最近、ペットにお金や時間をかけることを、惜しまない愛好家が増えてきました。国内では、犬と猫が推計で1600万匹飼育されています。ペットを飼っている世帯は、2019年と比較すると、約4%も増えています。ペットが家族の一員となり、食事と居住環境が整うとともに寿命が延びてきています。たとえば、犬の平均寿命は1991年の調査では8.6歳でした。それが、2010年の13.9歳となり、2022年には14.8歳に延びています。猫も、2010年の14.4歳から15.6歳となっています。ペットにも人間と同じように平均寿命だけでなく、健康寿命が求められるようになってきたようです。犬や猫の平均寿命は、人間の約6分の1の寿命です。飼い主は、ペットの老齢化が進行する姿を見ながら過ごすことになります。長年一緒に暮らしてきたペットの最後を、看取ることは悲しいことです。飼い主が看取りに関わる時間が長くなれば、精神的に落ち込む状態に陥ることになります。ペットを飼っている人は、そうでない人に比べ、うつ病になる方が1.9倍も多いとう統計もあるようです。今回は、この悲しみをできるだけ少なくすることを考えてみました。
世界一背が高い犬としてギネスの世界記録に認定されていた犬が、「ゼウス」になります。アメリカのテキサスに住むブリトニー・デイビスさんは、かねてから大きなイヌを飼いたいと願っていました。生後8週のグレート・デーンを家に迎え入れたとき、その夢がかなったわけです。この犬は「ゼウス」と名付けられ、巨大なイヌに成長しました。4本足で立ったときの肩までの体高が、1mを超えたのです。後ろ足だけで立つと、デイビスさんの背丈をはるかにしのぐ大きさでした。「ゼウス」は、地元テキサス州フォトワースの人気者になりました。でも、幸せは長く続かず、わずか3歳で足の骨にがんが見つかったのです。大型犬には、ゼウス同様の診断を受ける犬が多いのです。ゼウスは足を1本失い、最後は誤嚥性肺炎によって命を落としました。ゼウスがやってきてからわずか4年後に、デイビスさん一家は悲しい別れを経験することになったのです。
動物好きには胸が痛む話ですが、このゼウスに限らず大型犬は早死にする傾向にあります。大型犬グレート・デーンの平均寿命は、わずか8~10年と短いものです。逆に体重3キロにも満たないチワワは、14~16年と長く生きます。イヌの寿命調査では、ほかのどんな統計因子よりも体の大きさが短命の予測因子になってきました。寿命だけでなく、加齢によって起きる病気も早く発生します。たとえば、大型犬が小型犬よりも早く加齢による白内障を発症することが分かっています。さらに、犬の場合、大きければ大きいほどがんで死ぬ確率が高まることが分かっています。興味深いことに、同じことが人間にも言えるようです。背が高い人は、ほぼすべの種類のがんにかかる確率が高いのです。ところが種を超えてみると、この関連性は成り立たないことも分かっています。種を超えて動物全般を比べた場合、体が大きいほうが寿命は長いのです。小さな動物は、それほど長生きしないのが普通です。
大型犬が短命である理由には、いくつかの説があります。その1つ考えられる理由は、大型犬の成長速度になるようです。生まれたばかりの子犬は、どの犬種であってもほとんど同じ大きさになります。成犬のグレート・デーンは確かに大きいのですが、その子どもは驚くほど小さいのです。小さい子犬が大きくなるためには、より多くの細胞分裂を行わなければなりません。悲しいことですが、細胞が分裂するたびに、DNAを損傷する酸化分子も増えるのです。しかも、分裂のたびに、テロメアの損耗や酸化による損傷が細胞の中に蓄積されていきます。テロメアは、染色体の末端にある構造で、細胞の老化や寿命と関連が深いものになります。これが、十分に機能しなくなるわけです。さらに、細胞分裂は、インスリン様成長因子I (IGFI)」と呼ばれる遺伝子の変化にも関係してきます。このインスリン様成長因子(IGF)は、動物の成長や代謝の調節、細胞の再生などに重要な役割を果たすホルモンになります。です。IGFIを抑制されたマウスは長生きすることが、2018年に医学誌に発表されました。この説は、一定の評価を受けています。要は、急激な成長が大型犬の細胞に大きな負荷をかけているというわけです。大型犬の場合も、IGFIの過剰な働きが、速い老化を誘発しているのではないかと考えられるようになったわけです。
