世界は、トランプ旋風に揺れています。マキャベリの「君主論」の冒頭にあるように、権力者には権力者が求める貢物をしなければなりません。マキャベリ自身は、「君主論」という著作を献上しました。献上するものは、品物でも名誉でも、権力者が求めるものになります。ここには、強者と弱者の生き方の違いが生じます。別の言葉で言えば、権力者という強者の戦いがあれば、弱者には弱者の戦いがあります。強者と弱者では、それぞれに戦い方が違います。弱者の戦略は、自分の持ち味を生かすことができるフィールドを戦場にすることになります。ライバルの少ない場所で、結果を残す知恵が必要になるわけです。例えば、コアラは、オーストラリアに住む愛らしい動物です。このコアラは、ユーカリを独占することで食料を確保しました。ユーカリには青酸カリが含まれているので、他の動物は食料としません。でも、コアラは青酸カリに強い体質を持つことで、広大なユーカリの林を食料資源に変えていったのです。
シジュウカラという小鳥がいます。この鳥は、人間をあまり恐れないという特徴があります。観察しやすい鳥ともいえます。シジュウカラの食べ物は、昆虫の成虫や幼虫、クモなどになります。この鳥は、昆虫が多い年に多くの卵を産むのです。シジュウカラは、自分が食べるものより多くの餌をヒナに食べさせています。幼虫は、大食漢なのです。昆虫の幼虫が一番多く発生するときに、ヒナを産んでいるともいえます。ヒナを十分に育てられる昆虫の発生を予測して、年によって卵の数や産む時期を変えています。つまり、昆虫が大量に発生したり、少なくなる気候の予知能力を持っているともいえます。人間でいえば、情報を的確に把握し、それに応じた対策を立てることができるわけです。厳しい環境を克服した植物や動物には、競争相手に力で勝って、餌場を占有するものもいました。また、強者が見向きもしなかった資源を有効活用して、繁栄するものもいました。人間の企業活動においても、他の企業が敬遠するコスト環境とか、使用基準が厳しいといった条件を克服すれば、競争相手が少ないのでやりやすい環境を獲得できることになります。今回は、強者と弱者の生き方や戦い方を見てみました。
米コーネル大学の研究チームは、遺伝的に同一のマウスを約30匹作成しました。この30匹のマウスと、その母親とともに自然環境を再現した屋外の囲いに入れて飼育したのです。囲いに入れたうえで、約50日間にわたり、オスの行動を調べました。餌や伴侶を得るための競争を繰り広げるオスの行動や健康状態を調べたわけです。餌を多く食べて成長する集団と、反対に餌にありつけないグループに早い段階で分かれました。餌をめぐる戦いに勝ち、体が大きくなると、その後の競争で有利になりました。同じ遺伝子と環境で育ちながら、強者と弱者のグループが現れたのです。大きく育ったマウスは、成長が遅れたライバルに比べて5倍の頻度でメスと遭遇していました。大きく育ったマウスは、広い縄張りを支配したのです。遺伝や環境が同じでも、幼少期にたまたま餌をめぐる戦いに勝つことで、後の成長してからの競争でも有利に戦うことができたわけです。研究チームは、幼少期にたまたま餌をめぐる運の重要性を指摘する研究成果を発表しました。
また、幼少期の戦いにー度は敗れたマウスにも、まだ勝機が残っているという研究もあります。敗者は排除される厳しい世界ですが、様々な生物はあの手この手で競争に挑む姿があります。強い敵に出会っても諦めずに戦うマウスもいるようです。その諦めずに戦うマウスには、「勝者の神経回路」があります。一方では、反対にすぐに降参させる「敗者の神経回」もあります。1匹のマウスの中に、この2つの回路があります。ライバルと正面から戦う代表格のマウスは、闘争心を生む神経回路が活発にはたらいています。勝者の神経回路と敗者の神経回路の2種類の働きがせめぎあい、マウスの行動を決めます。特定の神経細胞に働きかけて敗者の回路の機能を抑えると、2回目の戦いでは勝利を収めていました。この勝利には、理由があります。研究チームはマウスの遺伝子を改変し、敗者の回路の働きに関わる「アセチルコリン」という物質の生産を抑えたのです。「アセチルコリン」を抑えると、細い筒の中で出会った他の強いマウスと諦めずに戦うようになりました。出会った他の強いマウスと諦めずに戦い、相手を外に押し出して勝つようになったわけです。勝者の回路は、アセチルコリンを抑制することにより、ストレスへの耐性を高め、競争での勝利に結びつけたようです。反対に、脳の一部に光を当てる「光遺伝学」の技術を使って敗者の回路(アセチルコリンの分泌を高める)の働きを強めるとあっさり負けました。マウスの脳にある2種類の回路は、餌などをめぐる戦いの勝敗に影響を与えていることが分かりました。研究チームによると人間や魚類も脳にマウスと同じ神経回路を持つとのことです。闘争心を高める状況が求められる場合、このメカニズムを人間も利用できるかもしれません。
