どんなに温厚に見える人も、「怒り」という感情を持っています。怒りは身を守るための防衛感情とも言われています。この感情は、わたしたち人間にとって自然な感情であり、なくすことができないものです。怒りは、「うれしい」「楽しい」「悲しい」というほかの感情と比べるとエネルギーが非常に強いものです。この感情には、個人も集団も振りまわされやすくなります。たとえば、公共マナーが守もられていないときに怒りを感じるパターンがあります。時間が守られないときに、怒りを感じることが多くなるパターンもあります。仕事の邪魔をされるパーンもあります。子どもに期待をかけすぎて、その期待を裏切られたときに怒ってしまっていたパターンもあります。いろいろな局面で、個人や集団には、怒りが高揚する状況が生まれます。もちろん、「感情の波を見せてはいけない」という思いを持っている人もいます。でも、怒ることに罪悪感を抱いてしまう人はいますが、なくそうとするほうが不自然なのです。今回は、怒りの発散と抑制について考えてみました。
今回のアメリカ大統領選挙は、怒りを多用した選挙と言われています。トランプは自らを怒りの感情を、民衆に代わって演じてみせました。インフレや生活の困窮した人々に、そして既存の政策に不満を持っている人々に、バイデン政権が真摯に向かっていないと罵倒したわけです。この怒りを演じたことが、大統領選挙の勝因だとする説が支持を得ているようです。もっとも、従来の政策が良いか、トランプの政策が良くなるのかは、今後の経過を見ていく必要があります。怒りのポピュリズムの危険性は、暴力的で制御不能になる面があるからです。そして、この怒りのポピュリズムは、偏見、不寛容などの否定的感情を助長し民主主義を損なう危険性があります。この危険性を暗示する実験が、あります。実験は、スイス連邦工科大学(ETH)チューリヒ校で行われました。この実験をでは、90人の被験者に、オフィスに似せた環境の中で、日程の調整やデータ分析の作業をしてもらうことから始めました。急ぎの文章を作成していると、画面に次々と「邪魔」が入る仕掛けがしてあります。何人かの実験参加者には、チャット通知で、絶えず作業が中断するようにしたわけです。当然、仕事が順調にいかないために、ストレスと感じることになります。ストレスを感じると、体の動きが速まるのですが、作業における正確さが低下します。この実験では、ストレスを感じると、キーボードの打ち方が激しくなってミスが増えることが分かりました。ストレスレベルが上がると入力速度が増し、マウスの操作が乱れることが判明したわけです。怒りによるストレスは、正確さを失うが、速さや強さが増すと言うことです。暴走する傾向があるとも言えます。蛇足ですが、今回のトランプ関税の表には、多くの間違いがあることが表面化してきました。怒りが、発表を早くし、結果として、ミスが多くなったということでしょうか。
労働の種類は、ブルーカラーとホワイトカラーの2つに大別されるのが一般的でした。ブルーカラーは、労働の現場で主に体力が求められる「肉体労働」ともいえます。一方、ホワイトカラーは、「知識労働」や「頭脳労働」とも呼ばれており、肉体労動とは異なる労働価値がるとされてきました。ホワイトカラーは、高度な知識や思考、判断力が求められるものとされています。ある見方らかすると、この2つの労働とは異なる価値を持つ第三の労働があります。それは、「感情労働」というものです。感情労働は、サービス業をはじめ、顧客と直に接する仕事を担い、笑顔で応対することが求められます。感情労働は、不快感を押し殺したりするなど、感情をコントロールすることを求められるわけです。さらに、この感情労働に付随する概念が出てきています。感情民主主義、感情知能、感情経済など情動に関する新しい流れの出現です。現代社会は、感情コントロールにおいて、ストレスかたまりやすい環境が整っています。ストレスの蓄積で、ホメオスタシスが崩れることがあります。ホメオスタシスが崩れて引き起こされる反応は、身体面・心理面・行動面に見られます。身体面での反応は、息切れ、食欲低下、胃痛、便秘、下痢、不眠などの症状が現れます。心理面では、やる気が出ない、興味が湧かない、体が重く動かない(精神運動制止)などの症状がでてきます。
