近年は、虐待により亡くなった子どもについて、詳細な報道がされるようになりました。詳細な報道により、虐待がその時だけでなく、将来にわたって負の影響を与えることも分かってきました。その負の影響の一つに、少年鑑別所や少年院に収容があります。これらの施設に収容されている少年少女の過半数は、保護者から虐待を受けて育っていることが明らかになってきました。虐待していた養育者は相談相手がいない、誰にも相談せずに子育てをしていた弱い立場の保護者でした。社会から孤立した家庭の中で、社会的弱者によって虐待が行われていたのです。虐待を保護者や養育者の個性と特性に還元するだけでは、解決の糸口を見出すことはできません。母性を強調するだけでは、養育者を追い詰めるだけになります。子どもを社会全体で育てるという視点がないと、虐待を減らしていくことはできないことが分かってきました。そこで、今回は社会的弱者が、安定した生活や豊かな生活を手に入れる仕組みを考えてみました。
児童虐待の報道や児童虐待関心を持つ精神科医や心理士の増加により、その後の支援の在り方もより具体的になってきています。たとえば、少年院に収容される少年少女には、知的障害を持つ子どもが多いのです。2018年の少年院への新規収容者のうち、高校に通っていない少年が66.2%を占めています。この中には、知能の低い子もいます。知能指数の低い受刑者には、親が子どもの障害を認めないというケースも多いのです。乳幼児の時点で障害を認めていれば、生活に困らない仕組みが日本にはあります。特別支援教育は、障害者を対象にしたものです。特別支援学校に通う子ども達は、丁寧に社会のルールを教えられ、非行に走ることは非常に少ないという実績があります。問題は、親の都合で障害を認めたがらない子ども達が、犯罪を繰り返していることなのです。親に障害を否定された子どもは、犯罪を繰り返すごとに刑は重くなり、長期受刑者になるケースが増えます。悪循環が繰り返されているわけです。全受刑者の20%が知的障害者で、知能指数69以下の軽度知的障害者であるとされています。このサイクルを断ち切る仕掛けをつくれば、日本の少ない犯罪は、より少なくなるということになります。
余談になりますが、テレビの視聴と「うつ」の相関関係の研究調査が、ブラジルの成人6万人以上を対象に行われました。その調査の結果、1日5時間を超える視聴と「うつ」になるリスクとりあいだに相関性があることが分かりました。でも、テレビと「うつ」の相関関係の研究結果は、テレビ自体に問題があることの証明とはならなかったのです。テレビの視聴と「うつ」の調査結果には、相関関係と因果関係の問題があります。失業中の人は、平均以上にテレビを見る傾向があります。失業の人で外出できない人の幸福度は、健康な人や仕事のある人と比べると低かったのです。テレビは、お金がかからず、絶え間なく変化し、何時間も気晴らしができるツールです。彼らは、満たされない生活をテレビ視聴で紛らわせようとします。でも、一日中テレビを見ることで孤立し、いっそう気分が落ち込むことになりました。このことが、「うつ」につながることになります。ブラジルの調査で、もう一つ面白いケースがありました。この実験では、うつになるリスクが高いというグループがもう一つあったのです。それは、うつになるリスクの高いグループは1日のテレビ視聴時間が1時間に満たない人たちでした。これらの人達は、貧しくて仕事が忙しすぎるためにゆっくりテレビを見る暇がなかったのです。彼らがうつになるリスクが高い理由は、視聴時間が短いせいというよりも、自由時間のないことに起因していたのです。そして、日常の極度のストレスに起因していたともいえます。
ブラジル調査から見えてくることは、犯罪を繰り返す受刑者のより良い処方箋は、生活の安定という点にあることなのです。生活基盤を失った高齢者や知的障害者にとって、刑務所は衣食住や病気には困らない施設になります。福祉が停滞し刑務所が充実すると、高齢者や障害者の流入が加速されていきます。住む場所がなく仕事もない場合、刑務所の居心地が良いところになります。刑務所は、ある面で介護施設の趣を示すようになってきたのかもしれません。もちろん、法務省も改善に努めてきました。少年院も、この悪循環を断ち切る努力をしてきました。少年院の悩みは、出院後の受け入れ先が容易に見つからないことです。高卒や大学卒の資格があれば、就職も容易になります。でも、この資格が取れないのです。少年院は従来、高校卒業程度認定試験(旧大検)の指導に力を入れてきた経緯があります。でも、大検に合格しても、経済的事情などで大学に進学する少年は少ないのです。大学を卒業しなければ、最終学歴は「中卒」のままとなり、就職などで不利になります。法務省は、高卒資格取得の支援が必要だと判断するようになります。少年院への新規収容者のうち、高卒は5.5%と非常に少ない実情があります。その対策は、広域通信制高校のカリキュラムを少年院の希望者に受けさせることでした。少年院を出て離れた場所で生活を始めても、在学を継続しやすいメリットがあると考えたわけです。少し遠回りですが、確実に生活のできる技能を身に付けることが、悪循環から離れることができるようになるわけです。
