中国、韓国、そして日本などの国々では、少子化が大きな問題になっています。その問題が、現実の形で現れ始めました。世界一の人口を誇っていた中国は、インドにその地位を奪われました。2014年には、約1900万人だった年間の出生数が、2019年に1500万人前後まで減少しました。その減少が、ゼロコロナ政策終了後の2023年には1000万人を下回るまで急激な減少になりました。幼稚園などに通う在園児童数は、2023年の時点で4092万人でした。この数字は、ピーク時より700万人以上減っているのです。中国の急速な少子化は、幼稚園の経営を直撃しました。幼児入園者の減少で、経営状況が悪化した幼稚園の閉鎖が相次いでいます。出生数の回復がない場合、幼稚園で起きている現象はこれから小学校や中学校にも及ぶことになります。北京師範大学の喬錦忠教授らの試算によると、小学校で150万人、中学校で37万人の専任教員が過剰になるようです。2035年には、小中学校の教員の約2割が余るというわけです。中国では、雇用の安定した職業を「鉄飯碗」と呼びます。教員は、最も安定した「鉄飯碗」でした。その「鉄飯碗」の職業にも、淘汰の波が及ぶほど、中国の少子化は深刻な状況になっているのです。
この苦境を一足早く経験し、その対策に追われている国が韓国になります。韓国の地方の大学では、志願者ゼロの学部学科が急増しました。韓国の地方の私立大の状況は特に厳しく、3分の1以上が定員割れしているのです。今の高校3年生全員が大学に進学するとしても、定員を埋めるには4万人以上足りない現状なのです。学齢人口の減少で、定員を確保できない大学の倒産は、街の繁栄の消滅に拍車をかけています。急速な少子化によって、韓国の地方の街から子どもの声が消えつつある状況が続いています。韓国では、歴代の大統領が、大学を巡る政策を重要テーマに掲げてきました。韓国には、国際的な競争激化といった大きな波が押し寄せてきています。その波を乗り切る人材育成は、国家事業として重要な政策になっていたのです。その政策が、地方の大学から崩れているわけです。
韓国政府も、この流れを座視してきたわけではありません。この政府は、日本では考えられないような強権を発揮しています。今までは、大学の定員に準じて補助金を支給していました。この補助金をやめ、大学が互いに競争して勝ち取る形に変えたのです。政府主導の大学評価に基づいて、差別的に補助金を支給する「大学構造調整政策」を導入しました。大学評価に基づいて、差別的に補助金を支給する「大学リストラ政策」を打ち出したわけです。この政策により、人気のない学部学科を整理し、過去10年で定員を約19万人減らすことに成功したのです。残念なことですが、19万人減らしたのですが、「大学リストラ政策」だけでは、少子化による定員割れを解消できなかったのです。韓国の少子化は、当事者の想定以上のスピードで進んでいたようです。定員割れが続くなか、政府や大学は新たな手を打ち始めます。政府が打ち出した政策は、2025年に本格始動する「RISE (ライズ)政策」になります。RISEは、Regional Innovation System Educationになります。RISEは、政府の教育部が握っている大学への財政支援の権限を自治体に移譲するという内容です。このRISE政策は、財源と権限が移譲される自治体にとってはチャンスでもあり、問題も含んでいるようです。
「RISE (ライズ)政策」を、与えられた大学はどのように対処しているのでしょうか。地方の大学が生き残るには、何をしたら良いのか。この課題に対する答えの一つが、留学生の受け入れになっているようです。韓国の大学が生き残るために現在推進している対策は、「留学生の確保」になるようです。日本とは異なり、韓国では留学生を定員外で受け入れることができるのです。韓国では定員を気にせずに、留学生をいくらでも集められます。日本の私立大学では、留学生の授業料が奨学金という形で減免を受けるケースが多くなっています。でも、韓国の私立大学に留学する学生は、韓国人の学生より割高になっています。留学生を多く集めるほど収益が増えるので、韓国の私大は留学生確保に奔走しているのです。実際、地方の大学は東南アジアの国々まで出向き、留学生の誘致活動に力を入れています。韓国政府も、この流れを応援しています。韓国政府は、留学生を高校段階から誘致する流れを作っています。地域に早くからなじませ、地域の大切な「人財」として受け入れようとしているのです。地域住民と深い関係をつくるなかで、韓国語と文化を学び、地方復活の原動力になってもらいと考えています。
