以前、日本企業は、半導体事業で世界最先端を走っていました。でも、現在は遅れを取っています。これまで、経済産業省は「日の丸半導体」の復活にこだわり続けました。その栄光を追って、経済産業省は国内メーカーの再編統合や共同開発の音頭をとってきました。でも、多くが不調に終わりました。経済産業省は日の丸の呪縛から脱して、外資の誘致に軸足を変えた事業が台湾積体電路製造(TSMC)の誘致でした。TSMCは、先端半導体の量産技術で世界の先頭を走る企業になります。このTSMCが、熊本県菊陽町に工場を建設しました。約1兆円を投じて量産拠点をつくりつつあります。新工場を運営するのはTSMCの子会社「JASM (Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)で、ソニーなどもマイナー出資しています。日本の半導体が衰えた原因は、経営の速度が世界の標準から遅れていたためです。世界最先端の企業を近くで直視し、世界の即断即決の経営を学習することになりました。そして、もう一つの風が吹いています。世界最先端の頭脳を日本に誘致するチャンスが訪れているのです。工場に1兆円を補助できるのであれば、頭脳にも1兆円の投資をしてほしいものです。もしできれば、日本の科学技術の再生が実現するかもしれません。今回は、世界の頭脳を獲得するアイデアを述べてみます。
アメリカが、優秀な頭脳を獲得した時期は、第2次大戦の前からトランプ政権の前まででした。最初の時期は、ユダヤ人迫害やファシズム政治を嫌った学者たちがが、欧州から米国へ移住しました。米国政府は、多額の政府資金で支援したために科学技術や学術が急速に発展した経緯があります。ITや航空・宇宙、医療など先端産業が育ち、経済の繁栄や圧倒的な防衛力につながったわけです。大戦後も、外国の頭脳を受け入れる政策を行ってきました。米商務省によると、研究開発(R&D)は2021年に米国内総生産(GDP)の2.3%を占めています。GDP が、23.7兆ドルですから、日本円にして80兆円の研究開発費を使っていることになります。研究開発は、豊富な資金を使って、アメリカの大学と随時外国から入ってくる研究者によって成果を上げてきた経過があります。この流れに、トランプ政権はくさびを打ち始めました。この政権は、大学がリベラル派の牙城であり、外国籍の研究者は必要ないと考えたようです。
トランプ政権は、学術や科学への圧力を強め、大学や研究機関への助成を停止したり減額を始めています。この政権が、無駄と考えている研究分野を攻撃します。その無駄とされる研究活動費の凍結が行われ、無駄とされる分野で大規模な人員削減を進められています。たとえば、米国立衛生研究所の予算が30億ドル (450億円)も減っています。これは、前年同期比で6割減ったことになります。政権は、エイズウイルスの研究活動費も凍結しました。さらに、新型コロタウイルスに関するあらゆる研究活動費を凍結した。現在、気象データを集計・分析する米海洋大気局でも大幅な人員削減が進んでいます。トランプ政権は、NASAが請負業者と結ぶ契約を大量に解除しました。このような締め付けは、研究活動が活発な米国の大学にも波及しています。学生や職員採用の多様性プログラムや反ユダヤ主義への対応を口実に、大学に介入を始めたのです。介入し、従わない学者らを締めつける振る舞いは、ナチスや中国の文化革命を想起します。従わない大学には、研究助成金を大幅に減額する処置がなされています。この影響で、米ハーバード大学は教職員の新規採用を中止しています。ペンシルバニア大学も、大学院生の受け入れ枠を縮小しました。
トランプ政権はあらゆる権限を駆使し、自らの主義主張を強要することを行っています。このような流れの中で、気候変動や宇宙、健康・医療分野などで予算の削減が進んでいます。予算の削減が進む現場に嫌気がさした研究者が、海外に渡る事例が増え始めているのです。英科学誌ネイチャーは3月、米研究者1600人以上を対象に調査を実施しました。すると、米国を離れることを検討している割合は75%に上ったのです。この流れは、優秀な研究者の招致をめざしてきた国や地域にとっては、チャンスの到来になります。さっそく、フォンダアティエン欧州委員長は、米国などの研究者の欧州移住を後押しすると表明しました。欧州委員長は、米国など域外の研究者を招くために5億ユーロ(約820億円)を投じると表明しています。EUの研究者誘致は、人工知能や脱炭素など理系の専門家が中心となる可能性があります。
