AIは仕事を奪うのか。この問いについて、これまで様々な予測がなされてきた。GPT-4は、公認会計士など米国の主要な4つの会計関連資格試験の合格ラインを上回っています。このような流れから、米国では事務や法務といったホワイトカラーの仕事を中心に、25%が自動化されうると分析する企業もあるようです。様々な分析や予測がなされてきたのですが、実際の影響を計測した研究は極めて限られていました。でも、最近になり、いくつかの実証研究が発表され始めました。8月に発表された米国を対象にした研究では、実際にAIによって職が減少していることが明らかになしました。企業が生成AIを本格的に導入し始めた時期を境に、若手社員の職が減少しているのです。若手社員の減少の大半は、離職や解雇ではなく、採用の減少によるものでした。AIによる職の減少は、20歳代の若手社員に集中しているのです。2023年ごろから、AI導入の影響を受ける企業ほど、生成AIが普及し始めました。この頃から、加速度的に20歳代の職が大きく減少しているのです。20歳代の職の減少は、プログラマーだけではなく、顧客対応、営業、マーケティング職など、幅広い職種で確認されています。一方、同じ企業内でも、40歳代以上にはAIの影響がないのです。
米国の職の減少とは反対に、日本では人手不足が経済の足を引っ張っています。その救いの神が、外国人労働者になります。数年前、飛島建設は兵庫県西宮市のマンション建設を行いました。その現場の光景で、日本人の監督者とベトナム人の作業員は、翻訳機を使い互いに母国語でやり取りしていました。飛島建設の現場では、翻訳ソフトと連動させた端末をベトナム人作業員に持たせているのです。この工事現場では、片目用ディスプレーとタブレット端末でやりとりしています。日本語をベトナム語に訳して、画面に表示し、双方向で意思疎通しているわけです。このタブレッドには、建設業の専門用語に対応した翻訳エンジンも搭載されています。多く業界で、外国人作業員との意思疎通が共通した課題になっています。海外から働きに来る人たちにとって、日本語は最も難しい言語になります。そのような中で、人工知能(AI)の翻訳の精度が、飛躍的に高まってきています。このツールを使用して、この言語の壁を乗り越えれば、日本での労働には適応力が容易についてきます。言語の壁さえ乗り越えれば、即戦力として人材を活用できるわけです。
米国の論文では、AIにより自動化される職業で若年層の職が減少することが明らかになりました。この若手社員の減少を細かく見ると、興味深い傾向が浮かびあがりました。AIは60点の人を85点に引き上げるが、既に85点の人にはあまり影響を与えないのです。具体的には、スキルを持っているベテランは、AIを導入しても、今まで通り生産性が高いレベルで維持されます。でも60点の新人は、AIを導入することにより、早くベテランの85点のレベルになるのです。コールセンターにAIを導入した研究では、熟練者の生産性に変化がありませんでした。熟練者の生産性に変化はないのですが、初心者ほど大きな改善が見られたという結果でした。この結果は、米国の大手戦略コンサルティグ企業でも確認されています。さらに、日本のタクシー乗務員、米国のフリーライターなどを対象にした実験でも確認されました。AI導入による生産性の上昇の恩恵は、低スキルの労働者に顕著に現れていました。
仕事や語学の課題を解決するツールが、現れています。それが、生成AIになります。ChatGPTが象徴的ですが、大規模言語モデルには従来にない対話型の人間とのコミュニケーションを実現する能力があります。この言語モデルが登場し、AIと会話を通して情報を収集することが可能になりました。この言語モデルは、4つの要素から成り立っています。1つは、「教師あり学習」です。「教師あり学習」は、人間が正解データをつくり、そのデータをもとに学習する手法です。2つ目は、「教師なし学習」です。これは機械がデータのなかから自動的に特徴を発見し、グルーピングなどを行う手法です。3つ目は「強化学習」です。「強化学習」は、機械が自律的に環境を探索して得た経験データを学習する手法です。強化学習は、経験データとタスクの成功信号である報酬から意思決定則を学習する手法になります。最後は「自己教師あり学習」ですが、人間が作成したものではありません。「自己教師」は、教師データも機械が自動的につくり、その正解データから学習を行います。この学習は、24時間休みなく続けることができます。AIは、疲れないのです。この言語モデル生成AIから出力を得るためには、適切な「プロンプト」を提示します。人間が入力する指示文は、「プロンプト」と呼ばれています。同じ回答を要求する場合でも、プロンプトを工夫するだけで出力がまったく違ってくるのです。たとえば、現在の画像生成AIは、文章で「こんな絵の画像を生成してほしい」と指示すると、指示の希望通りにプロ顔負けのイラストや本物の写真と見分けのつかない画像を生成します。プロンプトに「ゴッホや写楽」の用語を入れれば、出力される内容がより詳細になります。
