50年も以上前に、学園紛争で東大など国立大学の入学試験が中止になったことがありました。でも、そのころでも箱根駅伝は行われていました。その箱根駅伝に出場するある大学のチームが、ヤマザキパンの工場にお世話になっていました。パンなどをいただき空腹を癒しながら練習に励んでいた光景があります。それから50年もたちますが、ヤマザキパンは箱根駅伝を30年以上にわたって応援しています。このヤマザキの創始者は、飯島藤十郎氏になります。戦後、彼は水浸しになった製紙会社のわらを、肥料不足に悩む農家に堆肥として売ることを始めました。農家に、わらを堆肥として売る商売を思いついたのです。彼は集めた濡れわらを現金ではなく、小麦と交換するよう交渉しました。戦後の混乱時は、お金より現物の方が価値を持っていました。小麦との交換で、商売を始める上でネックとなっていた資金の代わりにしたのです。資金の代わりに、原料の小麦を元手にして、パン屋を始めて、成功に導いたわけです。このヤマザキは、健康増進につながるスポーツ振興を長年にわたって支援してきたのです。この支援の蓄積が、信頼を得てきた源とも言えるかもしれません。今回は、蓄積されたものが成功を導くことに、そして、あるときビジネスが花開き成功に導ちびかれたお話になります。
次は、「機を見るに敏」というお話になります。近年、小売り・外食の多くが、消費者への価格転嫁を経営課題と捉えて値上げに動いています。値上げ攻勢の中で、サイゼリヤは強みの低価格戦略を貫いて逆に磨きをかけたわけです。その結果、2024年8月期の売上高は23%増の2245億円、営業利益も2倍148億円と好調です。サイゼリヤは、中国を中心とするアジアで快走しています。サイゼリヤを見るまでもなく、内需産業の外食が、成長のために海外シフトを急ぐ状況が生まれています。ある調査によると、2024年度以降に海外出店を拡大する意向を示す外食企業が44.3%になっています。今後、海外出店を「積極化する」と答えた企業は44.3%と前回調査から16.7ポイ上昇しているのです。業態別に見ると、ファストフードでは、61.5%が海外出店を増やす考えを示しています。ベトナムは、今後も経済成長が続くと期待されています。進出にあたって、相手国民の好みを把握することが大切になります。たとえば、しょうゆなどの場合、低調な社会状況では、業務用のしょうゆは、コクがあり、熟成感のある濃厚なものが求められています。このような国では、濃厚な味を、短時間で調理できる工夫が求められます。一方、所得上昇の期待の高い地域では、薄味で、調理の質を上げること、そして健康志向の料理が求められます。国内の地域の状況や他国の状況に「機を見るに敏」にできるビジネスが求められています。
このような「機を見るに敏」を肌で感じるようになるには、楽な状況では訪れないようです。楽な状況に自分を置いてしまうと、これまでの情報の中から考えようとしがちです。ある意味、既成概念だけで出発しようとしてしまいがちです。また、忙しく働き続けている限り、「機を見る」ようにはならないようです。機を把握する余裕が、持てないということのようです。楽でもダメ、追われてもダメとなると、どのようにすれば良いのでしょうか。このヒントは、厳しいトレーニングにあります。ハードなジョギングやランニングをするとだんだん苦しくなってきます。だんだん苦しくなってくるのですが、苦しさを乗り越えるとふっと楽になってくる瞬間があります。この時に、新しい発想が出てくることがあります。現在は、もっと自分を追い込むことで、既成概念を超えた発想を求めることも必要になるようです。この極端なケースは、人を強制的に療養生活や獄中生活に追い込み、現実社会から切り離すことです。獄中生活は、普段はなかなかできない大量のインプットを可能にする機会になります。オー・ヘンリーは、アメリカの小説家です。短編小説を得意とし、約280の短編作品を残しています。英米ではイギリスの小説家サキと並んで短編の名手と呼ばれる小説家になります。彼は、公金横領罪で刑務所に服役します。その服役中に小説を書き始め、出獄後はニューヨークに移って執筆を行った人です。彼は、強制的に現実社会から切り離されることで、自らの行く末をじっくり考える機会を得て成功へ導かれたとも言えます。
国の風土が、成功を導くことの要因になることもあります。2024年4月にアメリカで開かれた世界最大級の音楽フェス「コーチェラ」には、日本勢が多数参加しました。カリフォルニア州西部の砂漠地帯に会場が設置され、入場者は延べ75万人にも及ぶ大フェスティバルです。4月12~14, 19~21日にかけて、100組におよぶアーティストが連日昼夜を通して演奏したのです。「コーチェラ」にはYOASOBIやラッパーのAwichさんなど日本勢が多く出演しました。このようなフェスティバルだけでなく、ライブやチャートでJ-POPが活気をもたらしています。「アイドル」は日本語楽曲で初めて、ビルボードのグーバルチャートで首位に立ちました。この「アイドル」(Idol)は、日本の音楽ユニット・YOASOBIの楽曲になります。2023年4月12日に各種音楽配信サービスにて配信が開始され、5月26日には英語版をリリースしています。YOMOBIは、この曲で世界的スターに駆け上がりました。YOASOBI だけでなく、 Creepy Nutsの曲も米国でヒットしています。J-POPが、世界の音楽シーンをかつてなくにぎわせている状況があります。J-POPは、「アニメと親和性が高いことが、他国の音楽にはない日本の強みだ」という特徴があるようです。日本のアニメは、ガラパゴスの強みと弱さを持っています。普遍性よりも、地域性や特殊性に比重があるようです。この強みを、生かした結果が成功を収めました。次の針路をどのように開拓していくかが、ソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)などの企業の才覚になるようです。日本人が得意なことを、大切に育てていきたいものです。