トランプ政権の失策が、研究者の受け入れを希望する国にはチャンスということも起こり得るようです。2025年2月、米国移民当局がハーバード大学に勤務するロシア国籍の医学研究者を拘束しました。ロシア国籍の医学研究者が、税関への申告漏れをしました。これが理由で、ビザの取り消しになったのです。申告漏れの処分は通常、罰金や品物の没収に限られている処置になります。この処分は、厳しい処分になります。このロシア国籍の医学研究者は、過去にウクライナ戦争への抗議活動に参加したことがあります。それが、トランプ政権とロシアの蜜月に水を差す行為に移ったようです。また、米移民当局が、タフツ大学に在籍するトルコ国籍の大学院生を拘束する事件がありました。これは、反ユダヤ行動を取ったと言う理由で、ビザの取り消しになったようです。これ以降、留学生の言動やSNSへの投稿を巡り、学生査証(ビザ) が取り消される事態が相次いでいるのです。留学生に限らず、トランプ政権の強硬な移民政策も、頭脳流出を加速させる要因になっているようです。2021年時点で、博士号を持つ米科学者やエンジニアのうちの43%が、外国生まれでした。ある意味で、アメリカは外国籍の研究者によって、国の繁栄を維持してきたとも言えます。その外国籍の研究者を排除しようとしているわけです。外国籍の研究者は、カナダや欧州など、共同研究者や家族がいる国を候補して移住を考えているようです。
余談になりますが、アメリカにも研究者を守ろうとする人たちは多いのです。ノーベル賞受賞者を含む約2000人の学者が攻撃を止めるよう声明を出した。彼らは、科学や学術の進歩には、様々な考え方が不可欠と考えています。学術や科学への圧力が続けば、アメリカの繁栄の基盤が崩れてしまうと危機感を持っています。米産業界からも反対の声が上がっています。グーグル元CEOのエリック・シュミット氏は、「科学への攻撃」と指摘しています。メタの研究幹部も、学術や科学への圧力を、「魔女狩り」と反発しています。でも、これらの声は、今の政権を動かすまでにはいたっていません。政権に批判的な科学者や研究者は、一時的避難を求めている方とアメリカと末永く距離を置こうとするグループに分かれるようです。共和党政権から民主党政権になるまで、研究の拠点を他国に移す人たちがいます。もう一つは、強権的な大統領を2度にわたって選ぶアメリカの風土は、安定的な研究には向かいないと、他国に永住を考える人々の存在です。優秀な研究者を受け入れる国には、この2つのグループの長所や短所があることを理解することになります。たとえば、量子コンピュータの例を取って見ます。量子コンピュータは、量子力学の原理を応用して高速計算を実現するものです。新薬開発につながる化学物質の組み合わせの計算に、威力を発揮するのです。量子コンピュータの活用で先行するのは、アメリカ企業です。グーグルは、人工知能への応用を狙って自前の量子コンコンピュータの開発を急いでいます。IBMもククラウドを通じて自社製品を公開し、日本の化学メーカーや独ダイムラーといったユーザー企業などと研究を進めています。量子コンピュータは、世界の研究の流れに合致しています。内容には、これからのブレイクスルーをもたらすものも含んでいます。量子コンピュータの開発を、移住した研究者と日本の研究者で長期間にわたって行うことになれば、ハッピーです。また、アメリカの民主主義が回復し帰国した場合でも、国をつなぐ研究ができれば、これもまたハッピーです。グーグルとNTTが共同でさらに、量子コンピュータの開発を進めることができれば、両国の関係はより親密になります。
最後になりますが、トップクラスの研究者は、家族同伴で移動します。単身赴任のような、家族バラバラの招聘には応じないようです。その家族の一員である子弟の教育が、大切になります。優秀な人材が安心して働ける子息の教育環境は、国際バカロレア級の学校の存在です。国際バカロレア機構が認めた学校を卒業した生徒は、世界の有名大学に入学ができます。高い研究能力を持つ高度人材は、子どもが自分と同じ境遇で学問や研究に挑戦してもらいたいと望んでいます。そのためにも、国際バカロレア級レベルの学校の存在が望ましいのです。日本の大学や企業が米国の頭脳を受け入れる場合、研究施設や資金だけでなく、家族、特に子弟の教育環境の整備も併せて整えることが求められるようです。
余談の余談になりますが、日本のコメは美味しいことで世界的に有名です。この美味しさには、農家の方の努力もありますが、イネのゲノム研究の成果もあるのです。このゲノム研究には、700億円のお金がかかりました。このお金を出した団体が、日本競馬協会です。私たちが、デープインパクトに夢中に賭けている間に、その上前が稲穂の国のお米の品質向上に貢献していたわけです。今回は、外国人研究者を育てるために多くのお金を提供していただければ、望外の幸せです。