小中学校の室内温水プールが住民の健康を高める  アイデア広場 その1602

 日本の子ども達(児童生徒)は、学習指導要領において水泳を行うことが決められています。子どもたちの水泳の授業は、どの程度の内容になるのでしょうか。学習指導要領によると、小学校1~2年で水遊び、3~4年で水に浮くこと、5~6年でクロールや平泳ぎで25~50m泳げることが目安になります。そして、プールの施設は、教育基本法、学校教育法、学校教育法施行規則などで決められています。各自治体にある小中学校には、プールの設置が義務づけられています。この維持費が、予算の少ない自治体には重荷になりつつあるのです。蛇足になりますが、なぜ、お金のかかる水泳(プールの建設費、プールの水を安全にする保つ経費など)が必須の教材になったのでしょうか。一つの要素は、水難事故が関係しています。韓国でフェリーが沈没して、修学旅行生が多数なくなった事故がありました。時の大統領がその事後処理の不手際で、退陣に追い込まれました。日本でも、似たような事故が1955年に起きました。1955年に、小中学生ら168人が亡くなった紫雲丸沈没事故が起きました。紫雲丸沈没事故をきっかけに、日本の学校の水泳の授業は広まったのです。その後、日本の経済は、朝鮮特需などもあり、急成長しました。学校のプールは、第2次ベビーム期の1970年代前半ら1980年代にかけて整備が進みました。でも、使用開始から30~40年を超えると全面改修が必要になり、老朽化に直面する自治体が多くなりました。校内のプールを使える学校は、徐々に少なくなっています。2021年度の屋外プールの設置率は、小学校が87%で2018年度調査と比べて7ポイト減少しました。中学校は65%で、8ポイト減少しているのです。

 屋外プールの設置率の減少に伴って、プールでの実技を座学に代える自治体が全国的に出てきているのです。愛知県大府市は、2024年度から実技を廃止して、座学の授に切り替えました。静岡県沼津市は、2025年度から市立中学17校で水泳の業をやめています。岩手県滝沢市は2025年度、市立中学6校全ての水泳の実技指導を取りやめています。実技をやめた理由は、老朽化したプールの改修費の捻出が難しいほか、熱中症リスクが背景にあるようです。各校とも完成から30年を過ぎてプールが老朽化し、修繕工事での対応が難しくなったのです。さらに、プールの水質を管理は、教員のかなりの負担になっています。また、座学への切り替えは、記録的猛暑が続くなかで熱中症を防ぐ狙いもあります。では、必須とされる水泳がなぜ、座学に切り替えることができるのでしょうか。ここで注目したい点は、「小学校学習指導要領解説 体育編」の「2 内容の取扱い」になります。そこには、「適切な水泳場の確保が困難な場合にはこれらを取り扱わないことができる」の項目があります。財政難の自治体とその教育委員会は、この項目を採用しています。このような背景の下で、プールでの水泳授業を廃止や座学とする動きが全国の公立中学校で相次いでいるのです。

 自治体の財政難は、いかんともしがたいものがあります。スポーツ庁担当者は、「プール共用などを検討したうえで環境が整わない場合、座学で学んでほしい」と話しています。蛇足ですが、私が住む福島市でも、複数の小学校でプールの共用を行う事例が見られます。座学の授業では、水難事故防止につて座学で理解を深めるために、地元消防署と連携した救急救命講習も行う自治体もあるようです。一方、この座学に批判的な目を注ぐ組織もあります。日本水泳連盟は、実技指導をできる学校が少なくなることを懸念するコメントを発表しました。「体験なくして水泳を習得することは不可能」と話します。水難事故防止にしても、救急救命にしても、実体験がなければ、効果は薄いと正論を述べます。連盟は、プールなどの施設経費や教員の負担などの課題にも触れ、解決策を含め今後提言をしていきたいとしています。

