継続的に国の富と国民の能力を向上させる仕組み  アイデア広場 その1521

 優秀な人材は、課題に応じたアイデアを作り出すことができるようです。昔から、アイデアの重要性は認識されていました。アイデアに関しては、それがひらめく場所として有名な、馬の上、寝床、便所を意味する三上が有名でした。この三上を最初に指摘したのは、中国の宋時代の文学者、政治家の欧陽修で、千年前になります。アイデアは、知られた知識の新しい組み合わせから生まれることも一つの常識になっています。アイデアを作るには、5段階があるとされています。1段階は、資料集めです。2段階は、集めた資料の加工です。3段階は、問題の放棄の段階です。4段階はひらめきで、5段階がアイデアの検証となります。アイデアは自動車の製造と同じように、一定の明確な順序に従って作られるとも言われています。アイデアを作り出すために必要なことは、まず資料集めの段階にあります。大学の研究や企業の研究では、なにを研究すべきかの資料集めから始まります。集められた資料から、関連する性質を見つけることが重要になるわけです。この時に、先行文献の収集や分析に時間をかけ過ぎると、成果を上げることができないケースがあります。ノーベル賞を取ったキューリー夫妻は、先行文献の少ない研究を目指したことで有名です。キューリー夫妻は、第一段階の資料集めの時間と労力を省いて、本来の研究に時間と資源を集中したと言われています。

 日本政府は、国家予算をできるだけ効果的に配分しようとしています。ある面で、当然の施策になります。人口の高齢化で、社会保障費が増加しています。文科省は、教育や研究の成果を上げて、文教予算を効率的に使おうとしています。現在は、「選択と集中」型の研究予算方針が主流です。「選択と集中」型の流れで目立つことは、流行りの研究課題を対象に短期間の成果を目指す研究に予算が付くことです。流行りの研究に次々に予算がつき、そこで短期に大量のポスドクが雇用されている光景があります。ポストドクターは博士課程を修了したが、大学の常勤職に就職できずにいる研究者のことになります。彼らは、期間を1年とか2年などと定めれば、能力を発揮する人材です。残念ながら、彼らの本当の能力を発揮するためには、5年~10年の長い期間にわたり、試行錯誤の時間と資源が求められるのです。このポストドクターの人材が、いま日本には1万5000人以上いるといわれています。ポストドクターのうちの約3人に1人が35歳を超えているというデータもあります。高いスキルを身に付けた人たちが、短期間の活動に終始しています。彼らが本当の能力を発揮できないという状況は、国家的損失になります。

 日本人の能力の高さは、国際的な各種の調査で良く知られていることです。OECDが、国際成人力調査(PIAAC)の結果を公表したのです。この国際成人力調査は、2011~12年に初回が実施されました。2022~23年の今回は、2回目の調査になります。この調査は、31国と地域の16~65歳を対象としたものです。PISAは、15歳を対象にした能力調査になります。ある意味、PISAで測られた子ども達が、どのように社会に貢献したかを知る手掛かりになるものです。PIAACにおいて、日本は「読解力」など3分野の全てで2位以内を確保しています。ちょっと残念なことは、前回1位だった読解力と数的思考力で2位になったことです。でも、今回初めての調査となった「状況の変化に応じた問題解決能力」はフィンランドと並んで1位になっています。これは、読解力や数的思考力が高いことが問題解決能力の高さにもつながっているようです。世界の人々は、日本の能力の高さを評価しています。一方、不思議なこともあります。フィンランドはじめ北欧の諸国は、PIAACの成績が良いと同時に、労働生産性も非常に高いのです。一方、日本の生産性は北欧諸国の半分程度で、37カ国中21位にとどまっているのです。日本が生産性では、先進国で最も低い位置にいるという不思議さです。この理由の一端は、日本が早熟で、北欧が大器晩成ということになるようです。日本人の「数的思考力」が、25歳の年代層以上になると、右肩下がりに低下していく傾向があります。一方、北欧諸国は、数的思考力が30~40代まで伸び続けていました。1位のフィンランドや3位のスウェーデンは、35~44歳の年代層がもっとも成績が良くなっているのです。

 余談ですが、日本が早熟で、北欧が大器晩成ということを、アリの事例から考えてみました。アリも全員で餌場と巣の間を真面目に往復した方が、エサ運びの効率が良いことになります。この考えからすると、ある餌場からの餌の運搬という目的では、ウロウロするアリたちは無駄ということになります。アリの実態としては、餌場と巣の間を往復しているとき、全体の約3割のアリは餌運びをサボっているのです。このサボっているアリは無駄か、というと、決して無駄ではないのです。外をウロウロしているうちに、偶然に新しい餌場を探し当てたりすることがあるのです。これは、種の生存という視点からは有利な状況です。ウロウロしているうちに、餌場と巣の間のより短いルートを探し出したりします。これも、有利な状況を生んでいるのです。巣全体の存続という目的では、ウロウロがまったく無駄になっていないこことがわかります。アリの事例から分かることは、目的のとり方次第で無駄の概念が変わることもあるわけです。効率一辺倒の研究と余裕の研究の見方も、アリの事例が参考になります。無駄とは、「目的」「期間」「立場」の三つを定めなと決まらない概念のようです。日本の国富と能力の向上という視点から、研究費の配分を思案していくことが求められているようです。

