AIや進化した生成AIは、人間の仕事を奪うのかという問いについて、これまで様々な予測がなされてきました。そして、予測だけでなく、生成AIの影響の姿が見えるようになりつつあります。最新の言語モデルであるGPF4は、司法試験や医師国家試験に合格できるレベルに達しています。プログラミングについてもグーグルのコーディングテストをパスできるレベルになりました。AIの影響は、エンジニアや研究者、そしてデザイナーなどに現れ始めているようです。中国では、画像生成AIの活用により、イラストレータの報酬が10分の1になっています。この影響を受けやすいとされる職業は、高度な判断力や創造的な思考が必要とされるものになるようです。さらに、高学歴で高いスキルを身につけた賃金が高い職業に強く及ぶことになります。現在の予想としては、全職業の8割がなんらかの影響を受け、この8割の中の2割が、AIに完全に置き換えられることのようです。一方、AIの影響を受けにくいとされる職業は、ブルーカラーと呼ばれる職種になります。この影響を受けにくい職業は、手足を動かす肉体労働を行うものなのです。もっとも、本当に習得に時間がかかる高度なスキルが必要とされる職業に関してはその限りではないという説が有力です。今回は、AIの得意な分野と不得意な分野、そしてAIを賢く使う工夫について考えてみました。
米国の論文では、AIにより自動化される職業で若年層の職が減少することが明らかになりました。この若手社員の減少を細かく見ると、興味深い傾向が浮かびあがりました。AIは60点の人を85点に引き上げるのですが、既に85点の人にはあまり影響を与えないのです。具体的には、スキルを持っているベテランは、AIを導入しても、今まで通り生産性が高いレベルで維持されます。でも60点の新人は、AIを導入することにより、早くベテランの85点のレベルになるのです。コールセンターにAIを導入した研究では、熟練者の生産性に変化がありませんでした。熟練者の生産性に変化はないのですが、初心者ほど大きな改善が見られたという結果でした。この結果は、米国の大手戦略コンサルティグ企業でも確認されています。さらに、日本のタクシー乗務員、米国のフリーライターなどを対象にした実験でも確認されています。AI導入による生産性の上昇の恩恵は、低スキルの労働者に顕著に現れていたのです。このような知見を得た企業は、新人教育にAIを使うようになりました。ある企業は、今年から、AIを使った営業の模擬演習を新人教育に導入しました。新人の教育は、ベテランが一定の時間をかけて、基礎を教えることから始まります。でも、現場の業務が増えて、新人の教育まで手が回らない実情もありました。AIの導入は、現場の負担を軽減しながら、学びと実践の効率を上げる試みでした。AI模擬演習では仮想現実(VR)ゴーグルをかぶり、目の前の顧客に困りごとを聞きながら商談を進める形式もあります。間違った言い方や消極性は指摘され、点数が示されます。AI演習の結果については、上司が適時アドバイスすることになります。ゴーグルは約10カ月貸与され、いろいろなシナリオで練習を積みこむようになるようです。
AIや生成AIの出現は、新しい産業革命にたとえられます。英国で始まった蒸気機関による最初の産業革命は、人類の産業の発展という観点で見ると、大きな恩恵をもたらしました。でも、産業革命初期では、紡績と織布のスキルを待った手工業の労働者が不必要になりました。そして、不必要になった労働者が就ける代わりの仕事も生み出しませんでした。産業革命初期に登場した紡績機や力織機などは労働置換技術であったとされています。労働置換型の技術とは、人間の労働を完全に機械に置き換え、人間が介在する余地をなくす技術になります。次の第二次産業革命で登場した電気や石油を応用した大量生産技術は、労働補完型の技術になります。この労働補完型の技術とは、生産を上げ、新しい仕事を生み出すきっかけになるような技術になります。この技術は、人間の労働を補助し、その労働自体を楽にしたりする技術になります。第二次産業革命は、実際に当時の雇用者を増やし、賃金も上昇させる成果を上げました。
