第2次世界大戦後は、石油が経済成長の大きな役割を果たしました。また、石油の奪い合いから、大きな戦争に発展することもありました。時には、石油を武器として使うケースもありました。現在、石油に代わるものは、情報になりました。情報の量や質が、世界経済に大きな影響を与える要因になっています。特に、海底ケーブルは、かつて主流だった衛星に代わり国際通信のほとんどを占めるようになってきました。国際通信を支えるインフラが、海底ケーブルになります。インターネットなどの通信やデータをやりとりするためには、海底に敷設された光ファイバーケーブルが威力を発揮しています。海底ケーブルは、世界で約500本あり、総延長は約150万kmにも及んでいます。これは、社会経済活動に欠かせないインフラで「情報の大動脈」と呼ばれています。高速で大容量の通信ができることから、国際通信のほとんどを占めるようになりました。さらに、生成AI (人工知能)など新技術の普及で通信量が増え、需要が拡大する一方です。経済活動や情報のやり取りを妨害する手段として、海底ケーブルが有事は真っ先に標的となる可能性が出てきています。現在のところ、安全保護に直結するが防御対策は手探りの状態です。故意に切断されても、海底の犯罪は証拠が残りにくく、海底のパトロールには限界があります。そんな状況の中で、中国の大学が、ケーブル切断装置の特許を出願するなど不穏な動きもあります。核を持つ国が、核の使用をほのめかすような脅威にもなってきています。
海底ケーブルから情報を盗聴するケースは、以前から行われていました。20世紀初頭、世界の海底ケーブルは36万kmに達し、その大部分をイギリスが所有していました。この海底ケーブルを使って、イギリスは情報通信において独占的優位を確立していました。イギリスには、海底ケーブルから盗聴する技術の蓄積があります。NASAはイギリスの通信本部と協力して、海底の光ファイバーケーブルに盗聴器を仕掛けていました。この通信本部が収集していたのは、グーグルやヤフーの国際センターを結ぶケーブルからです。光ファイバーケーブルは、大手通信会社が共同で運営管理しています。通信本部は、イギリスのファイバーケーブルの上陸地点に盗聴基地を設けました。そこでケーブルへの侵入と情報収集、そして分析を行っていたのです。冷戦時代、海底ケーブルを使った面白い傍受方法もありました。冷戦中、アメリカは潜水艦の音が遠くまで広がる深海の層を発見しました。深海の層を発見と時を同じくして、通信用のケーブルを応用して「SOSUS(音響監視システム)」を開発したのです。SOSUS用の海底ケーブルと音響センサーが、海底の要路にひそかに設置されたのです。しばらくの間、ソ連の潜水艦の行動は、丸裸になりました。ソ連もやがて自国の潜水艦の動向が、アメリカによって監視されていることに気が付きます。その監視区域を避けて、航行するようになりました。
スノーデンの暴露により、スパイの役割や通信傍受が、客観的なレベルで話し合うことができるようになりました。NASAは宇宙開発だけでなく、全世界のインターネットや携帯電話の情報を盗み取る役割もあるようです。この機関の役割は、全世界の無線、マイクロ波、衛星などの情報通信を傍受しています。IT企業が暗号化のソフトを開発するときに、NASAは暗号ソフトにトラップドアを仕込むことも行いました。開発業者やIT企業と協力して、この機関はハードとソフトにセキュリティホールを埋め込むことも行っています。セキュリティホールを埋め込む際に、業者が自発的に行う場合と法的命令で協力する場合があったようです。道義的問題に発展しましたが、米国は同盟国の情報も盗み取っている事実も明らかになりました。現在の課題はネットへの侵入だけではなく、大量のデータを読み込み、読み込んだデータをどのように分析できるかになっています。全世界に飛び交うデータの流れに侵入することは容易なのですが、その大量のデータを実際に読み解くことは別の次元の課題になります。その良い例が、 9.11テロになります。9.11テロでは、通信傍受には成功していました。でも、情報量が多く、適切に分析できなかったことが問題だったのです。
現在の通信傍受の課題は、ネットへの侵入だけではありません。大量のデータを読み込み、それをどう分析するかになっています。暗号化されたデータを、1時間に200万件を解読し、分析することは困難になりつつありました。課題は、スマートホン利用者の急増です。スマートホンの暗号が高度化し、解読に手間取ることに直面していることです。暗号は、破られないためにあるわけですが、破られることが多くなっています。それには、理由があります。現在主流の暗号は、コンピュータが素因数分解の問題を解くことに時間がかかることを利用しています。問題を解くとき、速く解ける方法がなければ安全だという考え方を、『計算量的安全性』といいます。安全であることを数学的には証明ができないが、速く解ける方法がないから安全だとしてきたわけです。