次に予想されるパンデミックに備える アイデア広場 その1616

 新型コロナウイルスのパンデミックに、世界は苦しめられました。このようなウイルスや細菌は、まだまだあるようです。近年パンデミックを起こした感染症は、エボラ出血熱やA型インフルエンザウイルス( H5N1 亜型)、重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(NMRS)、そして新型コロナウイルスなどがあります。哺乳類や鳥類には、未知のウイルスが170万種ほど存在します。170万種ほどのうち63万種が、人に感染する可能性があると推定されているのです。動物と人に感染する病原体によって引き起こされる感染症は、200種類以上が確認されています。あまり知られていないことですが、毎年5つ以上の新たな人獣共通感染症が発生しているのです。新しいウイルスは、次々と発生する状況が生まれています。この種の感染症は、航空機を介して数日のうちに世界各地に拡散し、同時多発的に流行する可能性があります。新たな感染症が出現し、拡散するリスクが飛躍的に増大しているともいえます。パンデミックを未然に防ぐことは、すべての国の利益となります。世界の国々が、パンデミックを起こす可能性のちる病原体を早期に検知して対応する体制の整備の強化が求められています。整備には、リスクのある野生動物の取引規制、検査室からの病原荒出を防ぐための体制の強化、そして個人の努力などがあります。人口増加、森林開発、グローバル化などによって、新たな感染症が出現し、それが急速に広がる環境があります。今後は、より短い周期でパンデミックが起きることが予想されます。もちろん、世界はそれに備えようとしています。2021年の主要7カ国首脳会議(G7サミット)では、次のパンデミックに備える対策を立てました。その対策は、パンデミック発生から,100日以内のワクチン開発を目指す「100日ミッション」の宣言になります。

 人類は、「パンデミックの世紀」に生きているという認識を持つ必要があるようです。でも、小さなほころびから、パンデミックによる大きな被害をもたらすこともあります。そのほころびが、アメリカに見られます。今年、2100人以上のはしかの感染者数を記録して、1992年以来の最大の感染者数になりました。はしかの感染者の大半は、ワクチン未接種者とみられています。アメリカでは、全州の公立学校に通うためには、MMRワクチン接種する必要があります。MMRワクチンは、はしか、風疹・おたふくかぜの3種混合ワクチンになります。興味深いことに、米国ではMMRワクチンの接種を連邦法上で義務化されていません。同時に、全州では医療的理由でワクチン接種を拒否することができるのです。42州と首都のワシントンは、宗教的な理由や個人的な信念を理曲に拒否できます。政党によっても、ワクチンの必要性に違いがあります。子どものはしかなどの予防接種が「とても安全だ」答えた人は、民主党支持者では8割で、共和党支持者では約5割に下がります。政府の対応も、政権が変われば、変わることもあります。

 米国で麻疹の感染者数が年ぶりの高水準に達したことが、4月7日、明らかになりました。中でも、はしかによる死者は10年ぶりの出来事でした。バート・ケネディ・ジュニア米厚生長官は、4月6日はしかに感染し死亡した8歳の少女の遺族と面会したのです。ケネディ米厚生長官は、ワクチン懐疑派として知られています。その面会後に、ケネディ氏は,「はしかの感染を防ぐ最も効果的なのはMMRだ」と発表しました。ところが、4月9日に米CBSのテレビのインタビューで、「舌の根の乾かぬ内」に、ケネディ氏は、「ワクチン効果は急速に弱るため、何をしてもはしか感染は起こる」とその発言しました。政権内部にはワクチンについてのメジセージが混在し、混乱につながっている面もあるようです。ケネディ氏は、ワクチンの安全性や効果を議論する諮問委員会のメンバー全員を解任しました。ワクチンの有効性を判断する委員会がない中での発言でした。強い批判を受ける場面も、起きているようです。

 新型コロナウイルス感染症に使われているワクチンと治療薬は、ほぼアメリカ企業の開発品でした。感染初期においては、中国やロシアもコロナワクチンの開発が注目を浴びました。でも、これらの国のワクチンが評価を下げる中で、ファイザーやモデルナのコロナワクチンの実用化は目を見張るほどの速さで進行していきました。この理由は、アメリカではリアルタイムでコロナ症例データが手軽に入手できることにありました。コロナのデータを公開し、開発プロセスの透明性を徹底していたのです。その透明性が、信頼性につながり、臨床試験(治験)を進めるスピードを加速した経緯があります。もちろん、これらの製薬会社は世界中から利益を上げました。一方で、困ったことも起きているのです。ケネディ氏が厚生長官に就任して以来、ワクチンの需要が減るとの見方が支配的になりました。結果として、モデルナ株は過去1年間に7割も下落、メルク株は35%安、ファイザー株も8%安になったのです。ところが、ここでまた一波乱です。ケネディ氏は、気管支系疾病を起こすウイルスのワクチン接種対象の推奨年齢を引き下げたのです。この発言で注目されたのが、このワクチンを生産する製薬大手モデルナになります。このワクチンを生産するモデルナの製品には、需要が拡大するとの期待感が株高を起こしたのです。モデルナの株価は、前日比8%高とS&P500種株価指数の採用銘柄の中でも最大の上昇率を記録しました。モデルの株価上昇は、ケネディ氏の発言が影響したものでした、多くの製薬株は、「ワクチン懐疑派」として知られるケネディ氏に翻弄されています。米国では、ワクチンの効果や安全性についての議論が政治問題になっています。でも、ワクチンの安全性や有効性を助言する委員会はないのです。