ストレス学説には、長い歴史があります。1936年に、セリエはイギリスの科学雑誌のネイチャーでストレス学説を提唱しました。彼は、ラットにウシの卵巣の抽出物を与えた場合の反応を観察しました。異物を与え、その反応を調べたわけです。その結果、ウシの卵巣の抽出物をラットに与えた反応では、3つの点が明らかになりました。胃の粘膜からの出血、副腎皮質の肥大、胸腺の萎縮の3つが明らかになったわけです。副腎皮質ホルモンは、抵抗ホルモンとも言われています。このホルモンの分泌により、初期においてホメオスタシス維持することに成功しています。さらに、進むと副腎皮質は肥大し、限界まで副腎皮質ホルモンを分泌していきます。最後に、限界を超えて副腎が機能しなくなると死に至る経過をたどることになります。生体に対して、有害因子になる刺激を「ストレッサー」といいます。ラットにとって、牛の卵巣はストレッサーになります。ストレッサーが原因で、体の中で一般的に起きる反応を「ストレス」ということになります。ラットは、牛の卵巣というストレッサーが原因で、副腎皮質の肥大というストレス状態になったということになります。このストレス学説の優れた点は、ストレッサーが異物だけでなく、寒さや暑さ、伝染病、上司のパワハラなどがストレッサーになるということを示したことです。そして、現在は怒りがストレッサーとなり、労働分野や政治分野、そして多方面にストレスと引き起こしている状況が生まれています。
怒りは自然な現象ですが、怒りを出しすぎるのは、避けたほうが良いという考えが一般的です。自分の感情を抑えつけることは、想像以上にストレスのかかることです。感情表現ができないということは、ある意味で自分の感情を抑えつけているということになります。多くの人は、「ポーカーフェイスでなくてはいけない」という思い込みをもっています。でも、怒りを抑えていると、笑いや喜びといった、怒る以外の感情まで表現できなくなることが出てきます。この状態が続くと、心理的にだんだん苦しくなります。ここに工夫や知恵の出番があります。落ち込んでいる気分を変えるには、何かしら行動するメニューを持っておくと良いとされます。感情を、言葉にする習慣を持つことが効果的なのです。自分の感情を出す練習をすると、とっさのときにも言葉が出やすくなります。「これは気にかかって心配だ」「おもしろいよね」「これ好きだな」「困った」「これはうれしいな」「戸惑っちゃったな」と、自分の感情を出す練習をするのです。すると、押さえつけているよりも、発散をすることが可能になります。
発散するだけでなく、楽しいことをいくつかメニューと持っているとさらに良い状況になります。肉食動物が、獲物を捕らえた瞬間、そして食べているときにドーパミンが分泌されます。人間の場合、美味しい食事の経験は、ドーパミンが分泌されます。さらに、この美味しい経験が、海馬を通して脳の各部署に記憶されます。一度食べて美味しかったものに対する食欲は、食べたことがなかったときより大きくなるものです。次に同じような美味しい食べ物が出てきたときには、より速いドーパミン放出が起こるようになります。より速いドーパミン放出が起こるようになることが期待の快感です。ドーパミンによる快楽とは、原始時代から、ヒトの脳が用意し、頑張っている自分へのご褒美ともいえます。快楽のご褒美は時には生理的欲求を打ち負かすほどのものですから、非常に強力です。ドーパミンと快楽の仕組みが、報酬系といわれるものです。報酬系のネットワークを刺激することで、快感物質であるドーパミンが分泌され、人間は「楽しさ」を感じるようです。この「楽しさ」は、個人個人それぞれがつくっていくことになるようです。
最後は、怒りを抑える工夫や知恵のお話しになります。自分の怒りのパターンがわかると、新しく怒りが生まれたときに冷静でいられるようになります。この冷静さを身に付ける方法に、アンガーログがありあす。アンガーログ」は、直訳すれば「怒りの記録」という意味になります。このやり方は、怒りを感じた出来事と強さをその場で書き留めるのです。怒りを感じたときに、怒った出来事、その怒りはどれだけ大きかったのかをメモするわけです。アンガーログを実践して、自分の怒りの傾向やパターンがわかるようになる人が多くいました。ある企業の1500名の社員に、3週間アンガーログを実践してもらった報告があります。自分の体調によって怒りの感じ方が、変わることに気づく人も多くいたとのことです。怒りに気づけば、それに対処する方法も身に付けるようになります。したいことをして、楽しみや達成感が得られれば、ストレスが発散され好循環になります。ネガティブな感情ばかりを持って行動すると、ポジティブな感情をもたらす行動を遠ざけるものです。ポジティブな感情をもたらす行動を遠ざけことを続けると、うつ病や不安症につながっていくこともあります。達成感や安心感こそが、私たちの生活にとってとても大切なものになります。発散や達成感を得るために、電車駅の1駅分を歩くウォーキング、おいしいコーヒーをいれる、家で料理、ストレッチ、ドライブ、マッサージ、スポーツ観戦、映画鑑賞、アロマなど、自分を心地良くしてくれるメニューを持つことも選択肢になるようです。