インドの経済成長は、世界の注目を浴びています。人口も中国を抜いて、世界一になりました。その生産労働人口の多さも、世界の注目の的です。もちろん、この成長する国に世界のビジネスの目が注がれています。富裕層の象徴でもあるスイス製腕時計は、2022年にインドへの輸出が過去最高となりました。欧州の高級ブランドやホテルは、イド各地に進出し始めています。ドイツのベンツは、インドが今後3年でドイツ以外の市場として5位から3位になると予想しています。中国一辺倒だったベンツも、インドの成長に注目しています。インドの富裕層は、消費や投資、経済成長への大きな影響力を持っています。一般的にこの「富裕層」は、住居の価値を含めた資産が100万ドル以上の人とされています。この定義に基づくと、インドには2022年時点で約85万人の富裕層が存在したことになります。富裕層の特徴は、持続的にその人数を増やしていることなのです。たとえば、2012~22年に100万ドル以上の資産を持つ人数は、GDPの平均伸び率の5.6%を上回り、年8.5%のペースで増えています。富裕層が投資や多くの消費をする背景には、彼らの資産が増え続けるとの安心感があるからなのです。
インドの富裕層の多くは、自ら事業に取り組んでいる割合が多いのです。彼らは、地味だが経済成長に欠かせない製品の製造に携わっています。日常的商品や鉄筋、ボールベアリングなどの製造に携わっているのです。ポテトチップスや衣類経など経済成長に欠かせない製品の製造にも携わっています。これらの商品や製品は、インドの経済成長とともに消費も供給も増え続けています。交通インフラが徐々に整い、輸送コストは下がり製品配送も速くなっているという背景もあります。かつてインドの富裕層の年齢の中間値は、50歳を超えていました。現在の富裕層は、30代や40代が増えています。ある意味、若返っています。この若い新興富裕層は、親世代に比べ資本市場への抵抗感が少ないことも特徴になります。
インドの憲法では、カースト制が禁止されています。でも、この制度は社会生活に根付いています。インドのカースト制は大まかに見れば、バラモン・クシャトリヤ・ヴアイシャ・シュードラの4階層からなっています。さらに細かく見ていくと、同じカーストにも、職業によって違いがあります。同じ職業の中での結婚などの結びつきを深めて結束を固めてきた流れがあります。カーストの中では、シュードラが下層になり、差別も深刻な面があります。シュードラの人びとには、カーストを脱出する分野として、IT(情報技術)の領域に進出しています。IT産業は、まったく新しい職業になります。そこでは、職業による差別が起きにくい状況が生まれています。IT業界には、被差別カースト層からも優秀な若者が続々と進出しているのです。もう一つの壁があります。インドでは、英語が話せなければ高給取りをめざすことができない構造となっています。
インドにおいては、カーストにしても、そして工業にしても、一筋縄ではいかないことが多々あります。ヒンズー教の国であるインドでは、聖なる動物とされる牛が大切にされています。そのインドは、牛肉の輸出が世界一なのです。インド国内では、決して口にしない牛肉が輸出されているのです。さらに、牛の皮革も大事な輸出品になっています。皮の「なめし」の工程には、かなり高い技術を必要とします。インドでは、皮革の知見や技能が、国家によるライセンスとして承認されるようになっています。ライセンスを取得した人は、今のインドではカーストを超えた技術者の道が開かれています。皮革産業の底辺で働く人の上に立ち、技術指導を行う人材はインドには貴重な存在になります。バラモン・クシャトリヤ・ヴアイシャ層の人たちは、この仕事を嫌がります。シュードラの人びとの中には、牛の皮革の仕事を行うことで富を蓄えている人々も増えています。カーストの階層の中にも、変動の萌芽が現れているわけです。
成長するインドにおいて、ビズネスチャンスを求める人が多くなっています。有名な所では、牛肉を食べないインドで、焼肉を食べる韓国料理が人気になっていることです。韓国人が、始めた焼き肉店が繁盛しているのです。対象は、初期においては韓国のビジネスマン相手のお店でした。それが、旅行者にまで広がっていく流れを作ったのです。日本からも、進出する人もいます。進出を決める場合、一般的には、経済成長が高めの国が狙い目になります。さらに、人口増加率が高く、生産年齢人口が多い国が、ターゲットになるようです。インドは、それらの条件に該当する国になります。日本の一流デパートで販売を担当していた女性は、インドを選びました。日本のデパートで勤めていても、人並み以上の所得も生活も可能な人材でした。でも、可能性を確認したかったのでしょう。この方がインドを選んだ理由は、英語が堪能だったことと、この国にはサービスの需要があると見抜いたからです。インドでは、従来型の「売ってやる」式の販売サービスからの脱皮が求められていたのです。教育水準は製造業の方が高く、サービス業は低い水準で推移していました。質の高いサービスが、提供できない実態があったのです。日本のデパートおけるサービスやマナーは、世界最高と言われています。そこで養ったスキルは、インドの大型小売店で引っ張りだこになったのです。
