子どもが主体となる教育の実現には余裕が大切です アイデア広場 その1526

 知識の詰め込みの授業から、子どもが主体となる学びの方向が世界的潮流になっています。子どもの自立性を育てる教師には、チョーク&トークの授業とは異なる次元の資質が必要になります。子どもの自立的学習を育てる教師には、学習者、表現者、援助者としての資質が求められます。自主的に学ぶことの喜びと楽しさを自らが経験し、それを子どもにも伝えられる「学習者」としての教師、身体表現をも含むさまざまな表現技法を身につけ、子どもを指導できる「表現者」としての教師、子どもの自主的学びを有形無形に励ます「援助者」としての教師としての資質が求められます。自立的学習者は、知識と豊かな学びの経験をもち、学びの作法を身につけた人です。このような教師を多数輩出する仕組みをつくることが求められます。このような先生を大所高所から、指導する委員会が各自治体の教育委員会になります。元アナウンサーの久保田智子さんは、今年4月、兵庫県姫路市の教育委員会の教育長に就任しました。彼女は、ある小学校で支援員や外国語指導助手(ALT)の役割をしながら1日過ごしたそうです。そこで感じたことの一つは、授業についていくペースが子どもにより全く違うことでした。授業が分からない子もいれば、ずっと先まで終わっている子もいたのです。授業が分かる子どもにも、分からない子どもにも、一律の授業はつまらないものでした。学びのあり方をもっと子どもに委ね、主体性を発揮できるようにしたいと考えたそうです。

 久保田さんが、「米国の友人に教育長就任の依頼を受けた」と話したら、友人から「でも博士号持ってないでしょう」と言われたそうです。米国において、上に立つ人たちは勘やコツに加えて、高い学識が求められることも多いようです。彼女は、米国のコロンビア大学の大学院を修了しています。彼女の学んだ大学院には、高齢者もいれば学部から直接来た学生もいて議論が活発行われており、話題も豊富でした。コロンビア大学の環境は、大学院も含めて学びたくなった時に、柔軟に学びに戻れるような仕組みがあったようです。これからの社会は、リスキングとして「考える学習」を大幅に取り入れることになります。今の世の中は、知っていることよりも調べる能力が大事になっています。子ども達を含めて大人たちも、多様な調べ方や学び方を身に付けることが評価の視点になるわけです。そして、多くのことを体験しておくことが求められます。体験の中に、なるべく性質の異なる解決方法や体験を蓄積してあることが望ましいことになります。さらに、課題を解決させることを優先させるなら、問題をひとりで抱え込まないことも大切です。課題を解決させることを最優先させるなら、周りの人の助けを借りることも必要になります。同質集団の助けだけでなく、いわゆる異質集団の助けも重要な要素になります。それは、異なる人材とのコミュニケーション能力が重要になるということでもあります。均一の才能ではなく、多様な才能を持つことで、創意工夫の幅や深さが向上していきます。教育長としての彼女は、教育のマインドセットを変える作業に着手し始めたようです。

 マインドセットを変える作業の土台として、働き方改革を進めることが一つになるようです。日本の場合、通常は10時間かかる仕事を7時間で同じ成果を上げても評価を得られにくい土壌があります。職場で上司や同僚とどれくらい同じ時間一緒にいたかが評価の基準になることが多いのです。働き方の評価法が古いままにして、そこに新しいシステムを入れようとする場合、マインドセットの変換が求められます。教育の世界では、フィンランドの教育が注目を集めていました。フィンランドでは、残業やクラブ活動はありません。教師の勤務時間は、午前8時から午後4時までです。フィンランドでは、義務教育期間中に、英語やロシア語、スウェーデン語などの2カ国語の習得が義務付けられています。生徒に要求される語学力のレベルは、自国の文化を外国人にプレゼンラーションできる能力になります。この国では、アメリカの映画を吹き替えなしで、英語のまま放映します。それを理解できる能力を、多くの国民が持っているわけです。夏休み期間中、子どもが休みの間、教師が学校に行くことはありません。このわずかな勤務時間で、フィンランドは世界最高レベルの教育を行うようになってきたのです。日本の教育界は、残業の多さで世界的に有名です。この残業のマインドを、変える必要があります。このマインドを、個人、職場、国レベルで変えることが求められているわけです。

