総務省は、人間の感情を読む汎用人工知能(AGI)の開発を後押しすることになりました。この開発には、情報通信研究機構(NICT) と脳情報通信融合研究センター(CiNet)が取り組むことになります。CiNetは脳全体の機能を細かく調べ、システム上に再構築し、感情や心のメカニズムの解明することを目指しています。この分野の研究は従来、視覚の分析が中心でした。今回は、脳血流をみる機能的磁気共鳴画像装置(fMRI)や脳の神経活動を捉える脳磁計(MEG) といった計測器を使って、精度を高めるようです。総務省傘下の情報通信研究機構については、SNS (Social Networking Service)から知能や精神状態、生活習慣を見抜く実験の成功で良く知られています。この実験では、AIが短文投稿サイトの情報から人々の内面を表す23種類の特徴を推定しました。学習を終えたAIは、ツイッターから人々の内面をあぶり出す規則性を次々と発見したのです。以前から、世界各地でこのような実験や研究が行われていました。一般に、SNSの文章を分析し、「開放性」「誠実性」「外向性」「協調性」「神経症傾向」の大まかな傾向が把握できる技術はありました。今回の試みは、視覚だけでなく、嗅覚や触覚、昧覚など人間の五感による脳活動のデータベース構築を目指しています。2035年ごろまでに人間の感情を推察する人工知能開発につなげたいようです。
ネット上で行き交う短い文面から、その先の相手がどんな人かを確かめたいという研究は、世界各地で行われていました。情報通信研究機構の研究は、数百という少ないデータでも、AIを賢く用いることで、新たな手法の開発したことに高い評価を得ました。この実験では、AIがツイッターの情報から人々の内面を表す23種類の特徴を推定しています。知能や性格のほか、統合失調症やうつ病の精神状態、飲酒や喫煙の生活習慣も読み取っています。たとえば、「いいね」をされた頻度が多いと「漢字の読み書きの能力が高い」とか、毎回のつぶやきで文字数のばらつきが大きいほど「統合失調症の傾向がある」とか、「飲む」「歩く」「時刻表」などの単語を多く使う人は「飲酒の習慣がある」とかの特徴を抽出しているのです。誰もがつぶやけるSNSは、今では社会参加のインフラになっています。そのインフラから、人の内面や健康状態を探り出す技術が開発されつつあるわけです。面白いものに、ロサンゼルスにあるファッションハウスと大学の試みがあります。光ファイバーの衣装をデザインし、光のショーを演じる授業を行っているのです。たとえば、着ている人の脈拍の速さに連動して、光のショーが演じられました。脈拍が早くなれば、赤の光が強くなり、脈拍が遅くなれば、青の光が優勢になるというものです。この光のショーは、ツイッター上のやりとりに表れる感情を分析し、それに沿って色を調節する衣装までも作成しています。SNSを分析するだけでなく、その結果を素早く色彩で表現できる技術も、実現可能になっていました。これらの技術がAIと結びついて、さらに進化しているのです。
すでに脳科学に基づいて、消費者の深層心理を分析し、マーケティングに生かす動きがあります。アース製薬は、商品パッケージにより印象的なデザイを採用しました。この商品は、印象的なパッケージによりへ発売から1年の販売額は既存品の2倍になっています。脳科学に基づいて深層心理を分析するマーケティングは、飲料や化粧品大手も採用するようになっています。あるインドの市場調査会社は、表情や声のトーンといった生体データを分析して消費者の感情を解析しています。この解析を元に、消費者のニーズに合った商品を開発しているのです。この手法は、へルスケアや教育といった分野での利用が見込まれています。顔の表情や身体のしぐさから、感情を評価するシステムが開発されてきました。商品を見て、表情やしぐさがポジティブであれば、売れ筋になります。ネガティブなどの表情やしぐさの場合、消えゆく商品になります。これらの蓄積が、マーケティングに生かされていくわけです。感情を解析するAIの世界市場は、2032年に149億ドルに達すると予測されています。
