恐ろしい武器が、開発されました。レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの戦闘員が持っていたポケベルが、一斉に爆発を起こしたのです。爆発は、2024年9月17日でした。この爆発で、約40人が死亡し、3000人規模の負傷者が出たのです。次の日にも、爆発が起きました。18日にはヒズボラ関係者が使っていたとみられるトランシーバーが相次いで爆発したのです。報道機関のロイターは、この爆発がイスラエルの対外特務機関モサドが指揮したと伝えています。またヒズボラは、イスラエルが、特定の通信による遠隔操作で爆発させたとみています。イスラエル側は、この関与について否定も肯定もしていないのです。その後しばらく時間が経過し、一斉に爆発した事件の概要が分かってきました。ポケベル爆弾として今回レバノンに流通したのは、「AR-924」幾種のポケベルでした。ポケベルに組み込まれたのは、ペンスリットと呼ばれる高性能爆薬とみられています。モサドは、ヒズボラに気づかれないように、周到に準備されたようです。ロイターは、レバノン情報筋や爆弾専門家などの話として今回のポケベル爆弾について伝えています。
さらに、ポケベル爆弾の出処やその流れについての情報も出てきています。爆発したポケベルは、ハンガリー企業「BAC」が製造したとされています。この「BAC」は、台湾企業ゴールド・アポロとブランドと使用の契約を結んだことになっています。でも、BAC社は、実体のないペーパーカンパニーだったと米メディアが報じています。いずれにせよ、ヒズボラは今年2月、業者からポケベルを受け取ったことは事実です。ポケベルのバッテリーパツクの内部には、2層になったリチウムイオン電池があります。このリチウムイオン電池に、爆薬の入った薄い正方形のシートが間に挟み込まれていたようです。さらに、隙間には起爆装置と同じ役割がある可燃性の物質も盛り込まれていたとされています。ヒズボラも、ポケベルの安全性を確認しています。ポケベルを受け取った際に、空港のセキユリティーチェックのスキャナーで爆発物の有無を調べています。ただ、イスラエルの方が一枚上だったようです。ポケベル内部に仕込まれていた爆薬と起爆装置はX線で検知できない設計になっていたのです。
悲しいことですが、戦争や紛争による悲劇が日常的に起こるようになりました。おさらいになりますが、紛争という概念は、戦争よりも広いものを指し示します。有名な紛争として、カシミール紛争(インド対パキスタン)やパレスチナ紛争(イスラエル対パスチナ)などがあります。パレスチナ紛争の流れから、今回のポケベル爆弾の惨事が生まれています。通常、国家聞には争いごとがあっても戦争にはなっていないと考えられています。紛争には、①組織的な暴力がー定量の戦死者が出る戦争の状態だけではなく、②暴力の使用の程度がそこまで達しない緊張対立状態も含まれます。たとえば、日本の場合、国境を接する国・地域との紛争が、3つあります。1つは北方領土問題、2つは竹島問題、3つは尖閣諸島問題になります。この中で、尖閣諸島をめぐる日本と中国の対立は、日中間の国際紛争として認識されています。でも、武力紛争や死者が出るような事態にはなっていません。
現在の世界は、残念ながら安全保障環境が厳しさを増やし続けています。東西冷戦が終了した時には、国際法や国際機構で「約束」を守らせることができると考えられてきました。そして、国際協力が、促進されると考えられていたのです。確かに、一時的に国際協力が進み、平和が謳歌される時期もありました。でも。2000年代後半から、国際協調の時代は幕を閉じる状況が生まれてきました。石油や天然ガスの輸出収入をベースにしたロシアの復活で、国際協調の時代は幕を閉じました。そして、2000年代後半から、爆発的な経済成長を背景の中国の台頭で、国際協調の時代は幕を閉じたと見られています。中国は、その国際的な地位に不満を抱いてこの150年強を過ごしてきました。今の世界秩序に不満を持つ国になっています。大きな軍事力を持つ国は、軍事力をむき出しの形で見せつけることをためらわない状況が生まれています。国際システムでは、国家が約束を破ったとしても国内のように罰せられることはありません。国内社会であれば、法律に違反したものは刑事罰をうけることになります。国家が約束を破ったときの罰は、他の国家によってしか与えられないのです。要は、弱い国が約束を破った時には、強国は弱い国を罰することができます。でも、その逆はあり得ない状況が生まれているのです。
