一つの喜ばしいことに、株価の値上がりがあります。一般的に投資家からの企業への信頼感が高まると、その企業の株価は上がりやすくなります。その意味で、企業は株主や消費者などの意識の変化を敏感にくみ取り、応えていくことが求められます。そのような中で、米国やEUなどでは近年、動物福祉の株主提案が増えているようです。2024年に米国の動物福祉関連の株主提案数は、少なくとも30件にのぼっています。提案の中身は、動物実験の透明性になるようです。外部への透明性を高め、過度な動物実験を抑制する狙いがおもなものです。この提案に呼応するように、独バイエルやスイスのノバルテイス、デンマークのノボノルディスクなどの海外企業などは、実験動物の購入頭数を開示するようになりました。また、家畜の肉を大量に使うマクドナルドは、動物福祉の取り組みを開示しています。動物福祉が、企業価値に結びつく可能性も現実味を帯びてきています。
動物福祉に関する流れは、2000年頃から顕著になってきました。米国では2000年代以降、鶏や豚など家畜を狭い檻に入れることを禁止する法律を制定する州が相次ぎました。この流れを受けて、国際原則として「5つの自由が提唱されるようになりました。これは、飢えや渇きからの自由、恐怖や苦悩からの自由、不快からの自由、苦痛からの自由、通常の行動をとる自由とされています。この「5つの自由」は、ペットや家畜、実験動物など幅広く対象となります。この流れは、初期において企業側にそれほど受け入れられませんでした。でも、10年前に気候変動問題に対する企業の責任が議論され始めるようになった頃と似た状況になってきました。気候変動に関する株主提案の動きも海外で先行して、その機運が高まり、その後日本でも定着した経緯があります。今後、日本でもESG投資の流れの中で、企業も動物福祉の対応を迫られる可能性が出てきています。動物福祉を巡る日本の状況について, 10年前と似ているというわけです。アメリカの流行が、10年遅れて日本にやってくると言われたことがあります。そんな杞憂が出てきたともいえます。
動物福祉の国際基準の先行モデルは、ドイツなどのEUの酪農家で実践されているものです。ドイツの場合、一般的農家では4万5千羽のニワトリを9つ飼育舎に分けて、これらの鶏舎で飼育し、市場に供給するケースがあります。餌は、飼料タンクから自動の搬送コンベアに載って鶏舎に行き渡る方式を取っています。そのエサを、ニワトリたちは5つの自由を謳歌しながら食べています。飼育では、飼料の成分配合やワタチンとビタミンを添加した給水用の水をコントロールしています。鶏舎内には、至るところに数十の小さなプラットフォーム(止まり木)があります。この止まり木が、動物福祉では重要視されているようです。好奇心旺盛なニワトリたちは、しょっちゅうプラットフォームに飛び乗って遊ぶのです。鶏を遊ばせることも大切ですが、人間には他の狙いがあります。プラットフォームに組み込まれた秤が、ニワトリの重さを測定し、5000羽の平均重量を算出するのです。体重を把握し、餌や照明のコントロールをしていくことになります。鶏はおよそ25日で性成熟し、それから交尾行動や縄張りの行動が始まります。30日後には十分な重量に育ち、ローストチキンになるべくして、食肉処理施設へ運ばれる流れです。成長する過程や成熟する過程において、5つの自由が享受される流れがあります。
日本には、少し残念な流れがありました。その一つに、吉川元農相の汚職事件がありました。東京地方裁判所の公判で、鶏卵生産大手の元代表が起訴内容を認めたと報道されました。検察側は、元代表が吉川元農相に繰り返し業界の要望を伝え、現金を提供していたと指摘していたのです。検察側の冒頭陳述などによると、この元代表は本社がある広島県選出の河井克行元法相の紹介で、2013年に吉川元農相と知り合ったことになっています。元代表は吉川元農相と面会を重ね、徐々に関係を深めていったようです。彼は、2018年11月21日、東京都内のホテルで開かれた吉川元農相の大臣就任パーティーで、トイレに立った元農相を追い掛け「これはお祝いです」と上着のポケットに現金200万円をねじこんだというのです。