生成AIの出現によって、大きな影響を受けやすい人々が出てきました。それらは、エンジニアや研究者、そして高度なスキルを持ったなど人達に影響を与えています。たとえば、中国では画像生成AIの活用により、イラストレーターの報酬が10分の1になっています。高学歴で高いスキルを身につけた人たちは、高い報酬を得ていました。この報酬の高い職業ほど、AIの影響を受ける状況が生まれています。賃金が高い職業であるほど、生成AIによる自動化の影響を受ける流れが出てきています。最終的な結論として、全職業の8割がなんらかの影響を受けるとされます。そして、その8割の中の特に2割は、労働の半分がAIに完全に置き施えられるとされています。その中で、いわゆるブルーカラーと呼ばれる職種がAIの影響を受けにくされています。AIの影響を受けにくいとされる職業は、ほとんどが手足を動かす肉体労働を行うものです。影響を受けやすいとされる職業は、高度な判断力や創造的な思考が必要とされるホワイカラーと呼ばれる職種です。もっとも、本当に習得に時間がかかる高度なスキルが必要とされる職業に関してはその限りではないという説もあります。今回は、生成AIの影響を受けにくい理由が、なぜブルーカラーやホワイトカラーの一部にあるのかを探ってみました。
日本の羽田空港は、「世界で最も清潔な空港」に2年連続で選ばれました。この羽田空港では、1日約500人のブルーカラーとされる清掃員が働いています。世界屈指の美しさを支えている清掃員は、羽田空港の清掃は面白い仕事ですと言っています。清掃員の方は、「職人」という誇りを持って仕事をしています。羽田空港には、毎日違うお客様が来て、そこでひとときを過ごします。どうしたら気持ちよく過ごしてもらえるか、考えて、清掃を工夫しています。工夫したことがお客様に伝わったときには、本当やりがいを感じますと話します。この空港の清掃には、やるべき多くのことがあります。彼らは、やるべきことのひとつクリアできたら、次の新しいことを覚えたいという欲求が生まれます。覚えたいのに、「言われたことだけやっていればいい」という答えには不満が出てきます。同じ作業ばかりで、新しいことに進めないことには不満を持つようです。「世界で最も清潔な空港」は、清掃員の方が新しいことへ進むモチベーションを大切にした結果のようでした。
一言で清掃と言っても、現場ごとに細かく、たくさん覚えることがあります。空港では、清掃の品質を評価するチェックシートがあります。チェックシートにはエリアごとに床から天井まで、細かくチェクの項目が決められています。清掃員が引いているカートには、何種類もの洗剤や薬品が入いっています。その洗剤や薬品は、床、ガラス、壁、鏡、衛生陶器などの材質に合わせて全部使い分けているのです。清掃員は、最初にそういう細かい作業のひとつひとつを先輩に教えてもらいます。彼らは、人の作業を見たり聞いたたりしながら覚えていくこともします。覚えたその上で、清掃員は自分なりの工夫をしていきます。どうしたらより早く、安全にできるかを考えて、自分なりの手順をまとめていくのです。自分なりの手順をまとめて、それをクリアするのが本当に楽しいと言います。この清掃員の作業を見ていると、世阿弥の「守破離」を連想します。「守」とは、忠実に型を学ぶことになります。柔道も剣道も型をまず練習し、基礎を身につけます。次の「破」は、基本に加え自分の強みを生かしていくことになります。さらに発展し、「離」の段階になって独自の技を完成させる段階という境地にいたります。自分を高めていく姿勢が、美しい空港を作り上げているのかもしれません。
さらに、清掃の進化が続きます。羽田空港のターミナルのロビーをよく見ると、見ると細かい黒いゴミが落ちています。この黒いゴムのかけらは、キャリーケースの車輪のゴムです。キャリーケースは、旅行に使われます。1年中毎日、旅行する人は少ないものです。普通の旅行者は、しばらく押し入れにあったものを使うことが普通です。その間に、ゴムが劣化して、車輪が割れてしまうのです。この種類のゴミは、キャリースが普及してなかった20年前にはありませんでした。時代によって、ゴミの種類も変わっていきます。さらに、時代によって求められるものが出てきます。空港にも、合理性と美観が求められるようになります。羽田空港も、新ターミナルになって床がつやのある材質に変わりました。このつやのある材質には、短所もあります。床にヒールマーク(黒い線のような靴の擦り跡)が、見えやすくなったのです。このマークを消すためには、床を磨くための電動ポリッシャーの使いかたをマスターしなければなりません。床を磨くためには、スチームクリーナーや高圧洗浄機を使えないといけない場合もあります。清掃にも、効率化と「美観」が求められる時代になっているのです。この時代の要請に、清掃員の方も応えるスキルを磨くようになります。
余談になりますが、きれいにするのが楽しいという心理状態を保つにはどうすれば良いのでしょうか。楽しいとかやる気にする仕組みは、動機の面から研究されています。動機は、外的動機と内的動機に分けて理解されます。「外的動機づけは、成績が良かったら、『小遣いを上げますよ』とか、『ゲームソフトを買ってあげますよ』などというものです。内的動機づけは、報酬など関係なしに、常に喜んで勉強や家の仕事に取り組むようになることになります。心理学の分野では、外的動機づけから内的動機づけに高めて行くモデルが提示されるようになりました。それを簡単に図式化すると、外的調整→取り入れ的調整→同一化調整→統合的調整→内的調整→内的動機づけというモデルになります。外的調整は、『先生がうるさく言うから勉強する』というような外的刺激が中心になります。取り入れ的調整は、『不安だから勉強する』などの外的刺激ではなく、個人の内面から出てきているものになります。同一化調整は、自分にとって重要だから勉強する段階で、勉強することに喜びを感じる段階になります。統合的調整は、勉強することに価値があることだと感じ、勉強に喜びを見いだす段階といえます。内的調整は、内的動機づけの最終段階になります。常に喜んで取り組むようになる段階です。もちろん報酬など関係なく、勉強すること自体が楽しい、知ることが楽しいという感情が優先する段階です。ブルーカラーの仕事にも、この内的動機による行動があれば、合理性と美的感覚を両立させることができるようです。
最後になりますが、以前、オズボーン教授は、AIやロボットなどで自動化されるとの予測を発表して、世界に衝撃を与えました。この自動化に関しては、「手先の器用さ」「創造性」「コミニニケーション力」などの社会的知性を挙げてありました。でも現在にいたっても、AIやロボットには「手先の器用さ」「創造性」「コミュニケーション力」などの社会的知性が十分でないことが分かっています。AIやロボット工学の進歩も、人間の指の熟練したレベルの器用さがこれらの機械では再現できない状況があります。建設現場では多くの作業を自動化できると予測されていましたが、コストの壁に阻まれています。作業を自動化できるロボットは、現時点ではまだ非常に高価なものです。コストの壁により、今後10年は労働市場を大きく脅かさない可能性があります。機械学習やロボット技術がさらに発展しても、代替されにくいロウコストの「人間にしかできない仕事」が存在しています。AIにとっては、人間が特に何も考えず筒単にこなしているとが、実は難しいことがわかりました。ものを探して持ってくる、スキップすることなどは、人間が簡単にできることです。服をたたむ、食べものを箸つまむ、散らかった部屋での移動などは、AIにとっては大変困難な作業になります。生成AIの登場後、AIの影響を受けにくい職業とはまさにこのような能力を必要とする作業にあるようです。
