日本の教育には、悲しい現実があります。2023年度の文部省の調査では、うつ病などの精神疾患で昨年度休職した公立学校の教員は1割余りも増えて6539人と、初めて6000人を上回り過去最多となりました。このほかにも、精神疾患で有給休暇を使って1か月以上休んでいる教員も全体で5653人いて、休職中の教員と合わせると1万2192人に上っています。この休職者数も、過去最高になったという悲しいものでした。文部省の調査でも明確になったことは、精神疾患の休職者で、20代の先生方の数が増えていることでした。たとえば、クラス経営が上手くいかないと、先生方は精神的にも身体的にも落ち込みます。一つの事例では、富山県の公立小で新人2人のクラスが児童の私語などでいずれも授業が成立しなくなったことがあります。最初からクラス運営のノウハウを持つ若い先生は少ないのです。大学から教育現場に入ったばかりの先生は、子ども達を教え、支援することにはなかなか慣れないものです。学校に慣れるまでには、経験豊富な同僚が支える体制が不可欠になります。日本の教育が世界に誇れた時代は、先輩がクラス経営や教科指導のノウハウを陰に陽に教えていたものです。でも、先輩たちも、自分のクラス経営で目一杯の状態になっています。
悲しい現実だけに、目を向けているだけでは解決にはなりません。課題があれば、解決への工夫が求められます。その工夫が、いくつか出てきています。その一つが、教科担任制です。教科担任制は、中学校や高校で実施されていました。そして、2022年度から小学校の5年生と6年生で始まりました。この5年生と6年生で実施している教科担任制が、3年と4年にも広がる見通しとなりました。従来は、1人の教員が国語や算数などほぼ全ての教科を担当していました。3年生と4年生の中学年の教員は、低学年(1年生と2年生)にはない社会や理科、外国語活動なども教える必要があります。ここでは、低学年にはない社会や理科を教える専門性が求められるのです。ある面で、大きな負担が抱えることになります。文科省の狙いは、ほぼ全教科を担当する教員の負担を減らし、授業の質向上を目指すことにあります。教師には、得手不得手があります。ある教師は、不得意な音楽を適切に教えられているかいつも不安だったと話しています。教科専門の担当を置くことで、授業準備の負担を軽くする狙いもあるようです。
良い制度と思われる教科担任制にも、課題があります。中学年(小学3年と小学4年)に教科担任制を導入するためには、教員定数の改善が必要になります。定数の改善には、各自治体や学校で教科担任制が順調に広がるかは見通せないのです。実際、2022年度の小学5年生の教科担任制の実施状況は、理科(62%)や音楽(58%)になっています。さらに、国語(8%)や算数(15%)、体育(22%)などと3割に満たない状況です。取り入れられたといっても、予算の壁に阻まれているわけです。文科省は5年生と6年生への導入に、2022~24年度で定数を計3800人の増加を見込みました。定数の改善には、人件費に充てる財源と人手の確保が壁となるわけです。財源と人手の確保が壁となり各自治体や学校で教科担任制が順調に広がるかは見通せない状況があります。もちろん文科省は、教員定数の改善の概算要求で関連経費を盛り込む決意のようです。教員は、一般公務員よりも「教職調整額」として4%の上乗せ給料をもらっています。この「教職調整額」をもらっているために、残業しても残業代がもらえない仕組みになっています。この「教職調整額」を現状の2.5倍以上となる基本給10%以上とする案などを考えているようです。業務負担の重い学級担任の手当を加算したり、管理職手当を改善したりする工夫もあるようです。