法務省は、さらなる試みを行っています。法務省は、2021年度からは厚労省などと連携して、高齢受刑者の対策を始めています。犯罪を繰り返す背景には、高齢受刑者が周囲から孤立している状況があるとみられています。孤立を避けて、社会生活に溶け込む支援を構築しようとしています。法務省は、逮捕や裁判の段階から高齢の容疑者や被告人と面会する取り組みを始めています。そこでは、釈放後や執行猶予判決後の生活の希望などを聞く取り組みも行っています。出所後に、住まいの確保や福祉サービスを円滑に受けられるようにしてもいます。本人の意向も踏まえた福祉的な観点からの支援を充実させ、再犯防止につなげたいとの趣旨です。福祉サービスを円滑に受けられるように、個別に支援計画を作り、再犯防止に努めようとしています。各都道府県には「地域生活定着支援センター」が設置されています。この役割は、就労支援、職場への定着支援及び福祉サービスの利用支援等の面での連携を強化し、更生保護施設、自立準備ホーム、住込み就労が可能な協力雇用主、福祉施設、公営住宅等の居場所の確保に努めることにあります。この地域生活定着支援センターで個別に支援計画を作り、再犯防止に努めているというわけです。法務省は、この支援をさらに充実させていきたいとしているようです。もちろん、高齢者の再犯防止だけでなく、少年の再犯防止にも工夫を凝らしているようです。
ここでは、本来の少年に対象を絞ります。再犯を繰り返す全受刑者の20%の方が知的障害者で、知能指数69以下の軽度知的障害者であるとされています。この方たちの生活を安定させる仕組みを考えるわけです。その一つに、福農連携があります。ある試算によると、障害者が地方で自立した生活を送るためには最低月11万円は必要になります。そこで、鹿児島のあるリーダーは試行錯誤を重ねながら、この稼ぐ仕組みを作り出したのです。障害者年金は、7万円程度になります。そして、障害者が働いて4万円を、獲得出来る仕組みを作ったわけです。障害者の自立を支援する職員には、20万の給料が国から入ってきます。この職員が自分の給料20万円を、5人の障害者に4万円ずつ分けると11万円になります。そして、職員と5人の障害者が一緒になって20万円を稼げばよいと考えたのです。このリーダー兼の職員と障害者5人の6人がワンチームとなって、農業で一緒に月20万円の収益を目指していく仕組みを作り出しました。さらに、6人のチームで、20万円以上稼ぐ仕組みも開発しているようです。1年間の総時間は、24時間×365日の計算で8760時間になります。働く人の生活時間は、睡眠などの生理的時間が8時間、労働時間が8時間、余暇時間が8時間という3区分法が成立するようです。労働時間は、2080時間になります。それに対して、余暇時間は、約3000時聞になります。1つの技能を伸ばすための時間は、1000時間といわれています。この1000時間を、障害者の方のスキル向上や開発に取り組む時間にします。スキルが上がれば、給料は上がります。新しいスキルが身に付けば、職場に必要な人材として認めらます。生活の安定と社会的認知を獲得できるようになります。収入を確保した上で、生活や学習を充実させていくことが望ましいわけです。収入が確保できる仕組み、生活を安定させる仕組み、学習をいつでもどこでもできる仕組みがそろえば、悪循環に陥っている高齢者も少年も犯罪を繰り返すことが少なくなります。
最後になりますが、児童虐待について、マスメデイアは虐待した養育者を非人間的な人物として描きがちです。虐待していた養育者は相談相手がいない、誰にも相談せずに子育てをしていた社会的弱者でした。社会から孤立した家庭の中で、社会的弱者によって虐待が起こっていることが少なくないのです。貧困は、多くの場合家庭を地域から孤立させることになります。母性を強調するだけでは、養育者を追い詰めるだけになります。大多数の非行少年少女は、過酷な家庭環境で生育しています。少年鑑別所や少年院に収容されている少年少女の過半数は、虐待を受けて育っています。もし、その家庭に経済的余裕があれば、虐待は亡くなるかもしれません。犯罪を減らすためには、子どもを育てることが社会の責任であるという意識を持つことも必要のようです。そんな社会を実現したいものです。