暗号や暗号解読法は、計算能力の高いツールが利用されるようになれば、解読可能な範囲が広がり、解読速度も高まります。計算量的安全性は、計算技術の進歩と共に、破られる運命にあります。計算技術は、スーパーコンピュータなどの利用で急速に進んでいます。通信傍受でのもう一つの課題は、語学になります。たとえば、イスラエルは、ユダヤ教の国です。イスラム教の国々に囲まれています。パレスチナ問題もあり、常に戦争状態にあります。その中にあって、情報こそが、国を守る砦になるわけです。アラブ各国の情報を、常に収集分析しています。特に、欧米諸国が注目しているのは、アラビア語の情報収集とその分析能力です。欧米、そして日本もアラビア語に習熟した専門家が少ないのです。そのために、テロへの対策が、後手になることが多いのです。でも、イスラエルはアラビア語に習熟した専門家が多数存在します。
通信の傍受とその分析、そして語学の課題を解決するツールが現れています。それは、生成AIになります。ChatGPTが象徴的ですが、大規模言語モデルには従来にない対話型の人間とのコミュニケーションを実現する能力があります。高度なコミュニケーション能力は、傍受と分析、そして語学の問題を解決する可能性を秘めています。この言語モデルが登場し、AIと会話を通して情報を収集することが可能になりました。この言語モデルは、4つの要素から成り立っています。1つは、「教師あり学習」です。「教師あり学習」は、人間が正解データをつくり、そのデータをもとに学習する手法です。2つ目は、「教師なし学習」です。2つ目は機械がデータのなかから自動的に特徴を発見し、グルーピングなどを行う手法です。3つ目は「強化学習」です「強化学習」は、機械が自律的に環境を探索して得た経験データを学習する手法です。強化学習は、経験データとタスクの成功信号である報酬から意思決定則を学習する手法になります。最後は「自己教師あり学習」です。このデータは、人間が作成したものではありません。「自己教師」は、教師データも機械が自動的につくり、その正解データから学習を行うのです。生成AIから出力(良い答え)を得るためのものは、人間が入力する指示文(プロンプト)になります。同じ回答を要求する場合でも、プロンプトを工夫するだけで出力がまったく違ってくるのです。たとえば、プロンプトに「大学教授」の用語を入れたことで、出力される内容がより詳細になります。
今まで、言語モデルは一般的に論理的や数学的なタスクが苦手と言われていました。でも、なぜかモデルサイズを大きくすると、ある段階で能力が開花します。モデルサイズを大きくすると能力が開花して、今までできなかったことが突然できるようになるのです。論理的や数学的なタスクに対して、流ちょうに正確に応えるようになったのです。言語モデルが良い性能を出すには、大量のデータセットで、長時間学習するという単純なことで課題を乗り越えられたのです。このことが、『計算量的安全性』の壁を乗り越える可能性を秘めています。以前において、人工知能研究はいかに賢いアルゴリズムを開発するかに力を入れていました。でもAI研究の最前線は、「いかに賢いアルゴリズムを設計するか」から「いかにお金をかけられるか」という問題に変わってしまったのです。言語モデルに関して、スーパーコンピュータ、クラウドの使用などの計算資源が重要になります。長時間学習するという単純さには、難しい理論もスマートなアルゴリズムの設計もないようです。投入できるこれらのリソースによって、最終的に出来上がる言語モデルの性能が決まるわけです。データセットの準備にしても、学習にしても、お金がかかります。この資金調達の課題が、現代直面していることになります。
最後になりますが、これからの世界ではITとサイバーセキュリティの人材が必要不可欠になります。日本の子ども達には、情報の取捨選択やそのツールを操るスキルが求められるようになります。これからの世界で生き抜くためには、データリテラシーが必要になります。現代社会には、多くの情報が流れています。情報を収集し、その情報を取捨選択する能力を高めることが、国家の課題になっています。データを処理し分析し、データから価値を引き出すことのできる人材が求められているともいえます。そのヒントが、アメリカにあります。アメリカでは、国土安全保障省でサイバーセキュリティの女性幹部がGoogleに移籍して活躍しています。オバマ政権では、Googleなどの幹部が政府の戦略部門の責任者になっています。サイバーセキュリティの構築と運用には、高度な知識と技術が必要になります。その高度な技術は、官と民間の往復をしながら高めていくわけです。大量の攻撃に対応するサイバー防衛の人材は、日本で不足しています。軍事や安全保障といった分野に絡むために、国家を挙げて導入する動きが世界でも急速に進んでいます。これらの人材は、官民の交流が頻繁に行われる中で、技術を高め、そのキャリアが評価される仕組みを構築することが望まれています。ある意味、プロンプトを工夫し、生成AIから上手に新しい情報を引き出す人材が、これから求められているのかもしれません。