。ネクタイから、カジュアル化へと進みました。この流れに、追い打ちをかけたのが新型コロナウイルス禍になります。在宅勤務が普及したことで、日常で着る服とオフィスでの服装の境目はさらになくなりました。ファーストリテイリング傘下のプラステが、20~59歳の男女500人を対象に今年3月に服装に関する調査を実施しました。そこには、マナーを守りつつ快適に過ごせる機能性を求める人が増えていることが読み取れました。多かったのは、着心地のよさと、フォーマルな見た目の両立を求める声でした。日常の仕事は着心地を優先し、大事な商談などのときにはきちんとした印象を持たせ人が多いという結果でした。衣料業界は、このニーズに合う製品を投入してきました。夏物のインナーではこれまでポロシャツが人気でしたが、近年はTシャツに逆転しています。クールビズが始まり20年がたち、青山商事のTシャツ売上高は8倍にも増えています。Tシャツの売り上げが、2024年に2019年に比べて比倍になっているのです。青山商事に限らず、アパレル各社は機能性を高めた快適な商品を提案するなど暑い夏を商機に変えてきたのです。今年、青山商事が打ち出すのは、ビジネス用T シャツ「冷たいオフィT」になります。生地の表面につやのある質感が特徴で、触ると冷たく感じる素材を採用しています。問題もあります。T シャツの売り上げを伸ばしも、利益率は上がらないのです。もちろん、利益を上げる手立ても考えています。青山商事は、ジャケットなどの重衣料の販売が減り利益率は下がっていると話しています。代わりに単価の高いオーダーツに力を入れるという両面作戦をとるようです。
温暖化が、想定以上に進んでいるようです。熱中症対策が義務化となり、猛暑対策は快適さを求める段階から、安全の確保へ進む流れが生じてきました。特に、屋外での作業がある企業において、対策で先行しています。大成建設は個々の工事現場で気温や湿度などを基に算出した「暑さ指数(WBGT)」を重視しています。WBGTは、気温と湿度、放射熱、通風の4要素を反映した指数になります。大成建設は、「暑さ指数」から熱中症リスクを判断休憩時間や頻度を増やすなどの対策を取っています。対策は、水分や塩分を補給しやすい体制を整えています。さらに高度な対策には、非常時の対策もあるようです。生コンクリートの打ち込みでは、作業を止めることができません。このような現場では、常に体を冷やせる仕組みを取り入れています。過酷な現場では、新たに氷水を循環させる作業服を導入しているのです。さらに、万が一作業員が体調不良に見舞われた場合は、スムーズに緊急搬送できるよう体制も整えているようです。建設業だけでなく、航空業界でも工夫が見られます。ANAは、作業服を手掛けるミドリ安全と開発したファン付きベストの運用対象を広げています。ライバルの日本航空は、地上業務を担うグランドハンドリングの作業に従事するスタッフらを対象に、電気を流すと温度が変わる半導体の一種「ペルチェ素子」を搭載したべストを提供しています。暑さ対策には、各企業は従業員が働きやすい環境の提供に知恵を絞っているようです。
余談ですが、サウナのような体育館という同じ条件下でも、倒れる子どもと倒れない子どもがいました。倒れた子どもと倒れなかった子どもの違いには、生活習慣の良し悪しがありました。よく寝て食事を規則的に食べている子どもは、倒れなかったと推測できます。生活が不規則な子どもは、倒れる割合が高くなるようです。学校は、子どもの命を守るところでもありますが、一方で逞しい命を育てる場所でもあります。子ども達も、いずれ暑さや寒さにある程度耐えなければならない能力が求められることになります。耐性の一番低い子どもに集団全体を合わせれば、集団としての能力は低下します。強い子に合わせれば、弱い子は熱中症などになります。一般的には、集団の中間に合わせながら、その中間のレベルを少しずつ上げていくことになります。その目安は、小学校であれば、食事と睡眠でしょう。遅刻が常習化しているクラスでは、家庭での睡眠が十分でないことが推測されます。給食で残り物が多いクラスは、耐性のレベルが低いと判断されます。これらの指標を少しずつでも、高めて行くことが求められます。食事、睡眠、適度な運動を積み上げることにより、健全な身体が形成されます。このような子ども達は、体育館で倒れることが少なくなります。
最後になりますが、熱中症の予防や対策は、水分補給に偏りがちですが、それだけでは不十分です。汗をかくと水分だけでなく、ナトリウムやカリウムなどの電解質が排出されてしまいます。これらが不足すると、筋肉や神経の正常な機能が失われます。これらは、食事で補う必要があります。ナリウムは食塩や味噌、カリウムは野菜サラダや野菜入りスープなどで摂取できます。もちろん、たんぱく質や炭水化物、ビタミンB1などの栄養補給も大切になります。糖質をエネルギーに変えやすくするビタミンB1などの栄養補給は、夏バテと言われる状況を改善するものになります。たんぱく質やアミノ酸を運動の後に取ると、循環血液量が増加し、発汗能力も高まります。適度な運動、適切な食事、十分な睡眠をバランスよくとることが、熱中症の対策の一つです、そして、民族の知恵や科学の力も適度に適切に使い分ける知識も持ちたいものです。