人類の本源的幸福感は、腹一杯の食欲を満たすことでした。有史以来、人類は飢えと戦ってきました。20世紀の初期まで、飢えでなくなる人も多かったのです。たとえば、カナダの中部の大草原地帯のアルバータ、サスカチュワン、マニトバの三州では、ウクライナ語を話す人たちが5%ほどいます。ウクライナは、もともとヨーロッパの穀倉といわれるほどの肥沃な土地でした。ところが1922年に、ウクライナをふくむロシアで大飢餓がはじまったのです。1922年のウクライナは、悲惨をきわめました。ウクライナ人は、大挙してカナダに移住したのです。カナダにおけるウクライナ人は、もちろん当時の移民の子孫になります。ちなみに、人びとの食べる満足感は、報酬回路の刺激から生じます。美味しいものは、脳内のドーパミン報酬回路を刺激し、幸せな気分にしてくれるのです。砂糖と動物性脂肪の多い食べ物は、報酬回路を刺激するために、やみつきになりやすいのです。砂糖をより美味しくするものに、塩があります。でも、過度の塩分の摂取は、胃がんとの関連が指摘されています。日本人の塩分摂取は多く、胃がんの原因ともいわれてきました。一方、塩分の利用は、人びとにとって掛け替えのないものでした。
日本人は、塩分を取り過ぎていると言われて久しくなります。2019年の国民健康・栄養調査によると、20歳以上の1日当たりの食塩摂取量は10.1gになります。この食塩摂取量の10.1gは、世界保健機構(WHO)が掲げる推奨量(5.0g)と比べると2倍以上になります。心疾患とガンによる病気が、日本人の課題になっています。心疾患に導く前段階に、高血圧症があります。最大血圧が140以上の場合、または最小血圧が90以上の場合は、高血圧症とされています。塩分の取り過ぎが、この高血圧の要因の1つとされています。塩辛いものを食べると、一時的に血圧が上昇します。血中のナトリウムイオン濃度が高まり、それを薄めようとして血液中の水分量が増えます。水分量増えると血管内圧が高まり、心臓はより大きな力で血液を押し出すことになるわけです。これが、血圧の高くなる理由です。でも、腎機能に問題がなければ血圧はじきに下がっていきます。腎機能が普通に働けば、増えたナトリウムイオンは、水分とともに腎臓から排出される仕組みを人間は持っています。ただ、日常的に高塩分食を摂り続けていると、血中のナトリウムイオン濃度が下がりきらない状態になります。ナトリウムイオンが下がらない状態になると、腎臓で水分が再吸収されて、体内に残ることになります。血液の水分量が増えた状態が維持されてしまい、血圧が高い状態が続くことになります。
血圧が高い状態が続く高血圧の方は、血管を痛め、心血管疾患や脳血管疾患を引き起こしやすくなるとされています。でも、塩分は食べ物を美味しくします。塩味は、日本の食文化に欠かせないものです。美味しい食文化に慣れたた人々は、簡単には、その習慣を変えることができないようです。特に、若い時分から濃い塩味に慣らされた人々の嗜好を変えることは難しいとされています。心血管疾患に悪いとされる塩分摂取の興味深い調査が、福島県と秋田県の比較にあります。この両県は、塩分摂取のベスト5に入っています。普通であれば、両県ともに、心血管疾患の多い県にランクされるはずです。予想通り、福島の女性の心血管疾患が、全国で1番になりました。では、秋田の女性はどうかというと、全国で低いランクになるのです。塩分を取っても、心血管疾患にならない「秋田小町」の対策に注目が集まります。そのヒントは、海藻になります。それは、アカモクという海藻の摂取量にあったのです。昆布やワカメは人気のある海藻ですが、アカモクは地方で細々と食べられてきた海藻です。この海藻の特徴は、カリウムの含有量が多いことなで知られています。カリウムには、尿を排出する機能があります。そして、カリウムには、塩分を排出する機能もあるのです。尿を排出する時に、カリウムと同じ量の塩分(ナトリウム)を排出するわけです。塩分の排出の仕組みを理解し、その排出をできる知恵とスキルを「秋田女性」のように持ちたいものです。