 余談のついでに、もう一つの事例を挙げてみます。農業のなかで、米作は特に大量の水を必要とするために水利が重要になります。水利は共同作業によるため、共同体から疎外される村八分になることは、生存を脅かされる結果につながります。生存がすべてに優先される農村社会では、協調精神が重視されます。安定した農村社会は、一方で困ったこともあります。協調精神が重視される社会では、人と異なる独創性は生まれにくい環境になるのです。明日の食糧に困れば、知的生産どころの話ではなくなります。その中に、特異な人々が現れることがあります。便利で安全をとるよりも、精神的なやりがいや達成感に価値を置く人々の存在が見られるのです。いわゆる天才とか異常児と言われる人々の存在です。天才は、長い期間にわたって他のものを犠牲にして、1つに集中し、努力できる人になります。彼らは、試行錯誤を繰り返して、単なる知識を、生きた知恵に変えることができます。現在の政府が、効率を求めて短期の研究予算を流行りの研究に助成することが行われています。これは、生きるために農村社会が行ってきたパターンに似たようなものです。ある意味、天才が10年も20年も試行錯誤を繰り返しながら、新しい事象を築くことと反対のやり方になるようです。短期間の研究への助成を繰り返す現在の時限プロジェクトは、新しい局面を作るには力不足のようです。

 反面教師という言葉があります。これを上手に行っている人たちが、韓国の若者の中にいるようです。韓国で成功する若者が、増えています。彼らは、国内や海外で数億や数十億円規模の企業を創りあげているのです。韓国は、企業と大学が密接に結びついています。韓国の企業が大学のカリキュラム作成に参加し、教育内容に独自の要求をしています。ある企業は、独自にカリキユラムを作り、入社した時に役立つ学習を求めるケースもあります。入社時点で最低限の知識とスキル身に付けておくべきことを、大学の在学中に学ぶという仕組みです。入社後には、すぐに戦力になる人材を、大学に育成してもらうカリキュラム構成です。協力企業に合った人材を、入社前から育成するという仕組みでもあります。カリキュラムに係わる大学の教授と指導に当たる教授には、産学協力プロジェクトにも参加してもらうことになります。もちろん、大学には研究費を支援する見返りを用意しているのです。でも、皮肉なことですが、この路線から離れた若者が、成功を収めているのです。彼らの成功は、大学を優秀な成績で卒業して、一流企業に入社して、同僚を押しのけて出世するコースの延長線上ではありませんでした。むしろ、その逆方向にある韓国国内で誰かが感じている「不便さ」に着目することに、起業のヒントがあったと述べています。成功した若者は、韓国の社会通念に従っていないようです。一流でないことや競争から脱落したことが、ネガティブな要素ではないと言うのです。アイデアを出す面からは、一流でないことや脱落がポジティブな要素になるというわけです。

 最後になりますが、教育と研究、そして産業技術をマッチングしながら人材を育成する方式において、日本は世界の流れに遅れることが明らかになってきました。欧米でのインターンシップは、企業が優秀な学生を確保しようと長期でのプログラムを組むことが普通になっています。人材育成の短期養成と長期養成のせめぎあいがあるようです。日本の経済同友会も、遅ればせながら、企業と大学とをマッチングさせる仕組みを真剣に考えるようになりました。一方、人材養成や労働政策を行う文部省や厚生労働省、そして経済産業省などは、インターンシップ制を学生に対する教育活動と位置づけてきました。日本の行政は、インターンシップを採用活動に結びつけないよう求めてきたわけです。企業サイドとすれば、採用に結びつかないインターンは労が多く、利点が少ないとの声も多かったのです。企業側には、儲からないビジネスを継続的に行うモチベーションがなくなります。一方、学生の側のモチベーションの視点に立つと別の流れが見えてきます。

 経済同友会は2016年度から、授業として単位を認定する原則4週間の長期のインターンの支援を始めました。北海道大学は、この経済同友会が進める企業と大学とをマッチングさせる仕組みを活用しています。この大学は従来のインターンに加え、1~2年生を対象にした産学連携のプログラムを導入したのです。参加者からは、「何を勉強すべきか明確になった」などの肯定的な意見が相次いでいるようです。協力企業が、積極的に大学3年生や4年生向けにインターンシップの場を提供しています。2019年夏の2年次に、JR東日本の新幹線の設備や実験施設などで研修をうけた学生の感想があります。「大学院でより多くの知識を習得しないと、この現場では太刀打ちできない」と痛感し、大学院に進学を決めた学生もいるようです。学生のモチベーションを高める対策を大学も企業も、そして国も取り入れて、末永い国民の能力向上を図っていきたいものです。

タイトルとURLをコピーしました