教科担任制の工夫に加えて、「チーム担任制」という発想も出てきています。京都市立岩倉北小学校は、2学年4クラスを4人の教員で「チーム担任制」を導入しています。ここでは、ベテラン教員が異動し20~30代ばかりとなったことを機に、4人でチームを作ったのです。チームのメリットは、児童にとっては理解者が増えることにあります。ある女子児童は、自分のことを知ってくれる先生が増えて学校が楽しいと笑顔で答えています。固定担任制では閉鎖的になりがちな児童と教員の関係も、「チーム担任制」の今は開放的になっています。教員同士で話す機会も増え、足並みがそろっています。教員も互いを補い合うことができ、懸案も1人で抱え込まずに済むメリットが出てきています。チーム担任制は、支え合うことで教員の心理的負担が軽減されています。京都市立岩倉北小学校での「チーム担任制」は、児童や保護者に好評なのです。「チーム担任制」のメリットは、固定担任制では一方向だった教員と児童、保護者との関係に幅が出てきたことのようです。チーム担任制は、休暇も取得しやすくなり、これを2024年度以降も継続すると語っています。
文部科学省によると、チーム担任制と同様の取り組みは各地でも広がりつつあります。教科担当は、状況に合わせてチームで決めることになります。体育や学級活動などは、チーム合同で行うことも多くなりました。運動会の練習では、1年、2年生の約110人が運動の得意な先生の動きに合わせて楽しく踊っていました。若手からすると、チーム制は相談しやすく多くのことが自然に学べるようです。チーム担任制中で、若手教員へのサポートと学校内外の調整を担う新たな職の創設も考えているようです。朝と帰りの会は学期ごとに担当を入れ替え、通知表の評価もチームで会議を開いて判断しています。このチーム担任制では、時短勤務の教員も力を発揮できるようになっています。役割分担が明確になり、得意分野では若手でも力を発揮できるようです。子ども達の立場からは、チーム担任制の導入で、学校が過ごしやすい場所と思う子どもも増えているようです。
悲しい余談になりますが、2022年度において、小学校、中学校、高等学校、そして、特別支援学校を合わせて、2778人の先生が足りない状況があります。先生の欠員が生じている学校は、2092の学校になります。2021年度は、2065人が欠員になり、1591校が先生の足りない状況で、学校運営を行っていたことになります。たとえば、東京都の場合、50の小学校で欠員が生じたにも関わらず、2022年度の始業式を行ったというわけです。50校という数字は、東京都の公立小学校の4%程度になります。でも、東京都では年度初めの欠員が非常に珍しいことで、教育関係者に驚きをもたらしました。欠員の生じた学校では、1人の先生が、2つのクラスを受け持つことになります。また、複数の先生で、先生の数を超えるクラスの授業を行うことになるわけです。当然、授業の質低下に目をつぶることになります。もちろん、病気や出産で休暇に入る教員の代替の確保は、非常に厳しい状況も生まれています。教員が足りないために、学校が回らない「学校崩壊」につながる状況が、日本の教育現場で起きているとも言えます。このような現状を少しでも改善しようと、教科担任制やチーム担任制の導入を試みているわけです。
日本の授業研究のレベルの高さは、国際的に有名でした。自主的研修活動が、日本の教師文化の特徴になっていました。他国に比べ、自主的研修活動にたいする熱心さという点でも群を抜いています。でも、自主的研修活動に陰りが見え始めています。教師の自主的研修活動のポテンシャルが衰弱しつつあるのです。世界の流れは、教えから学びへとシフトが移行しています。知識を詰込む能力から知識を利用する能力へと価値観が変換し始めています。この価値観を教える大学も、従来の姿勢を変えてきています。教育実習は、半年から1年をかけて行う国が欧米諸国には増えています。フィンランドでは、教員専門の大学院を出なければ、教員になれません。諸外国においては、教職に就く前の実践的トレーニングの経験が日本とくらべて圧倒的に多いのです。日本では、現職についてから、本格的な教育実践トレーニングが始まります。この新任の教員の研修は、現場の教師にまかされることが多くなります。新任教員の力量不足や現場の教員の過剰負担が、日本の教育力の低下を招いています。できることなら、余裕をもって教材研究などを行う時間が確保されることが求められます。教科担任制やチーム担任制は、その確保に貢献する可能性があります。