 コロナでは、各国の感染者数や死亡者数に違いがありました。たとえば、2020年3~5月の最初の流行では、米国で10万人以上、英国では5万人以上の死亡者が報告されています。同時期、日本の同時期のコロナの死亡者数は900人程度でした。日本が、他の先進国に比べ、感染者数や死亡者数も少ない傾向があります。その感染者の特徴を見ていくと、小児の感染重症者は少なかった一方で、感染者の多くは成人、重症者のほとんどは高齢者という特徴がありました。この傾向は、世界的に見られたものでした。過去のパンデミックを見ると、小児が流行の中心で、重症者・死亡者も小児が多い傾向もありました。1918年に発生したスペイン風邪では、重症者や死亡者の多くが 20~30代でした。これからのパンデミックに備える場合、若い世代で重症例が多くなることも想定する必要がでてきます。健康であった人たちの多くに、人工呼吸器などを使った集中治療を必要とする事態が起きます。集中治療の事態が起きると、優先順位の決定など医療現場では難しい対応を迫られます。もちろん、医療現場だけでなく、一般の市民も優先順位の仕組みを理解しておくことが求められます。「人の命は地球より重い」なという理想は、通じない状況が生まれます。若い人たちの間で重症例が多発した場合に、社会機能をどう維持してしくかは、大きな課題になります。

 余談ですが、米国ではワクチン懐擬派が勢いを増しているとのことです。皮肉にも、懐疑派の勢いを増している地域で感染症が増えているのです。全米各州の中でも、テキサス州が感染の中心的地域として浮上しています。テキサス州では、1月以降750件を超えるはしか感染例が確認されています。特に、テキサス州内北部のワクチン接種率が低い地域で感染が拡大いるのです。これらの地域には、ワタチンを接種しなくても子どもは安全に免疫を得られると考えている保護者がいるのです。はしか患者の子どもと自分の子どもを一緒に遊ばせて、自然にはしかに感染させることをしています。これらの保護者は、ワクチン懐擬派の人達です。はしかに感染した子ども達を遊ぶことは、「はしかパーティ」とも言われています。この「はしかパーティ」は、今に始まったことではありません。ワクチンが普及していなかった時代に、免疫をつけるためにやっていた人も多いとされています。自然免疫法は、いろいろな場面で使われているものです。でも、ワクチンの疾病予防効果が世界的に認められて、「はしかパーティ」は鳴りを潜めていました。公衆衛生当局は「はしかパーティ」は危険なので絶対に参加しないように州民に訴えていました。ここに来て、一部共和党や宗教的信念から、一部ワクチン接種を公に拒否する人が増加し、堂々と「はしかパーティ」などのイベントを開く人も増えている米国の状況が生まれてきています。

 最後になりますが、今回のパンデミックは、製薬業界の戦略に大きな影響を与えました。今まで薬の開発は、有機化学をベースに行われてきたのです。今回のワクチン開発では、有機化学をベースにした創薬から、新しい開発の手法がとられました。新しい手法では、たんぱく質や核酸、mRNAなどを使う新しい領域を開拓しました。アメリカ企業は、この開発速度を上げることに多くの力を注ぎました。アメリカの行政府も、この流れを支援しました。パンデミックで、審査当局は官僚的なプロセスを大胆に省きました。審査当局は、科学の実態に合った速さを容認したのです。アメリカ食品医薬品局(FDA)は、通常3年かかる手続きを大胆に省いて、ワクチン開発を支援しました。企業の要求は、即座に受け入れられたのです。アメリカ市場は、より速い開発に邁進しました。行政は求めに応じて、先に薬を開発した企業が報われる市場を作ったともいえます。でも、第2次トランプ政権は、ワクチン開発や予想されるパンデミックに消極的な面があります。このような消極姿勢から、次々起きてくる小さな感染症が、人類の脅威となるパンデミックにならないようにしたいものです。

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