娯楽産業が利益を上げる仕組み  アイデア広場 その1603

 お米が値上がりして、困ったこともありました。でも、いつでも手に入るものが、入らなくなった時の対処法が世代によって違いがあることが分かりました。団塊の世代は、アメリカの家畜に脱脂粉乳を給食で食べて育ちました。食べられれば、幸せという世代です。現代は、衣食住への欲求、さらに娯楽への欲求も以前より、レベルの高いものを求めるようになりました。コメの美味しさに慣れた世代は、古古米の匂いや味に敏感になっている方もいるようでした。世代によって値上がりに対する対処方法の違いは、娯楽の分野にも及び始めています。今回は、遊園地の値上げに対する世代の対処方法から、企業が利益を上げる仕組みを考えてみました。

 東京ディズニーリゾート(ディズニー)の入園料は新型コロナウイルス禍前の2019年3月期に7400円(大人)でした。その入場料を、2021年3月からディズニーで繁閑に応じて価格が変動する料金体系に変えています。現在の入園料は、2025年3月期に7900~1万900円(おとな)に上昇しています。また、グッズ販売や飲食を含めた来園者1人あたりの売り上げは1万1815円から1万7833円へと約5割も高くなったのです。ディズニーの説明では、大型投資や物価高を受けて園料を値上げしたということになります。入場料を値上げして、利益を確保したことは企業として良かったことでした。でも、ディズニー顧客満足度指数は79.6で、2014年度に比べ3.1ポイト下がったのです。値上げしたほど付加価値が高まらなければ、入場者の満足度は下がります。満足度が下がれば、リピート客などコアなファン離れにつながりかねません。現実に、入園料を値上げしたものの、それに見合う付加価値を生んでいないとの指摘もあります。この指摘は、顧客満足度指数の低下からもうかがえます。ディズニーを運営するオリエンタルランドが、値上げと満足度両立のジレンマに陥っているようです。

 入園料の値上げは、短期的には業績回復に寄与しました。人件費は変動的な要素が強い売上原価計上分と固定的な諸経費をあわせ18%増となっていました。これが負担となり、値上げをしていたわけです。とりわけ減価償却費は2025年3月期に619億円となり、2019年3月期と比較して75%増えていました。ディズニーの入園料の値上げは、諸費用の増加を反映したやむを得ないものだったとも言えます。でも、将来に不安を残すものにもなっています。2025年3月期の来園者数は2755万人で、2019年3月期に比べて15%も減っているのです。15%の減少にも関わらず、客単価上昇の効果は大きく連結売上高は前期と比べても10%増の6793億円になっています。純利益は、3%増の1241億円となり、いずれもコロナ前を超えて過去最高になっています。2025年3月期の単独の営業費用は、新型コロナウイルス禍前の2019年3月期比で26%増えています。この流れを中長期的にみれば、単価引き上げに頼った利益成長は限界が見えていることになります。現在ディズニーは、単価引き上げに頼った成長は曲がり角にさしかかっているとも言えます。

 もう一つの心配があります。2015年3月期と2025年3月期の東京ディズニーの年代別の来園者比率を比べた分析があります。年代別の来園者比率では、40歳以上の割合が13.5ポイント増え、全体の3分の1を占めています。一方、18歳未満の割合は5.2ポイント低下し、24.9%となっているのです。将来の有望なリピータが、減少しているのです。この現象は、世代間の所得に関係しているようです。コロナ禍以降の東京ディズニーの1人あたり売り上高の上昇率は、国民の給与を上回っています。ディズニーの1人あたり売上高の上昇率は、平均的な現金給与総額の伸びを上回るペースになっています。平均的な現金給与総額は、毎月勤労統計調査から導き出されます。可処分所得の少ない若年層がディズニーから離れ、中高年層の入場者増えている状況が生まれています。一般に、来園者の経済的負担が増すほどディズニーへの期待値も高くなります。この期待値も高くなると、従来並みの「楽しさ」では満足感を得にくくなります。値上げに見合う満足感を、入園者は求めるわけです。若者は、少ない所得の中でも最大限の支出をしています。最大限の支出に見合う満足を、若者ほど求めます。その若者満足の消化不良が、若者の減少となっているわけです。このジレンマを抱えながら、さらなる値上げは長期的な顧客基盤を弱めることに繋がります。