このねじ込んだことを、認めたというわけです。業界と政界の関係の一端を知ることになりました。当時、動物飼育の国際機関では「アニマルウェルフェア(動物福祉)」の理念に基づいて、「巣箱」や「止まり木」の設置を義務付ける国際基準案が検討されていたのです。これが導入されると、「ケージ飼い」が主流の日本国内の養鶏は、多額の設備投資が必要になる可能性がありました。業界団体の幹部だった彼は、パーティーの10日ほど前に吉川元農相を大臣室に訪ね、基準案に反対する趣旨の要望書を出しています。そして、現金をねじ込む行為にまで発展したわけです。米国などでは、禁止されている檻で飼育する方式を、日本の鶏卵業界は嫌ったということになるようです。動物福祉の観点からみると、日本と世界の差が広がっているようにも見ます。
もっとも、世界との差を埋める外圧の動きも起き始めています。動物福祉を企業に求める株主提案が、日本でも出始めています。ナナホシマネジメントは、わかもと製薬に実験動物の動物別購入頭数を開示するよう定款変更を求めました。わかもと製薬に提案した株主は、英国に拠点を置く投資会社ナナホシマネジメントになります。この提案に対して、わかもと製薬は反論しています。医薬品の安全性確保などのため、製薬会社は一定の動物実験が必要になります。わかもと製薬は、動物実験に関する厚生労働省の指針に沿った管理体制を設けていることを説明しました。動物別購入頭数の開示は、「取締役会による柔軟かつ機動的な判断を制約する可能性がある」という反論をしました。実は、日本企業でも、株主が企業に動物福祉関連の改善要求をすることは過去にもあったのです。2020年には、PETAが味の素に、不要な動物実験の中止を求める株主提案を計画していました。このPETAは、国際動物愛護団体で、動物の倫理的扱いを求める人々の組織になります。味の素は、総会前に「動物実験最小化にむけての考え方」を公表したのです。この事前の公表によるものか、PETAによる不要な動物実験の中止を求める株主提案は、最終的には提出されなかったということです。
余談になりますが、旅行好きなシンガポーリアンの間で、愛犬を連れて海旅行する人が増えていいます。へレン・チャンさんは、ココの飼い主で、人材開発企業に勤めています。彼は、初の犬連れ海外は2022年、SNS,で情報収集し「ペットに優しい」とされるスイスを選びました。人間と同じようにペットが、旅行するにはいろいろ制約があります。ペットを客室に同乗できる航空会社は限られ、犬種体重で制限もあります。ケージで長時間過ごすことは、犬や猫のペットには苦手で不向きなことになります。でも、スイスでは、キャリーケースなどに入れずにペット同伴でレストランに入れることができました。このことに感動し、3週間のドライブ旅行で春を楽しむココの姿を、飼い主がインスダグラムでたっぷり発信したそうです。ココの欧州行き費用は、12万円でした。ペットの旅を支援するビズネスも、いろいろ現われています。ペット市場が拡大すれば、動物福祉の「5つの自由」を受け入れる裾野が広がることになります。
最後になりますが、命を奪うことと、命を奪った動物を大切にすることは、矛盾しないことを世界の民族史は示しています。その一つが、アイヌのイヨマンテです。熊送りは、イヨマンテ(霊送り)といわれています。現在は、動物愛護の観点から、行われなくなった儀式です。アイヌの人々は、自然界にさまざまな神(カムイ)がいること知っていました。熊に変身した神は、お土産(熊自身の毛皮、肉、内臓など)を持って村にやってきます。アイヌの村人は遊びに来た熊に、酒や餅を持たせて神の国にお送り(死者として)をする儀式がイヨマンテでした。イヨマンテは、お土産を再度持って来て下さいという意味を持っていたのです。自然の恵みは受け取るが、それ以上に自然を大切にすることで、自然に報いていたわけです。このイヨマンテは、熊だけでなくフクロウや狐などもの霊送りもありました。人間にとって、動物性タンパク質は必要なものです。人間が生きる限り、動物の命を奪う行為は続きます。動物たちの命を奪う中においても、動物福祉の「5つの自由」を実現することが一つの供養になるのかもしれません。