環境を守る意識は、世界中に広がっています。そんな風潮の中で、酪農は環境負荷が大きいとの指摘もでてきています。牛の放牧と土壌の再生で、二酸化炭素を排出しない酪農を目指している企業があります。二酸化炭素の減少を実践する牧場と養鶏場の経営者が、その原料を使うチーズケーキを開発したのです。金曜日と土曜日の夜8時にネット限定で売り出し、あっという問に売り切れるチーズケーキに成長しました。経営者は、チーズケーキを環境に優しい酪農経営の突破口と位置づけているようです。食のビジネスは、美味しいだけでは消費者の支持を得られない時代なのかもしれません。消費者には、お金をかけておいしいものを食べたいと願い、そして環境に優しければさらに良いという流れが生まれているようです。
乳牛は、1日、青草では50~60kg、乾燥した草では15kgを食べます。そして、1日、20~40kgの糞、6~12リットルの尿を出のです。糞と尿が不適切に処理されれば、地下水を汚染し、深刻な健康被害を生じることになります。糞と尿を堆肥として、米などの農家に引き取られることがなければ、産業廃棄物になってしまいます。有効利用としては、糞尿を草地に還元することで、肥料代を節約することも可能です。欧米では、牛が仕切り枠に入り、糞や尿をする条件反射をするようなシステムを開発している地域もあるようです。また、日本の鹿児島などでは、養豚農家では糞尿を「堆肥化」して、イモ農家に提供するという流れが作られています。そして、エサとしてイモを養豚農家に提供する循環系の仕組みができているのです。環境汚染のない牛乳でつくられたバターやチーズを食べることは、これからの社会での常識になるかもしれません。
お菓子と生乳、そして生乳からつくられるバターは、切っても切り離せない関係にあります。バターは牛乳から4%しか採れず、90%が無脂肪乳になります。この無脂肪乳は、安い脱脂粉乳として売られてしまいます。安い脱脂粉乳として売られため、経営が安定しないという問題がありました。良質のバターの製造が、不安定になっていたのです。幸運なことに、この問題を解決したお菓子があります。このお菓子は、「バターのいとこ」になります。「バターのいとこ」の発売は、2018年でした。1箱3枚入りで、972円と決して安くはありません。新型コロナウイルス禍を経ても、販路が広がっている商品です。パッケージには、「04BUTIER」「90 SKIMMILK (脱脂粉乳)」と記されています。バターが4%で、脱脂粉乳が90%という表示です。一般的には、お菓子の主役は濃厚なバターになります。でも、このバターのいとこは、困りものの無脂肪乳が主役になっています。このお菓子のコンセプトは、生産者と地元が潤い、顧客も喜ぶ「三方よし」を求めています。
生乳の生産者には、悩みがありました。ある年末の報道の中に、北海道知事からの「道民のみなさんには、1杯でも多く、おいしい牛乳を飲んでほしい」という談話がありました。北海道は、酪農の王国です。その酪農の国で、牛乳が5千トンも余るという事態になっていたのです。「牛乳が余るならば、バターやチーズにすれば良いのに!」という考えには、無理があるといいます。年末年始の時期に、全国の乳製品工場をバターやチーズ生産のために最大限稼働させても、全国で5千トンの生乳を処理できないのです。それだけの設備が、ないわけです。2006年3月末、ホクレン農業協同組合連合会(ホクレン)は、900トンの生乳を産業廃棄物として捨てた過去があります。牛乳が余った時の対策は、次のようなことが行われていました。牛乳や北海道産米を購入した人に、200ミリリットルのパックをプレゼントすること。農協青年部による、札幌駅での牛乳無料配布すること。そして、北海道知事の販売促進談話などでした。でも、これらの牛乳消費拡大の取り組みは、ここ何十年間はほとんど変わっていないのです。
このような状況の中で、バターのいとこの完売は、一つの光明になります。三方よしでブームの立役者は、東京都出身で、栃木県那須町で起業した宮本吾一さんになります。宮本さんは、牧場を経営する酪農家から、バターの精製時に発生する無脂肪乳の扱いの悩みを聞きました。そこで、パティシエの友人に相談し、「90%問題」を解決する道を切り開いたのです。試行錯誤の末、無脂肪乳でミルク感があふれるジャム作りに成功しました。そのスイーツは、無脂肪乳からジャムを作り、ワッフル生地で挟むようにしました。柔らかい生地に、中には粗めのきび砂糖と「とろっと」したジャムを添えました。バター風味と、3つの食感が重なる絶妙なスイーツが誕生したのです。彼は、無脂肪乳をバターの「いとこ」と見なし、このネーミングを決めたそうです。
バターのいとこは、ちょっとしたブームを巻き起こしているバターの「いとこ」には、社会背景が味方しているようです。社会問題を解決する商品や組織には、称賛が付きまといます。この「社会課題の解決」にも、売れ行きを左右する要素が加わるようになりました。酪農王国で毎年生じている生乳が不足したり、逆に余ったりする状況が、人々の関心を引き付けてきました。バター菓子づくりに関しては、近年の生乳廃棄の報道も大きく影響しているようです。酪農家の悩み事の解決をきっかけに人気菓子が生まれたことが、消費意欲を高めたともいえるようです。 酪農問題への関心が高まり、そして酪農の持続的発展への期待も含まれているようです。さらに、このお菓子には、商品開発の工夫ともう一つの福祉面の貢献がありました。バターのいとこの製造を支えるスタッフは、障害を抱えている人たちも含まれているのです。そして、小さな子どもを育てていたりするスタッフが製造を支えているのです。
バターの値上がりが、1990年から2022年まで続いていました。指数で表すと、1990年を75とすると、2000年も75、2010年が85で,2020年が100で,そして2022年が110となります。ちなみに、バター1トンの輸入価格は2020年が3500ドル、2022年が何と7000ドルに高騰していました。でも、2023年には、5000ドルと価格が下がっています。少し安心しますが、不安要素もあります。2022年の値上がりの引き金となったのは、欧州連合(EU)産の値上がりでした。EUでは、エサ代や燃料費の上昇で生産コストが増加しているのです。EUの酪農家では、採算悪化で生乳が減産しています。オーストラリアやニュージーランドのオセアニア産も、牧草の生育不良とエサ代の高騰が響き、生産は減少傾向にあるのです。オセアニアや欧州など主要な産地で生乳生産が減少し、国際相場を押し上げているわけです。値上がりしているにもかかわらず、チーズの需要は増えているのです。その最大の消費国は、中国になります。中国の税関によると、2021年の乳製品輸入量は395万トンと前年比17%増加したのです。輸入国として中国では、海外産乳製品を高水準で輸入を続けていました。でも、2023年からの中国の景気は後退気味です。バターの輸入も減少しています。結果として、日本が輸入するバターの価格が下落したということになります。でも、2022年以前に比べれば、高価格を維持しています。日本の酪農家の経営を安定化させるためにも、日本の生乳を有効に利用することが求められるようです。