文化やスポーツ活動の楽しさを享受する知恵  アイデア広場 その1682

 悲しいことですが、全国学力テストの分析では、世帯収入が低い家庭の子どもの正答率が20%も低いとの結果がでました。家庭の経済格差が、学力格差を生んでいるのです。貧困な状態が続けば、子ども達は様々なハンディを負い続けることになります。特に、ひとり親の家庭においては、経済的な苦しさから子どもを塾や習い事に出せないことが多くなります。多様な経験を積まないと、子どもの成長や学力の可能性の芽を摘むことになります。米国における研究では、クラフ活動に参加する小学生は、学習に対する意欲を見せることを明らかにしています。音楽のレッスン、ダンスのレッスン、舞台芸術活動、スポーツなどの放課後のクラブに参加が、学習における自主性、学習に対する意欲を見せていました。クラブに参加する小学生は、参加していない者に比べ、より高い注意力、秩序、柔軟性、課題に対する粘り強さ示していたのです。体験の量や質が、子どもの成長を促すことは経験則として知られていました。本がたくさんある家庭で育った子どもが本好きになりやすい。音楽を聴くことや楽器の演奏が好きな家庭で育った子どもは音楽を身近に感じやすい。これらのことは、よく知られていたことです。今回は、貧困と体験格差について考えてみました。そして、貧困にあっても体験格差を克服できる工夫を探りました。

 世帯収入が低い家庭は、母子家庭に多いのです。なぜ、母子家庭は貧しい状況になっていくのでしょうか。離婚しても、二人の親には子どもの扶養義務があります。でも、離婚しても子どもの養育費を払わない父親が非常に多いのです。日本で、養育費を受け取っている母子家庭は、全体の20%程度なのです。養育費を払う割合は、アメリカが70%で日本はわずか20%という数字になります。日本では、養育費を滞納した場合の罰則規定がありません。アメリカでは親権者が養育費を払わない場合、免許証やパスポートを発行しません。自動車社会のアメリカでは、免許証がなければ生活できません。ある面で、強制的に養育費を支払う仕組みができているのです。日本には、この罰則規定がないのです。罰則規定がないために、母子が貧困の中での生活を余儀なくされていく構図が見て取れます。養育費に関しては、海外の取り組みが先をいっています。アメリカやオーストリアなどでは専門機関は、不払い者の勤務先や収入を把握しています。欧米では、不払いの養育費を立て替え、徴収する国もあるのです。日本でも、行政や司法が間に入って、養育費を強制的に回収数する仕組みを作る時期になっているのかもしれません。子どもの養育費を確実に収める仕組みを整備することが、貧困や学力向上、そして体験格差をなくすことに繋がるのかもしれません。

 子どもたちにとって、「食事」や「学習」はもちろん重要な要素です。この他にも、より良い成長を願うのであれば、多種多様な「体験」を子どもに経験させることも大切になります。体験には、様々なスポーツや文化的な活動、休日の旅行や奉仕活動などがあります。日本社会には、「したいと思えば自由にできる(させてもらえる)子どもたち」がいます。一方で、「したいと思ってもできない(させてもらえない)子どもたち」もいるのです。子どもたちにとっての活動の幅とか想像力の幅は、大なり小なり過去の「体験」の影響を受けています。やったことのないスポーツや文化活動を、上手に行ったり楽しむことはなかなかできないものです。大人も子供も、スポーツや文化活動の選択肢の幅は、大なり小なり過去の「体験」の影響を受けています。貧困状態にある子どもたちは、「過去にやってみたことがあること」の幅が狭くなりがちです。幅が狭くなるために、「将来にやってみたいと思うこと」の幅も狭まってしまいがちになります。幅が狭くなると、成長の可能性が阻止される要因になります。「体験格差」の是正は、必要だと言うことは分かっていても、貧困による「食事」や「学習」の格差が前面に出て、「体験格差」後回しになっている実情があります。