今まで人々は、老化は誰にでもやってくる仕方のないものという認識でした。この認識に、変化が生じつつあります。老化は治すことのできない自然の流れという認識から、治すことが出来るというコペルニクス的転換が起きているのです。長寿遺伝子は、噛乳類など多くの動物に備わっていることが分かってきました。長寿遺伝子が、老化や寿命の制御に重要な役割を果たすことが分かってきたわけです。不老長寿への注目は、2000年にネイチャー誌に発表された「サーチュイン遺伝子」になります。サーチュイン遺伝子(Sirtuin遺伝子)は、老化や寿命の制御に重要な役割を果たすとされる遺伝子になります。この遺伝子は、「長寿遺伝子」や「抗老化遺伝子」とも呼ばれています。サーチュイン遺伝子は、細菌から哺乳類まで、多くの生き物に備わっているのです。この遺伝子の研究が、世界的に始まっています。精力的研究により、サーチュインを活性化することで、老化が抑制されるという研究が動物実験で多数報告されるようになりました。サーチュインの抑制効果を高めることが、人の臨床おいても多く進められているのです。古今東西から人類が望んできた「不老長寿」の研究は、この10年で一気に進んでいるという状況です。
余談ですが、ペットとの別れは悲しいものです。でも、この悲しい別れを別の形で阻止できるケースが生まれています。そのケースは、クローンのビジネスになります。中国企業のシノジーンは、2013年にペットのクローンのビジネスを考えつきました。研究開発の当初は、中国農業大学の小さい部屋を間借りしたのが始まりです。創業メンバーや投資家にクローンの専門家らを招き、2015年に研究開発に着手しました。2017年に最初のクローン「竜竜」が誕生し、2018年からクローン犬を作るビジネスを開始したのです。シノジーンの従業員は、約300人で、約半分が研究開発などの技術者になります。顧客のなかにはペットが死ぬ前に皮膚組織を採取しておき、死亡後にクローンを注文するようです。愛するペットが死んでも「再会」できるということで、国内外から注文が相次ぐ状況です。2019年には、対象を犬から猫に広げました。犬や猫だけではなく、馬や牛などのクローンにも研究を広げています。このシノジーンの競合企業は、米国や韓国にしかないといいます。将来は2割未満の海外比率を5割以上に高めていくようです。この研究室を訪れると、来客を迎えるように、10匹以上の子犬たちが元気な鳴声をあげました。お互いに抱きついたりかみあったり、じゃれ合う2匹のプードル犬は、クローン犬です。この部屋ではプードルやアラスカンマラミュートなどのべアが育てられています。飼い主の中には、クローン犬をスペアとして、2匹求める方も多いようです。クローンの価格は、犬が5万ドル(約700万円)で、猫は4万ドルになります。すでに500匹近くが誕生しています。このなかで、犬が全体の3分の2以上を占めています。誕生から約3カ月後に、顧客に引き渡す仕組みです。
最後になりますが、長寿のヒントは、アメリカのアパッチ湖にありました。アパッチ湖で釣り上げたスモールマウス・バッファローフィッシュ、ビッグマウス・バッファローフィッシュ、ブラック・バッファローフィッシュの3種いずれも、100歳以上の個体が確認されました。この魚は、ほんの数年前まで、20代半ばまでしか生きられないと考えられていました。でも、アパッチ湖のバッファローフィッシュの90%以上が80歳を超えていることが判明したのです。砂漠にあるアパッチ湖でも、これらの淡水魚が100年以上も生きることができることがわかりました。この研究が、2023年10月20日付で学術誌「Scientific Reports」に発表されたわけです。さらに、カナダのサスカチワン州で127歳のビッグマウス・バッファローフィッシュも見つかっています。蛇足ですが、100歳を超える種が3つもいる属は、知られている限り、海水魚のメバル属のみになります。
バッファローフィッシュの若さの泉は、いったい何なのでしょうか。バッファローの大きな疑問の一つは、その驚異的な長寿をどのように実現しているかになります。もし、これが解明されれば、犬種や人類の福音になるかもしれません。この福音を導く不思議なヒントも少しずつ分かってきています。ある研究では、高齢のビッグマウス・バッファローは若い個体より免疫系が強いのです。この高齢の魚は、若い個体よりストレス反応や免疫機能が優れていることが分かりました。なぜ高齢のバッファローフィッシュは、若い個体よりスレスが少ないのでしょうか。高齢のビッグマウス・バッファローフィッシュの個体は、血液中の好中球とリンパ球の比率が低いのです。リンパ球の比率が低かったことは、ストレスレベルが低いことを示唆しています。高齢のビッグマウス・バッファローフィッシュは、若い個体よりうまく細菌を撃退していたのです。このような知見が蓄積されていけば、「ゼウス」のような愛犬が、ガンにも老衰にも負けない免疫力を持つ仕組みを見つけことが可能になるかもしれません。