スイスのOvomind (オボマインド)は、腕時計型端末からプレーヤーの感情を分析するAIを開発しました。腕時計型のウェアラブルは、心拍数や発汗、皮膚の温度といった生体データを読み取ることができます。発汗や心拍数といった生体情報を分析して、ゲームの展開にリアルタイムで反映するのです。生体データを読み取り、AIが「興奮」「ストレス」「退屈」など8分野の感情を抽出します。生体情報を分析して、ゲームの展開にリアルタイムで反映し、プレーの没入感を高めるのです。8分野の感情を抽出の結果は、リアルタイムでスマホに表示されます。スマホに表示され、感情に応じてBGMやセリフ、字幕といったゲーム内容が変わるのです。たとえば、ゲームに没入した子どもは、どの場面で「興奮」し、どの時間帯で「退屈」したのかを、データとして蓄積していくことも可能です。どの場面でどんな反応があったかを確かめ、次のゲーム開発にも生かせるようになってきました。ゲーム各社は、「感情AI (人工知能)」の活用を進めています。もっとも、普及に弾みをつけるには、ユーザーの過度なゲーム依存を避ける対策とゲームにいかに没入させるかという対策のトレードオフの課題が生じます。加熱すれば、香川県の条例のように、18歳未満のゲーム利用時間の制限を保護者の努力義務にする処置が取られます。
日本の企業も、負けてはいません。ジール(東京・品川)は、デジタルトランスフォーメー(DX)支援している企業になります。ジールは、遊ぶ側の感情を予測する「STORYAI」をゲーム会社などに提供しています。ゲームの主人公が、どのような動きをすれば、ゲームに没入できるかなどの情報を提供するわけです。ジールは、ストーリーやセリフ、デザインの開発段階から遊ぶ側の感情を予測しています。この予測を、生成AIが事前に行っています。生成AIは文字や画像、音声と多様なデータを読み取る「マルチモーダル」処理が可能になりました。AIが初期段階から客観的に評価することで、開発する人間は刺激的なコンテンツ制作に集中できます。開発者がチャットで指示を与えれば、作業はスムーズに進みます。たとえば、ゲーム開発者の脚本に対し、AIが以下のように課題を指摘します。AIが「感情を刺激するセリフとセリフの間隔が空きすぎ、中だるみする」と課題を指摘するのです。すると、開発者はその指摘について、「良い・悪い」の判断をして、次のステップに進むことができます。
余談ですが、人の内面を知る新技術を目の当たりにしたとき、人々の反応は2つに割れるようです。まず、先に立つのは薄気味悪さを感じる人がいます。SNSのつぶやきから内心まで分かれば、脳の中に監視の目がいきとどきます。そこに、不安と恐怖を感じる人が現れます。一方、Alの解析を「見張り」ととらえず、「見守り」と思う人にとっては、この技術が光明となります。まず、前者に力点を置くケースでは、規制や禁止という法律の制定になります。欧州連合(EU)では、AI法が制定され、職場や教育の場での感情を推測するAIの利用を原則禁止になりました。もっとも、感情を推測するAIの利用を医療や安全のために必要な場合は例外としています。米国では、保護者が企業を訴える事例が出ています。日本では感情認識がどこまで許されるかについての明確な法規制はありません。日本も、青少年の過度な依存や課金への誘導を規制する世界の動きに対応することが求められています。ゲーム依存症は、いろいろな弊害がもたらしています。ゲームへの没入感の高まりには、ユーザーを保護の視点が欠かせないものです。
最後は、感情AIの解析を「見張り」ととらえず、「見守り」と捉える立場です。現在、働く人々にかかるストレスが過去最悪の水準に達しています。メンタル不調に対する心理的安全性の確保は、今や世界的な課題になっています。マイクロソフトも、この課題に立ち向かっています。もっとも、単独では困難なので、健康サービスを提供する企業とタッグを組んでいます。マイクロソフトは、包括的な支援サービスを提供する新興企業「スプリングヘルス」と提携しました。このスプリングヘルスは、カウンセリングやメンタルへルスを評価するツールなど複数のメニューを用意しています。マイクロソフトによると、開始1週間でスプリングへルスに約4000人も登録したそうです。社員の不調を早期に察知して対策を講じる仕組みは、企業にとって利点があります。現代は、あらゆるモノがネットにつながるIoT機器やウェアラブル端末が進化しています。エンタメやマーケティング、健康管理、自動運転など幅広い用途で、感情AIが活躍する素地ができています。2024年の感情AIの世界市場は、規模が27億4000万ドルになります。この世界市場の規模が、2030年には90億ドル (約1兆4000億円相当) と予測されています。ここには、ビジネスチャンスが大いに期待されるようです。