 もう少し、貧困の問題の中に入っていきます。母子家庭の貧しさが、厳しい状況になっています。非正社員における母子世帯の就労収入は、200万円未満が全体の86%を占めています。ひとり親世帯の約9割を、日本の母子世帯が占める実態にあるのです。母親だけで、子どもを育てることになり、このことが貧しさの原因になっているわけです。ひとり親世帯等調査では、49.9%が炭水化物だけの食事が増えたと答えています。食事の回数や量が減っただけでなく、20%の世帯はお菓子やおやつを食事の代わりにしています。バランスの取れた食事をしていない実態が、浮かび上がります。この調査では、10%前後の世帯が家賃や水道代、そして電気代などを滞納していることも明らかになっています。これを似たような状況の中で、子ども達の成長を上手に支援した事例があります。それは、1962年から1967年の間、アメリカのミシガン州で行われたペリー就学前プロジェクトになります。このプロジェクトは、この地域に住む低所得者層家庭の3〜4歳児を教育の対象にしました。ペリープロジェクトは、午前中に毎日2時間半ずつ、教室での授業を受けさせるものでした。週一度は教師が各家庭を訪問して、90分間の指導をしたのです。指導方法は、子どもの自発性を大切にする活動を中心とするものでした。教師は、子どもが自分で考え遊びを実践するように仕向けて、毎日それを復習するように促しました。復習は集団で行い、子どもたちに重要な社会的スキルを教えることになりました。指導内容は、子どもの年齢と能力に応じ調整され非認知的特質を育てることに重点を置いています。ここで身に付けた非認知能力は、賃金や就労、労働経験年数、大学進学に良い影響を及ぼしたのです。このプロジェクトの利益の率は、6~10%と米国の好調時の株式配当5.8%より高いとヘックマン氏に言わしめるほどに評価されたわけです。貧困の中でも、やり方によっては、子どもの成長をより良い方向に支援できたという事例になります。

 現在の体験事情に戻ると、保護者の負担が増えていることが分かります。スポーツ少年団などの野球やサッカーのクラブなどをみればわかるように、保護者は子どもを見てもらう立場です。一定の講習料を収め、子どもの運動体験の機会を享受しています。でも、それだけではなく、保護者は、無償で様々な活動をサポートする存在になっています。試合や遠征があれば、車を出して試合会場まで選手を送迎する負担がのしかかります。地域のクラブ活動は保護者にとって、金銭的な負担と時間的負担がセットになっています。ここに、情報の取得という課題が生じてきます。良い地域のクラブはどこになるか、どうすれば加入できるか、順調にスキルやコミュニケーション能力が伸びるのかなどの心配が出てきます。たとえば、地元の有名企業が主催する無料の「仕事体験プログラム」は毎年人気になるものです。無料のイベントには、情報感度の高い人たちの申し込みが集まりやすくなります。人気イベントの枠(定員)は、すぐに埋まってしまう傾向があります。たくさんの情報の中から、自分たちに合う情報や必要な情報を探すのが困難な家庭もあります。枠が埋まるような人気イベントの場合、積極的な広報をしない傾向があります。低所得家庭のもとには、こうした情報がなかなか届かないことが多いのです。地域のボランティアや自治体が提供する無料および安価な「体験」の場には、参加しやすいものです。でも、低所得家庭の子どもは、無料および安価な「体験」の場には、情報取得の有無により参加しにくいことも多いのです。

 余談になりますが、渋谷区は、2023年度に部活動改革のモデル校を定め現在は区立中の半数が地域移行に取り組んでいました。バスケットボール部員27人が、12月の土曜日東京都渋谷区立代々木中学の体育館に集まりました。バスケットボール部員27人が、シュートや試合形式の練習に打ち込みました。メニューや動きの指示を出すのは同校の教員ではなく、競技経験が豊富な外部の指導者2人でした。バスケットボール部所属の中学2年の生徒は「、細かい技術を分かりやすく教えてくれる」と歓迎します。渋谷区担当者も、生徒が専門的な指導が受けられると答えています。渋谷区は、平日も休日も外部人材が各学校を拠点に指導を担っています。渋谷区スポーツ協会が、学校と民間のスポーツクラブなどとの橋渡し役となっているのです。ここでの最大の問題は、指導者の確保なのです。休日は何とか確保できるようです。でも、平日に指導者を確保することは、なかなか難しいという状況があるようです。これは、都市部に限らず、地方都市においてもみられる光景です。部活動の地域移行は、理想です。でも、現実は、指導者確保の問題が大きく横たわっているのです。これには、スポーツ庁も文化庁も困っているようです。

 最後になりますが、幼児に習得させたい基本動作は立つ、乗る、歩く、投げる、走る、跳ぶ、蹴るなどになります。いろいろな動きを経験して、神経回路のバリエーションを脳にたくさん作ることが大切になります。子ども達に小さな達成感を継続的に体験させることで、モチベーションを維持することが望ましいわけです。かつての「楽しい思い出」や「成功体験」が、つらいことに直面したときに心の支えとなることがあります。子どもの頃の成功体験は、心理的耐性を養成します。現在のように、経済格差がある状況では、スポーツ格差も生まれます。その中で、格差を乗り切る個人の力も必要です。個人を強くする学校や地域での対策も、求められます。北欧の福祉施設などでは、老若男女が福祉施設のスペースを有効活用する風景が見られます。それは、いわゆる福祉施設と学校を隣接するデザイン手法です。高齢者と子どもの共用スペースでは、高齢者と児童生徒の活発な活動風景が見られます。このへんに、現在日本で課題になっている部活動の地域移行と体験格差の解消のヒントがあるようです。

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