余談ですが、インド系米国人は、すでに300万人を超えています。インド系米国人は、収入や地位、そして教育の面で全米平均を大幅に上回る状況です。アメリカの対インド政策に影響を与える存在にも成長しているのです。彼らがインドとの交流を強め、頻繁に祖国と往復している現実もあります。たとえば、インドでは、2022年に7500人の富裕層が海外に移住しています。富裕層は、将来の選択肢として移住する権利を確保したりする人は多いのです。彼らは、富裕層の大多数は子どもを海外の大学に進学させたいと望んでいます。特に、米国や英国へのあこがれが強いようです。一方で、インドの新興富裕層は従来のエリートと同様に愛国心が強いのです。かれらの多くは、生活を楽しみつつも恩返しとしてインド国民の生活向上に寄与したいと考えています。世界に散らばりながらも、愛国心は健在なのです。インドと他国を往来しながら、富を増やすことができる人たちともいえます。富裕層が、海外での休暇や豪華な結婚式、高級車に大金を払うのは普通のことです。彼らは、今も金(ゴールド) を大量に購入したり国内外で住宅を買ったりもしています。アメリカに移住するインド人は、アメリカにとって不可欠なIT技術者になり、富裕層の仲間入りを果たします。彼らがインドに戻れば、世界水準のサービスを求めます。その求めに応じているのが、日本において百貨店の接客やサービスを身につけた人材ということができます。次に彼女がターゲットにするのは、地場の高級小売店やブランドショップと言うことでした
インドの富裕層は、活動し住む場所が地理的に拡散してことが特徴になります。インドール、ボパール、クノーなどの小都市にも富裕層がいるのです。豊かになるためには、ムンバイやデリー、ベンガルー大都市を拠点にする必要はないのです。交通インフラの整備が進んだことが、富の地理的な分散を促したようです。航空路線が各地を結び、高速インターネットも普及しています。昔の銀行家なら、相手にしなかった小都市に富裕層がいるのです。銀行の資産管理担当者も、地方在住の客向けにサービスを拡大しています。インドの大手銀行は、小都市に住む投資家の数が驚くほど増えていると指摘しています。蛇足ですが、中国は地方の産業が未成熟なまま、不動産産業を主力に成長を続けました。今それが、足かせになっています。インドの場合、地方に産業があって、それが富裕層の手を借りて利益を上げている構図があります。ある意味、健全な発展過程なのかもしれません。
最後になりますが、憲法ではカースト制が禁止されていますが、慣習はインド社会生活に根付いています。人間は、自由と平等に憧れます。マネーロンダリングがあるように、カーストロンダリングもあるようなのです。現在、シュードラの人々は、IT産業と皮革産業に食い込んでいる状況です。自分の所属する階層の富が増えることは、階層が上昇することを意味します。フランス革命は、市民層の経済力の向上により、自由と平等を獲得していきました。シュードラの人びとは、カーストを脱出する分野は、IT(情報技術)の領域に広がっています。というのは、階層と職業によってカーストは成り立っていましたが、ITは古い職業分野になかった職業です。まったく新しい職業のために、カーストを意識せずに能力だけで戦える分野だったわけです。階層を分解させる突破口には、最下層の人びとの富を増やすことがあります。インドでは、その階層の分解の兆しが始まっているようです。
もう一つの突破口は、皮革産業になります。インドは革靴の生産が盛んで、世界から需要が寄せられています。ちなみに、フランスで作られる靴が20とするとイタリアが14、フィリピンが4、中国が0.6、そしてインドは0.2の価格でできるのです。皮革が十分にあり、人件費は低コストというメリットが、インドの革靴の人気を高めています。高い人気の皮革産業を牽引するのは、ヒンズー教徒ではなくイスラム教徒なのです。皮革には、「なめし」という工程があります。この工程には、かなり高い技術を必要とします。皮革産業は、良い収入になります。でも、化学の知見となめしに関する技能が必要なのです。この知見や技能が、国家によるライセンスとして承認されるようになりました。ライセンスを取得した人は、今のインドではカーストを超えて技術者の道が開かれるようになってきました。皮革産業の底辺で働く人の上に立って、技術指導を行い、輸出品を生産し、外貨を稼ぐ人材は、インドにとって貴重な存在です。最下層のシュードラの人びとの中にも、このライセンスを取得し、自分より上の階層の人びとを使う立場に変身している人もいるのです。もしこのライセンスを取ったシュードラの人達が、もう一方のIT技術と皮革を結び付けたらどうなるでしょうか。スマホのカメラで体型を撮るだけで、採寸が終了し、そのデータを送ると、オーダーメイドのスーツやワイシャツが送られてくる時代になってきました。スーツだけでなく、スポーツシューズも、オーダーメイドで、大量に作られる時代になったと言われています。スポーツシューズができるならば、革靴でも可能になります。インドの誇るIT技術、豊富な皮革、そして豊富な労働力をシュードラの人びとは持っています。革靴をせめて、フィリピン並みの価格で世界に輸出すれば、この階層の収入は急増していきます。皮革産業が、階層を融解する突破口になるかもしれません。