 財政難で、座学に流れる中で、泳ぐ授業も必要だと考える自治体もあるわけです。その一つの方策が、民間事業者への委託によるプール指導になります。京都市は2024年度から、市内の一部の小中学校で、試行的に水泳授業の民間委託を始めました。施設経費や教員の負担などの課題に対応するため、民間事業者への委託によるプール指導を導入したわけです。この導入と事例について、京都市は、児童・生徒、保護者、教職員を対象にアンケートを行いました。このアンケートでは、いずれも9割以上が次年度以降も継続してほしいとのことでした。また、大府市では、中学生の泳ぐ機会を確保するため、水泳教室を開催ししています。水泳教室だけでなく、夏休み中に外部のプールを利用できる無料券を配布して、泳ぐ機会を提供ししています。民間委託や民間の水泳教室は、教員の負担軽減になるうえ、費用も長期的には学校プールの維持管理より安く済むことが分かっています。民間事業者に委託して、校外のプールで実技を学ぶ動きも広がりつつあります。

 日本は、貧しい自治体だけではなく、豊かな自治体もあります。東京都多摩市は、市内の小学校全17校の水泳授業を校外の屋内プールで行うことを発表しました。これには、環境の変化があります。猛暑日が増え、熱中症対策で、校内屋外プールで授業ができない日が増えたのです。プールで授業ができない日が増えたことを受け、2021年度で室内プールの使用を実験的に実施しました。これには、児童の熱中症を防ぐとともに、他の授業との調整など教員の負担を減らす狙いがあったようです。水泳の授業を、17校が校外で行うことは全国でも珍しい事例になります。2022年度予算案に、指導の委託料などの費用5800万円を計上しています。市立温水プールのアクアブルー多摩や市内民間施設2カ所で水泳授業を行ったのです。この実施は、児童の泳力の向上や天候に備えた授業の調整が不要になったことが高い評価を受けています。校内プールでは必要だった水循環装置の費用とその運用を行う教師の負担も削減出来て、好評のようです。民間委託は、財政上の問題や水泳の指導者確保の問題を解決する選択肢になります。

 余談ですが、学習指導要領による、1~2年で水遊び、3~4年で水に浮くこと、5~6年でクロールや平泳ぎで25~50m泳げることが一つの目標になります。この程度の内容ならば、経験の豊富な民間のスイミングスクールに委託することが合理的です。自治体が室内温水プールを作り、その運営を民間のスイミングスクールに委託し、水泳の指導をしてもらうことも、一つの選択肢になります。今流行りの、指定管理者制度の導入ということになります。複数の学校が、授業時間に室内温水プールを使用する構想が浮かびます。子ども達が使わない時間帯は、民間が地域の人達に水泳をしてもらう時間帯になります。この時間帯が、稼ぐ本番になります。ここで、利益を上げる仕組みをつくることになります。一方、住民の健康という視点からみると、週2~3回泳いでいる人達は、医療費が年間3~4万円少ないというデータがあります。さらに、水泳には限らないのですが、週5~6回運動している人達は、肥満が少なくなります。温水プールは、年間を通して使える施設になります。一般の人々が多く利用するようになれば、健康寿命の獲得に貢献することになります。さらに、プールの運営が上手くいけば、企業が利益を上げることに繋がり、自治体には税が入ることになります。

 最後になりますが、30万人の中規模都市には、50校程度の小学校があります。この小学校は、いずれ統廃合されていきます。そこで、廃校が予定されている小学校に、温水プールを建設します。5つの廃校が予定されていれば、5つの温水プールを建設する構想も面白いものです。野外プールの建設費は、約1億円です。室内温水プールの建設費は、1つ10億円程度です。50億円で、5つの室内温水プールができます。この5つのプールを、最初は50校の小学校が共用して、通年使用するわけです。統廃合が進むにつれて、学校は少なくなりますが、5つの温水プールを残った学校が調整しながら共同使用するようにします。野外プールのように、天候によって水泳の授業を中止するというようなこともなくなります。東京などの中央区などでは、『学校温水プール』を一般の人達に開放しています。区民の大人は350円、区以外の大人は500円です。区民の65歳以上の高齢者は無料になっています。これをさらに発展させて、室内温水プールを民間企業に運営を移管する発想も出てきます。プールの運営は、民間の企業に委託する運営方法を取るわけです。この自治体は、5つの室内温水プールの建設費50億円だけの支出になります。あとは市の予算を使わない仕組みで運営をすることにします。プールの運営は、民間の企業に委託する運営方法を取ります。民間のスイミングスクールは、自前で室内温水プールを作り運営しています。その中で、利益を出しているわけです。自前の資金を使わずに温水プールの運営ができれば、利益は以前より多くなるはずです。子どもも、教員も、自治体も、民間企業もウインウインになるかもしれません。

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