第二次産業革命の次に登場したのが、インターネットでした。インターネットが普及し始めた頃、米国企業の多くが組織階層をフラットにしました。米国企業の多くは組織階層をフラットにし、高所得のマネジャーを減らしてプレイヤーに転換していきました。結果として、マネジャーを減らして、プレイヤーに転換し、生産性を向上させ飛躍を遂げていきます。プレイヤーの中でも、専門性の高い知識労働者は、セットアップを立ち上げていきます。専門性の高い知識労働者は、技術開発や製品やサービスへの利用を考案していきます。さらに進化したAIや生成AIが登場することにより、新たなモデルの発展とその利用が進むことで、新たな成長機会を生み出すことは歴史が暗示しているようです。そこで、AIの長所と短所に関心が集まります。AIが得意なことは、大量のデータから学習できることです。一方、AIが苦手なことは、データが少なく学習が困難な業務になります。AIモデルへの開発投資は、初期段階の爆発的成長フェーズから、次のフェーズに移行すると考えられています。その次のフェーズは、ニーズの高度化に伴い高い水準での持続的成長局面への移行になると予測されます。
それでは、今回のAIや生成AIの新しい局面に対して、企業やそこで働く個人はどのように対処すれば良いのでしょうか。あまり考えずにできた仕事は、どんどんなくなることが確実視されています。企画書や議事録の作成、プログラミングなどは、生成AIが代替してくれるようになります。ある企業は、新入社員教育でAIを使った営業の模擬演習を始めました。でも、この企業では、新入社員のプログラミング研修で、Alの利用をあえて禁止しているのです。この禁止には矛盾を感じますが、ある面で合理的な研修になります。将来、企業の多くは、自律的に作業をこなす複数のAIエージェントを開発することになります。この開発プロジェクトチームは、自律的に作業をこなす複数のAIエージェントをマネジメントすることになります。そして、それを行うのは人間になります。自律的に作業をこなす複数のAIエージェントを、マネジメントするのは人間というわけです。その人間がAIを使用しないで、プログラミングするスキルを研修するのです。批判的に物事を見ることや論理的な思考など、普遍的で深いスキルが一段と重要になります。従来の新人教育は、下積みを経験してから、ベテランの域に到達するというものでした。現在は、下積みの期間がなくなり、一段上の役割を担うようになります。その分、学ぶべきことも高度になり、量も増えるということになるようです。
余談ですが、仕事や語学の課題を解決するツールが、現れています。それが、生成AIになります。ChatGPTが象徴的ですが、大規模言語モデルには従来にない対話型の人間とのコミュニケーションを実現する能力があります。この言語モデルが登場し、AIと会話を通して情報を収集することが可能になりました。この言語モデルは、4つの要素から成り立っています。1つは、「教師あり学習」です。「教師あり学習」は、人間が正解データをつくり、そのデータをもとに学習する手法です。2つ目は、「教師なし学習」です。これは機械がデータのなかから自動的に特徴を発見し、グルーピングなどを行う手法です。3つ目は「強化学習」です。「強化学習」は、機械が自律的に環境を探索して得た経験データを学習する手法です。強化学習は、経験データとタスクの成功信号である報酬から意思決定則を学習する手法になります。最後は「自己教師あり学習」ですが、これは人間が作成したものではありません。「自己教師」は、教師データも機械が自動的につくり、その正解データから学習を行います。この学習は、24時間休みなく続けることができます。AIは、疲れないのです。この言語モデル生成AIから出力を得るためには、適切な「プロンプト」を提示します。人間が入力する指示文は、「プロンプト」と呼ばれています。同じ回答を要求する場合でも、プロンプトを工夫するだけで出力がまったく違ってくるのです。たとえば、現在の画像生成AIは、文章で「こんな絵の画像を生成してほしい」と指示すると、指示の希望通りにプロ顔負けのイラストや本物の写真と見分けのつかない画像を生成します。プロンプトに「ゴッホや写楽」の用語を入れれば、出力される内容がより詳細になります。
最後になりますが、生成AIは、労働補完型の技術になります。生成AIを上手に使うことにより、既存の労働をより生産的に、より快適で質が高いものにできるという説が多くなりつつあります。労働補完型の生成AIに、人が介在する余地が残るかどうかは、その仕事の元々の複雑さによります。仕事が一定以上複雑な場合、生成AIを投入して効率を上げるのは人間ということです。AIがつくり上げるプログラムを検証し、正しいかどうか見極める目を持つ人材は常に必要になります。つまり、技術自体をコントロールする人材や最終的な出力の責任を持って選択する人材を養成することが必要なのです。システム設計の基盤技術を理解することは必須で、AIの知識に加え倫理観も欠かせません。これからの新人教育は、AIに使われるのではなく、AI自在に操ることのできる人材を育てることになるようです。