 マインドを変える視点の一つに、年次有給休暇があります。年次有給休暇は、労働基準法に基づく制度になります。これを取得しても、賃金が減額されません。例えば、勤続年数が6年半以上の労働者は、年間20日の年次有給休暇が付与されます。厚労省によると、2022年に企業が労働者1人に与えた年次有給休暇日数は平均17.6日でした。この平均17.6日に対し、働く方の取得日数は10.9日でした。休みを取る人が増えているのですが、取得率は62.1%と年次有給休暇を満額休んでいないのです。この年次有給休暇は、原則1日や半日の単位で取得することになります。ある面で、使い勝手がよくありません。もっとも、労使協定を結べば年5日以内に限って時間単位で取ることが可能です。これが、「時間単位年休」の仕組みになります。この5日分を使い切ると、数時間休みたい場合にも、1日や半日の単位で取らざるを得ないという不便な面もあります。政府は、労働者の年次有給休暇のうち、時間単位で取得できる日数の上限を緩和する方針を固めているようです。労働者が通院や育児、介護など多様な目的に柔軟に対応しやすくするためです。働き改革においては、国レベルの対策が少し進んできたようです。

 働き改革では、健康面に配慮した制度も取り入れられ始めています。それは、「勤務間インターバル制度」になります。日々仕事から離れている時間を確保する「勤務間インターバル制度」の導入が、議論されるようになりました。心理的にも仕事の拘束から離れた方が、疲労の回復やストレスの解消には効果があるという根拠からになります。たとえば、午後10時に終業して翌日定時の9時に出社すれば11時間のインターバルは確保できます。調査結果をみると11時間のインターバルで確保できる睡眠時間はおおむね5~6時間になります。短い睡眠時間ですが、仕事から離れた時には仕事のことを考えなくて良いことの保証が重要になります。先行する欧州では、「連続11時間」のインターバル確保が企業に義務づけられています。このインターバルが、2019年度からは企業の努力義務となっています。現実は厳しく、欧州がほぼ100%であるの対して、日本は6%という現状です。勤務時間インターバルについて、厚生労働省の2023年調査によれば、導入済みの企業は6%に過ぎないとのことです。

 余談ですが、日本人の平均睡眠時間は、短時間で知られています。経済協力開発機構(OECD) の加盟国中33カ国の平均より約1時間短く、最下位に甘んじています。7~8時間の質の高い睡眠は、創造性や判断力を高め記憶の定着を促すといいます。日本の睡眠不足が、一人当たりのGDPを下げているという報告もあります。フルタイム雇用者には、睡眠不足から生じる生産性の低下がみられるのです。質の高い睡眠を取る方法を、専門家に聞いた方がいます。その答えは、メラトニンのレベルを上げることでした。メラトニンは、質の高い睡眠につながるの「睡眠ホルモン」と呼ばれています。専門家によると、メラトニンのレベルを上げるには、寝る数時間前から明かりを暗くすることになります。暗くすることにより、脳内の松果体という部分でメラトニンが分泌され、眠気を感じさせる効果がでてきます。メラトニンのレベルを上げるには、明るい昼と暗い夜のコントラストをつけることが大切になるようです。このメラトニンには、遮光カーテンやアイマスクを使うなどして布団に入ったら完全に暗くすることが効果的だということです。もっとも、このような小手先の技よりも、7~8時間の睡眠の保証がより重要になるようです。

 最後になりますが、日本の教育現場では、深刻な教員不足が続き、不登校やいじめも増え続けています。教員も子どもも疲れている現状があります。久保田教育長は、この現状を変えようとしています。変える視点が、斬新です。1日6時間の授業は、子どもも疲れます。この時間改革に、着手するようです。小学校に40分授業、中学校に45分授業の導入を検討しています。それぞれ1コマが5分短くなるので、生じた余白を教員の研修や先生方の交流に充てられます。山形の挙育委員会では、時間に余裕ができたことで、精神的な症状でやめる先生がほぼゼロになったという報告もあります。余裕を生み出し、教員のスキルを高めることも必要になっています。フィンランドの教育は、その余裕が高い成果を生み出しているようです。蛇足になりますが、工作機械にはゆとりが必要になります。高性能の工作機械を100%稼働されば、無駄なく製品が作れます。でも、その制作機が1台しか無い場合、それが故障すれば生産量がゼロになります。稼働率を少し下げ、時々点検をし、メンテナンスした方が長い目でみて生産性は高くなります。また、企業は決った商品だけを生産しているわけではありません。企業は将来に向けて新しい商品開発をし、その試作品も作ってみることも大切な企業戦略になります。試作品を作る時に、製品加工だけで稼働率100%ならば、試作品を作ることができません。ある局面では、制作機に稼働のゆとりがない状態で運用していると、デメリットの方が大きくなるケースがでてきます。日本の先生方に必要なことは、このゆとりの確保ようです。ゆとりの中で、現在の問題点の把握とその解決、将来における課題とその対処方法などの処方箋を作り出していくことも必要のようです。

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