スキルの低い労働者に企業がAIを導入した場合、企業組織やその運営にどう影響するのかを知りたくなります。需要予測やマニュアル確認などは、AIが60点を85点にしてくれます。これは、AIの導入ですべての労働者が85点のベテランの能力を発揮するようになります。仕事にばらつきがなくなることは、企業の事業が高いレベルで安定することになります。AIで皆が85点になり成果のばらつきが減るならば、職の給与体系や管理方法も変わることになります。AIの導入は、単に関連部門の技術的な変化ではないようです。低スキルの労働者へのAIの影響は、採用と人的資本投資に及びます。この導入は、人事や戦略を含めた経営戦略全体に及ぶことになります。採用や人事では、AIが代替不可能なスキルを持つ人材の採用を強化することになります。社内教育では、AIが代替不可能なスキルを訓練することに重点がおかれるようになります。
余談になりますが、これからの世界ではITとサイバーセキュリティの人材が必要不可欠になります。日本の子ども達には、情報の取捨選択やそのツールを操るスキルが求められるようになります。これからの世界で生き抜くためには、データリテラシーが必要になります。現代社会には、多くの情報が流れています。情報を収集し、その情報を取捨選択する能力を高めることが、国家や企業の課題になっています。データを処理し分析し、データから価値を引き出すことのできる人材が求められているともいえます。この処理や分析が、Chat GPTなどの言語モデルによって容易になりつつあるのです。今まで、言語モデルは一般的に論理的や数学的なタスクが苦手と言われていました。でも、なぜかモデルサイズを大きくすると、ある段階で能力が開花します。能力が開花して、今までできなかったことが突然できるようになるのです。論理的や数学的なタスクに対して、流ちょうに正確に応えるようになったのです。言語モデルが良い性能を出すには、大量のデータセットで、長時間学習するという単純なことで課題を乗り越えられるのです。このことが、『計算量的安全性』の壁を乗り越える可能性を秘めています。これは、暗号の解読が速くなることを意味します。以前において、人工知能研究はいかに賢いアルゴリズムを開発するかに力を入れていました。でもAI研究の最前線は、「いかに賢いアルゴリズムを設計するか」から「いかにお金をかけられるか」とう問題に変わってしまったのです。言語モデルに関して、スーパーコンピュータ、クラウドの使用の計算資源が重要になります。長時間学習するという単純さには、難しい理論もスマートなアルゴリズムの設計もいらないようです。投入できるこれらのリソースによって、最終的に出来上がる言語モデルの性能が決まるわけです。データセットの準備にしても、学習にしても、お金がかかります。この資金調達が、現代直面している課題のようです。
最後になりますが、文科省は2023年7月に、小中高校での生成AIの扱い方に関して指針を作成しました。文部科学省は生成AIについて、開発指針が定める利用規約などに基づいて使うよう求めています。一方、現実の使用状況は、進んでいます。「小学生白書2023」によると、小学生の9.8%が、学校で生成AIを使ったことがありました。文科省は2024年度、生成AIの扱い方 の先進的な取り組みをするパイロット校を66校指定しています。教員が使って見せることで、教材とする分には問題ないと指摘していきしています。リスクに対応できる準備が整った学校から、活用することを薦めているわけです。日本の学校でも、生成AIを安全に使うための取り組みが始まっているのです。プロンプトを上手に、提示することができれば、生成AIは、休まずに学習を続け、求めるものを提示してくれます。ある意味、プロンプトを工夫し、生成AIから上手に新しい情報を引き出す人材が、これから求められているのかもしれません。