戦争の戦略や戦術に対する考えも、変転を繰り返しています。第二次世界大戦や朝鮮戦争は、大規模な地上部隊や戦車戦、爆撃や戦闘機といった物量作戦が重視されました。でも、冷戦後の軍事的作戦は、対テ口作戦や低烈度の安定化作戦が中心になってきました。先進国では、地上部隊の編成をコンパクト化し、装備を軽量化して緊急展開能力を高める戦術が中心になりました。冷戦前に想定されていた多数の戦車で撃ち合うような重火力戦闘はもう起こらないと考えたわけです。ロシアも、チェチェン紛争のような非国家主体の紛争への対処を重視してきました。ロシアも、非国家主体の紛争への対処を重視してきため部隊のコンパクト化を行っていたわけです。でも、皮肉なことが起きます。ロシア・ウクライナ戦争では、「起こらない」と考えられていた重火力戦闘が中心となったのです。コンパクト化を進めてきたロシアは、重火力戦闘に苦戦することとなったのです。一方で、ウクライナを支援する米欧諸国は、重火力戦闘に不可欠な大量の砲弾を供給に苦しんでいる状況が生まれました。ここに北朝鮮の出る場面が生まれました。古典的な重火器兵器を持ち続けた北朝鮮に、ロシアは援助を求めることになったわけです。
余談ですが 9.11のテロが起きた後、全世界の人々に対する無差別監視が始まりました。情報機関によるネット通信の傍受は、ルールを無視して行われています。世界中の人々から通話記録やメールが、無断で補足されているのです。スノーデンの暴露により通信傍受の実態が、明らかにされました。アメリカは、自国の被害には過剰に反応します。9.11テロ以降、その反応が異常になっているといえます。この異常な反応は、アメリカだけでなく、ロシアも中国も、そしてイスラエルも無差別監視や通信の傍受を行っています。今回のヒズボラへのポケベル爆弾は、この情報戦の一環として起きたものでした。スマホによる通信は、傍受されやすいものになっています。それを避けるために、ヒズボラはあえてアナログのポケベルを通信手段にしたわけです。その逆手をイスラエルが取った手段が、ポケベル爆弾でした。蛇足ですが、一時期、アメリカ企業が暗号化のソフトを開発するとき、NASAは企業と協力して、ハードとソフトにセキュリティホールを埋め込みました。IT企業がソフトを開発するとき、NASAは暗号にトラップドアを仕込んだわけです。トラップドアからは、暗号が容易に引きだせるようにしたわけです。セキュリティホールを埋め込む際に、企業が自発的協力する場合と法的命令で協力する場合があります。反骨のIT企業アップルが、FBIの要請を蹴ったことがあります。 FBIがテロ事件で、アップルにアイホンのロック解除を要請したのです。アップルは、それを拒否しました。結局FBIはアップルに頼らず、テロ事件のアイホンのロック解除に成功したと発表しました。このセキュリティを破ったのは、日本サン電子のイスラエル子会社です。イスラエルは徴兵制があるため、軍事技術に精通している起業家が多いのです。この国は兵役で軍とビジネス界を行き来することで、セキュリティ技術が磨かれてきたのです。アップルの鉄壁のセキュリティを破ったのは、旧端末から新端末にデータを移す技術を応用したと考えられています。このような技術を、ヒズボラは恐れて、ポケベルを利用したのです。イスラエルは、その上をいったことになります。
最後になりますが、伝統的な戦争は、主権者が相手国に「宣戦」をしてはじまりました。そして終わるときには、伝統的に戦争は宣戦後に講和条約を結んで、平和の時間が再び訪れるという流れでした。戦争が始めると、物理的な破壊が始まります。軍隊が強化され、軍隊には一定数の健康な男女を従事させることになります。戦争は、社会にとって無視しえない負担となる厄介者です。平和であれば、健康な男女がほかの労働に従事し、農作物や工業製品を生産することになり社会は豊かになります。この伝統的な戦争が、複雑な戦争に変わってきています。重火器だけでなく、情報戦も複雑になりました。相手国の国民に不安を煽る情報も、常時流すことになります。一方で、国民を鼓舞する情報も流します。このような中で、外交が重要性だと言う方がいます。これは、正論もあり間違いでもあります。2021年から、ロシアがウクライナに軍事的圧力をかけ続けました。フランスのマクロン大統領などが、ロシアに首脳外交を展開しました。でも、首脳外交を展開したにもかかわらずロシアは、外交努力を無視する形で戦端を開いたのです。軍事力を実際に行使されると、外交的手段や経済的手段によって破壊を食い止められない状況が続いています。ロシア・ウクライナ戦争は、外交的、経済的手段では、破壊を食い止められないことを示す事例になります。日本の防衛費は、大幅に増額することになりました。戦争や軍事力に関する知識を国民が備えることは、重要になってきています。日本の状況を考えれば、軍事を巡る問題を分析する視点を持つことは極めて大切になるようです。