 ディズニーと似たようなジレンマは、スポーツ産業も波及しつつあります。スポーツの享受という視点からは、見るスポーツにも格差が広がっています。2024年は、プロ野球やJリーグの入場者数が史上最多を記録しました。入場者数が史上最多を記録したこの影で、10代のスポーツ離れが加速していたのです。以前は、子どもの小遣い程度でも足りたスポーツ観戦が、近年は高額化が進み躊躇する事態も生んでいます。2023年にスポーツを生観戦した12~.19歳の割合は、30.5%と2011年から10ポイント以上も減少しているのです。競技を問わず、2024年にスポーツを生観戦した人の1回のチケット代は4527円になります。このチケット代4527円は、10年前から44%も上昇しているのです。2024年に実施した18歳以上の調査では、生観戦率が26.2%で2012年から5.5ポイント減少しています。スポーツの有料化が進み、大人も子どもにも、観戦から遠のいたという声も聞こえてくるようになりました。かつては、地上波で見られたプロ野球やサッカー日本代表戦も多くが有料になることもあります。また、スポーツ動画配信のDAZN(ダゾーン)は2024年、基本プランの料金を月4200円になりました。この4200円は、3年間で2倍以上の値上がりになったのです。

 ディズニーに就任した社長は、「単なる値上げは考えていない」と述べ、価格見直しを示唆しました。この価格見直しの発言が伝わると、OLCの株価は一時、前日終値比8%高に急伸しました。株式市場も、値上げを軸にした利益成長には限界があるとみていることの表れと言われています。値上げと顧客満足のジレンマを脱せるかは、新社長のバランス感覚にかかっています。労働集約型のビジネスでは、省力化は大きなテーマになります。ディズニーの次の一手は、ロボットの活用になるようです。ショーや飲食調理にロボットを活用すれば、人件費を圧縮できます。2023年に調理用ロボット企業に、子会社のオリエンタルランドイノベーションズが出資しています。2025年4月には、園内をよちよちと歩くスター・ウォーズの二足歩行ロボットがお目見えしています。園内をよちよちと歩くスター・ウォーズの二足歩行ロボット「BDXドロイド」が、お目見えロボットが普及すれば人手をかけず来園者を楽しませる新たな手段になる可能性を秘めることになります。

 蛇足ですが、娯楽施設へロボット導入は、ハウステンボスが先行していました。 2017年8月現在、ハウステンボスでは27種類233体ものロボットが働いていました。「ゴミを回収してください」と指示が飛んできて、ゴミ回収ロボットが回収に向かう光景があります。ゴミ箱にセンサーがついていれば、人間が確認する必要がありません。センサーからゴミ回収の指示が飛んできて、ロボットが出動する間、人間はまったく関わる必要がないのです。また、ハウテンボスのホテル内には、ロボットバーがオープンしました。ロボットによる飲酒のサービスは、人件費がかからない仕組みです。このバーは人件費がかからないから、かなり安い値段設定にしても利益が出るというわけです。ロボットの導入は、合理化や効率を重視した企業戦略に基づくものが主流です。

 最後になりますが、この合理的手法の対極にある弱いロボットが、徐々に人気を持ち始める可能性を示しています。この新しいロボットは、アイ・ボーンズといいなんの変哲もない形をしており、その特徴は弱さになります。これは、ガイコツをかわいらしくしたような動きが実にぎこちないロボットです。ティッシュ配りの仕事用に、通行人におずおずと差し出すロボットを作りました。アイ・ボーンズにティッシュ配りをさせると,実に効率が悪く,ティッシュが渡せません。動作実験をすると、人々は自ら近寄ってきてティッシュを受け取ってくれるのです。人々は、このおどおどしたぎこちなさに,逆に吸い寄せられていくというわけです。近年のロボットの進化を見ている人々は、弱いロボットにいたわりの気持ちを持つようです。弱いロボットを相手にすれば、他者への関心やいたわりの気持ちを持つ一群の人々がいることが分かりました。この種のロボットが、関心のある人々に買い取られる現象も現れています。効率と非効率の両面を備えたロボットも、娯楽産業には存在価値があるようです。二足歩行ロボット「BDXドロイド」を見ていると、アイ・ボーンズと似たような動作と愛嬌を感じました。人の心を和ませる動作は、得難いものがあります。いずれは、AIとチャット機能を備えたロボットの登場ということになるのかもしれません。

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