アカモクは、他の藻類の成長や漁船の操業の妨げになるとして敬遠されてきた。また、スクリューに絡まるなど、海の「厄介者」との烙印が推されていました。ところが、このアカモクが近年、秋田だけでなく全国的に評価されるようになりつつあるのです。海の厄介者を、地域資源として活用しようという取り組みが静岡市で始まりました。アカモクに含まれる免疫力を高めるとされる「フコイダン」をはじめ、豊な栄養分が注目され始めています。ここに注目し、株式会社GOLD BLUEは、アカモクを使った健康食品などを開発・販売しています。塩製造のあらしお(静岡市) は、「アカモク入りのあらしお」を、発売した。この塩には、地元でとれたアカモクの粉末を混ぜてあります。また、とろろ汁で知られる丁子屋は、さつま揚げ「しずまえ揚げ」を売り出しました。このさつま揚げには、自然薯やムカゴ、アカモクを材料にして作られています。また、鳥取県でも、取り組みが始まっています。鳥取県立境港総合技術高(境港市)の生徒が、アカモク入りのうどん作りに挑戦しています。参加した生徒は、低塩が高血圧予防に役立つといった話を聞いて、挑戦に踏み切ったようです。アカモクによる低塩作用に加えて、フコイダンによるぬめりにより、通常のうどん作りに必要な塩水を使わずにコシのある麺を作れる利点がうまれたとのことです。生徒たちは、アカモクを生地に練り込み、「のどごしの良い」うどんに仕上げました。
静岡市清水区の漁業協同組合の由比地区でも、サクラエビの記録的不漁が影を落とす中で、アカモクに注目していました。この漁協では、「サクラエビ」に代わるものを探していたわけです。幸いなことに、静岡市の沿岸部に豊富に存在することが分かりました。この地区のアカモクは沿岸部に生育し、付着するゴミが少なく、加工しやすい特徴がありました。2020年の海水浴場水質調査では、アカモクのある用宗海岸は最も水質が良い「AA」でした。食品加工のおいしい産業(静岡市)は、アカモクの養殖について研究を続けています。アカモクは、2~3月の1~2週間しかとれず、冷凍したり乾燥させたりして保存することになります。工夫を重ね、収穫や加工の流れなどを綿密に打ち合わせ、2020年3月に初めて約5トンを収穫した。GOLD BLUEは、2021年はさらに多く10数トンから20数トンに収穫増やしたようです。不安定な漁獲に頭を悩ませる地元の漁業者も、将来の名物に期待を寄せています。また、アカモクを活用しようという動きは全国各地にあるようです。
余談ですが、サクラエビの不漁から、アカモクに注目していた由比港漁業協同組合に嬉しい異変が起きました。2023年4月5日、静岡市清水区の由比漁港でサクラエビの初競りが行われました。初日の水揚げは、大井川港と合わせて、昨年の44倍超の計約40トンになったのです。由比港漁業協同組合長は、「初日にこんなに並んだ記憶はない」と驚きの声を上げていました。このサクラエビの豊漁が、自然発生的に起きたわけではありません。例年、春と秋に実施されるサクラエビ漁は、記録的な不漁が続いてきたのです。そこで、静岡県漁業協同組合連合会は、資源保護の対策を取りました。船主らでつくる静岡県桜えび漁業組合は、操業の一部を自主規制することもおこないました。さらに、静岡県の駿河湾での主漁場の一部では、漁を禁止したこともありました。漁を制限し、保護区に設定するなどして、資源保護策を実施してきた結果の豊漁というわけです。経済的に貧しい場合は、目先の利益が優先され、持続性を無視して捕獲してしまう傾向があります。乱獲をやめれば良いことは分かっていても、獲らなければ生活が成り立たないという事情もあります。この葛藤を乗り越えて、豊漁という成果を手に入れたわけです。資源を保護し、そして育てることにより、豊漁を勝ち取った事例が近年いくつか報告されています。アカモクの育成が軌道に乗れば、より安定した海の幸を収穫することができるようになるようです。
最後になりますが、有用な資源の利用が広がる流れができつつあります。静岡県立大の山口正義教授が、アカモク抽出物に骨の形成促進や壊れを抑制する作用があることを発見しました。この発見を、だし製造のマルハチ村松(静岡県焼津市)は、見逃しませんでした。この企業は、機能性素材の開発や販売を強化したのです。新素材を研究する専門部署を立ち上げ、製造装置も導入し、新たな収益源の柱に育てています。新たな分野は、競走馬になりました。競走馬には、骨の異常などの課題を抱えていることが分かりました。競走馬の骨折は、調教中やレース中に発生することがあり、前肢に特に多く見られます。山口大学獣医学部の佐々木直樹教授の協力を受け、馬についても骨の修復作用があるサプリメントの開発を行ったのです。アカモクは、ミネラルを豊富に含み、骨の再生を促進する効果があることが分かりました。競走馬用サプリ「オステライズ」は、海藻のアカモクからエキスを抽出したものです。成長した馬には1日9グラム、子馬には5グラムを餌に振りかけて与えるのです。JRAの報告によると、レース中の骨折は全体の約2%、調教中の骨折は約0.1%です. 最近では、重篤な骨折の発生が減少傾向にあることも報告されています。少なくなった原因が、アカモクのサプリメントならば楽しいことになります。馬に効果があるならば、高齢者の骨折にも効果があるかもしれません。高齢者の骨折は、社会問題になっています。このサプリメントで抑制されれば、大きなビジネスチャンスになります。