留学生は、どのような活動をしているのでしょうか。韓国北東部・江原道にある京東大学校に近い観光水産市場での光景です。屋台で、客を呼びこむ留学生の姿がありました。観光水産市場では、料理を作り、サービスをする留学生の姿が多くみられます。留学生の言葉を借りると、学費と生活費を稼ぎ、ビジネスを学んでいるとポジティブです。韓国には、年間2500万人の観光客が訪れます。その観光地の担い手が高齢化で、消滅の危機にあるとも言われています。地方では、保育園、病院、スーパーマーケットなど、生活に欠かせないインフラも崩壊しつつあります。留学生は、人手不足を補う救世主のような存在になっています。留学生には、ビジネスと韓国語、そして韓国文化が勉強できると「一石三鳥」のメリットがあるとの見方もあります。韓国では、留学生受け入れ強化の議論が官民ともに進んでいます。一方で、弊害もあるようです。一部の大学では、韓国語の能力が不十分なまま入学している状況があります。授業についていけない学生が、増加するという現象も生まれているようです。
日本も、中国や韓国の状況を笑いごととして見ることができない現実に直面しています。日本の大学も、総入学定員が現状のままなら計算上は8割しか埋まらない状況にあります。保育園の定員割れは、日常的に起きています。小中学校の統廃合が進み、校舎や跡地の使用の問題も起きています。日本の政策は、人手不足を補うために、女性の活用が叫ばれました。女性が安心して働けるためには、子どもを預かる保育園の充実が求められました。急遽、保育園の増設が始まります。2023年までの10年間で、企業が自社内で整備する分も含めて受け皿は約82万人分増えました。保育定員が国の補助金を追い風に、定員枠は29.8万人分広がりました。でも、29.8万人分広がったのですが、利用者の伸びは16.2万人のみでした。29.8万人の積み増したうち、4割以上が空いている状態になったのです。しかも、3割の自治体はむしろ利用者が減っていったのです。2015年度以降に限っても、保育所新設などに投じた国費は1兆円を超えていました。現実は、少子化の加速を背景に、全国の認可保育所の申込者は2020年をピークに減少に転じていました。2022年には、認可保育所の利用割合が9割を切ったのです。過去5年で、保育定員を増やしたのは半数近い834自治体になります。でも、市区町村別にみると、2023年春時点で8割にも届かない自治体が619あるのです。
日本の自治体や議会、産業界は、地域の発展を実現するために連携してきた歴史があります。この連携が、成長期には歯車があって良い成果を上げてきました。でも、時代の流れを読めなくなると、この連携は無駄を産む温床になります。たとえば、ある地方都市は、人口ビジョンをもとに歳入などの計画を策定しています。現在の地方都市の財政を考慮すると、社会保障もインフラ整備も住民や地域のニーズにすべて応える余裕はありません。身の丈に合わせ何を選び、何を諦めるのか、判断を素早く行う状況に追い込まれています。でも、連携が邪魔をしています。たとえば、ある県の中長期の歳入計画は、人口動態を予測して立案されます。20年前の2002年当時の特殊出生率の仮定は1.38の88万人でした。10年前の2012年に見込んだ数字は1.30、79万人になります。2023年は、合計特殊出生率が1.20まで沈み、出生数72万人になりました。でも、この県のある市町村の1部は、1.4倍と強気の数字で計画を推し進めているのです。政府や自治体は、前例主義の甘い見通しによる事業を継続しています。その現われの一つが、保育園の補助金1兆円でした。無駄を膨らませ、事後検証もなおざりにし、硬直的な政策が政府や自治体の手足を縛っているようです。
最後になりますが、嘆いてばかりでは、解決の道は開けません。かといって、各国がもがいている問題を一刀両断に切り捨てる知恵もありあせん。でも、韓国の政策に、かすかなヒントの目があるようです。差別的に補助金を支給する「大学構造調整政策」の導入が、一つの選択肢になります。良い保育園を残して、そこに子ども達を集約することになります。良い保育や支援を受けて、資質の高い人材に育ち、社会に還元する仕組みを作ることになります。もう2つ目は、留学生の受け入れです。この場合、各国の文化的な素養を日本人もある程度理解し身に付けることが必要になります。3つ目は、文科省の持っている大学への財政支援の権限を自治体に移譲することです。自治体や議会、そして産業界は、地域の発展を実現していきました。ここに、大学の新しい知見と資金を投入し、地域独自の発展を実現することも面白いかもしれません。