自然界では強い生物と餌の種類や生息する場所が重なると、弱い生物が滅びるリスクが高まることが知られています。このリスクを克服している姿が、ミジンコに見られます。このミジンコが、強いグループと弱い集団が同じ池で9年間にわたり共存していました。一般的な知見と異なる生息が、観察されたわけです。ミジンコは、水中でプランクトンとして生活する、微小な甲殻類になります。なぜ、弱いミジンコの集団が淘汰されなかったのでしょうか。その秘密は、耐久性のある休眠卵にありました。東北大学の研究チームは、ライバルとの競争を避けるミジンコの戦略を突き止めました。ミジンコの一部の集団は自らの弱さを悟り、「休眠卵」を作りライバルとの競争を避けていたのです。弱いミジンコは、強いミジンコが,水中に出す物質の量を手掛りに、その増殖を素早く察知していました。強いミジンコが水中に出す物質の量を手掛かりに、秋に多数の休眠卵を産んでいたのです。強いグループは、一時的に生息数を増やし、繁栄したように見えます。でも、休眠卵を作るのが遅れて、多数が魚などに食べられてしまいます。弱いミジンコは、一見すると競争に負けているようですが、実は優位に子孫を残していたのです。ライバルと争いを避け事態が好転するのを待ったうえで、最後にはしたたかに勝利を収める見事な戦略を立てていました。
余談になりますが、生成AIなどの技術による労働への影響を考える場合、その技術が「労動補完型」の技術なのか、「労働置換型」の技術なのか、分けて考える必要があるようです。労働補完型の技術は、人間の労働を補助し、その労働自体を楽にしたり、生産性を上げたり、新しい仕事を生み出すきっかけになるような技術になります。一方「労働置換型」の技術は、文字通り人間の労働を完全に置き換え、人間が介在する余地をなくしてしまう技術になります。第二次産業革命で登場した電気やそれを応用した大量生産技術などは、労働補完型の技術になります。この技術により、当時の雇用は増え、賃金も上昇したという研究結果が出ています。産業革命初期に登場した紡績機、力織機などは、労働置換技術でした。労働置換技術により、スキルを持った労働者が不必要になりました。結果として、技術者が零落し、女性や子どもが過酷な労働に従事するようになりました。織物の技術を持った労働者も、代わりになる仕事を生み出しませんでした。現在は、AIが強者で、人間が弱者の立場にいるのかもしれないという人達もいるようです。
最後になりますが、現在は、産業革命に代表される生産性の向上や利潤の獲得を目的とするものから、生きがいとしての仕事に重心が移っているようです。好きな仕事ならば、遊ぶこと以上に楽しいものです。人に喜ばれることが、自分の喜びと考える人々が増えているのです。稼ぐための仕事や成功のための仕事から、社会から喜ばれる仕事へトレンドが移りつつあるようです。利益率の高いレッドオーシャンから、高い能力を持つ人達が身を引く姿が出てきました。利益は少ないが、ブルーオーシャンで働く姿が出てきたのです。ブルーオーシャンの市場では、個人の好みや趣味にきめ細かく応えなければ、モノもサービスも売れません。相手を理解し、相手が必要とし、喜ぶ情報を意識した製品開発やサービスを作り出していきます。ブルーオーシャンでは、質の高いサービスを求められるケースが増えてきました。そんなお店の雰囲気になじむことで、接客マナーやお客のニーズを把握することも必要になるかもしれません。一般的にビジネスの世界では、自分が目標とする年収の3%を自己投資に充てるとされています。初期の産業革命と電気などの出現の第二次産業に相当する変革が、生成AIの出現によって起ころうとしています。生成AIの技術は、「労動補完型」の要素が高いようです。人間は、強者のAIと弱者である人間の長所を武器として、未来の社会に挑戦することも可能のようです。