一方で、J-POPより早めに世界に進出したK-POPは、歌詞で聴かせる歌ではありません。このK-POPは、ダンスの魅力と、分かりやすいノリの良さが重視されています。これは、ある意味で人間の根源的な欲求を満足させるものなのです。アフリカの森から平原に出たホモ・サピエンスは、世界中に分布するようになりました。私たちの祖先であるホモ・サピエンスは、きわめて移動能力が高く、適応能力が高い生き物でした。彼らは10万年前の時代でも、音楽やおしゃれを楽しんでいたのです。世界中の神話や物語を分析すると、30程度のパターンに分類できてしまいます。それらには、聞いたり読んだり見たりして、心地いいと感じる物語やお話があります。その心地よい物語には、共通の「型」があることが分かりました。人類が移動して、いろいろな地域に生活するようになっても、なにを喜び、なにを哀しむかは、どの国でも似たようなことが多いのです。音声の言葉ではなく、音楽(リズム、メロディ、ハーモニー)と身体言語でコミュニケーションを行っていたのです。この音楽や身体言語が、本当の喜びや悲しみを表現するものになっていたともいえます。この意味で、K-POPは世界に広がる要素を備えていたことになります。多種多様な言語や宗教と多彩な生活様式などの多様性が、人類の生存を支えてきました。K-POPはこの多様性の上に乗り、共通の言語を持たないアジアや欧米の人々にも楽しんでもらえる要素を備えていたというわけです。さらに、人類学的視点だけでなく、現在文明の力も備えていました。スマホとYouTubeの融合した曲や映像を提供しているために、K-POPは成功しているともいえます。ある意味、人類史と現在の状況を把握した上での戦略的成功と言えます。J-POPもK-POPも、「機を見るに敏」な要素がありました。でも、そこには歴史的な蓄積の上に、成功を勝ち取った面もあることが分かります。
余談になりますが、日本の得意技で成功を勝ち取っている企業もあります。その企業は、キッコーマン醤油になります。醤油は、糀(こうじ)を使うことにより洗練されたものなります。糀を使う日本の伝統食品や日本酒には、長い歴史があります。このキッコーマンは、原料の大豆をドル建てで輸入するために、円安局面では輸入コストが高まります。そのようなリスクを軽減するために、原材料を世界各地で調達して製造し販売する仕組みを作りました。いわゆる、事業体制のグローバル化を推進したわけです。キッコーマンは、醤油を国内から海外に輸出しません。醤油は、液体でかさばり、輸送コスト高いという理由です。現地で大豆などの原料を調達し、工場を作ってそこで日本の糀を使ってしょうゆを作れば良いわけです。地産地消は、最も優れた為替リスク対策になります。さらにグローバル化の手法は、磨きがかけられていきます。キッコーマンは、米国で肉の照り焼きを普及させるなど、現地の食文化にしょうゆを浸透させていきます。現地に根ざし、現地のニーズをくみ取ることも効果的です。キッコーマンは、世界で需要を掘り起こし、海外の利益をこの10年で4倍弱にしています。長い歴史の蓄積と海外の展開で、成功を収めているとも言えるようです。
最後になりますが、サイゼリヤの純利益が、過去最高となったけん引役は中国になります。稼ぎ頭として、存在感を高めているのが中国というわけです。中国では、一部の地域で日本のバブル崩壊後のような状況がみられています。中国では、倹約志向が強まり、低価格メニューが人気になっています。サイゼリヤは、バブル後の景気悪化のなか低価格を売りに日本で急成長した経緯があります。この成功体験を、中国でも再現しているようです。この再現を支援している世代が、中国のZ世代になります。全人口の18%を占める中国のZ世代は消費行動の特徴は、節約志向が鮮明になりつつあります。中国へ上海の高齢者向け格安食堂では最近、20代前後の若者が利用客の3分の1を占めるまでになっています。あるホームシェアリング運営会社では、Z世代利用者による「寺院」の検索数が急増しています。この寺院のサービスを歓迎するのは、高い環境意識や強い自己肯定感のある若い世代になります。高価なホテル利用する代わりに、寺院滞在が低予算の選択肢として人気が高まっているのです。早朝の膜想(めいそう)体験も含めて、宿泊料は1泊わずか80元になります。SNS上では品質やコストパフォーマンス重視を意味する「反抗消費」といった言葉が流行しています。このような節約志向の中で、「ミラノ風ドリア」が18元(約380円) という低価格が評価されているわけです。「機を見るに敏」の企業は、この風潮をビジネスチャンスに変えることができます。