美味しいコーヒーを飲み続ける生活を続けたい  アイデア広場 その1560

 コーヒー愛好家には、困った事態が起きています。アラビカ種のニューヨーク先物は、2024年11月に13年半ぶりに高値を更新しました。商品先物市場の価格が2024年、最高値を超え、年間の上昇率は7割に上ったのです。コーヒー豆の主産地は、「コーヒーベルト」と呼ばれる熱帯や亜熱帯になります。その中でも、最大生産国のブラジルの干ばつやファンドによる投機資金の流入が困った事態を引き起こしています。もっとも近年の価格高騰の主因は、異常気象による作物被害によるブラジルやべトナムの供給懸念になります。温暖化で、2050年までに豆の産地が世界で半滅する恐れが強まっているのです。専門家による指摘は、温暖化による干ばつや害虫の被害拡大が主なものになります。気候変動が、コーヒーの生産減少をもたらすと業界全体で心配しているわけです。もう一つの要素は、コーヒー愛好家の増加です。米農務省の統計によると、中国の消費量は過去5年間で4割以上も増えているのです。所得上昇や人口増加が進むアジア諸国では、コーヒー文化が浸透してきています。供給が減っても、需要は増えることの影響が顕在し始めています。

 世界で流通するコーヒー豆は、アラビカ種とロブスタ種が99%以上を占めています。アラビカ種の最大生産国は、ブラジルになります。ロブスタ種は、ベトナムになります。豊かな香りと酸味が特徴で、喫茶店が使っているのは主にアラビカ種です。でも、このアラビカ種は、霜や病害弱く、栽培には手間がかかる繊細な豆になります。一方、ロブスタ種はアラビカ種に比べ病害に強く、標高が低い土地でも育ちます。一般にアラビカ種が高級品で、ロブスタ種が汎用品とされています。ロブスタ種は、苦みが強く、インスタントコーヒーなどに多く使われています。アラビカ種は、カフェなどのコーヒーで用いられています。最近では、カフェで「シングルオリジン」を提供する店も増えてきています。シングルオリジンは、ストレートコーヒーと似ています。このストレートコーヒーは、マウンテン、キリマンジャロといった産地や銘柄を記すものです。一方、シングルオリジンは、文字どおりー種類のコーヒー豆を使うものになります。シングルオリジンの定義は、誰が(どの国のどんな農園で)、いつ作ったかがわかる豆をさすことになります。たとえば、「グアテマラのセバスチャン農園」といったように生産国、生産地、農園名が記されているものになります。面白いことに、シングルオリジンの中には希少性は高いのですが、昧はいま一つという豆もあるようです。それでも、コーヒー愛好家は、この飲み物を愛飲したいようです。たとえば、ゲイシャというコーヒーの品種があります。この品種は、世界で最も高価なコーヒーのひとつとされているものです。この「ゲイシャ」という名は、エチオピアにある原産地の地名に由来しています。(日本の芸者さんではありません)この一杯のコーヒーを楽しむために、3万円を惜しげもなく使う人たちもいるわけです。

 少し前のお話しになります。ブラジルの2018~9年の生豆生産量が前年度比25%増の6300万袋(1袋は60kg) となり、過去最高水準になりました。この豊作により、コーヒーの国際価格が安値で推移していました。指標となるアラビカ種は、13年ぶりに、ロブス夕種は約3年ぶりの安値をつけたのです。生産国の灌漑設備が充実し、施肥の技術が向上し、品種改良が、良い方向に働いていました。コーヒーの消費拡大により、生産者の意欲が高まったことも原因なのでしょう。コーヒーの愛好家が増えて、その生産が増えていました。ここで興味深いことは、コーヒーを生産する国の人々が、コーヒーを愛好するようになったことです。今までは、日米欧の合計消費量が世界の50%を占めていました。2018~9年度の日米欧のコーヒーの合計消費量は、8100万袋(1袋は60kg)に達していました。ところが、コーヒーの主要生産国、ブラジル、べトナム、コロンビア、その他を含めた9ヵ国の合計消費量は、5000万袋と5年で25%も増えているのです。最大生産国ブラジルの2018~9年度の消費量は、2300万袋と過去5年で15%増えています。6300万袋を生産し、2300万袋を消費することになります。世界には、4000万袋のコーヒーを輸出するだけになってしまいました。このような経過をたどりながら、コーヒーの需要が増える一方で、供給量が減る状況が生まれつつあったのです。

 売れるコーヒーの生産が減れば、それを補おうとするスタートアップが生まれます。沖縄県に、コーヒー豆の大規模な国産化に挑むスタートアップが現れました。コーヒー豆の主産地は、北緯25度、南緯25度の範囲にある熱帯・亜熱帯のコーヒーベルト地帯になります。沖縄県は、気温や降雨量が栽培に適した「コーヒーベルト」にあたる最北端に位置にあります。琉球大学発のスタートアップ、琉球コーヒーエナジー(沖縄県県西原)は、2023年に設立されました。このコーヒーエナジーは、最先端機器を活用したコーヒー栽培技術を開発しています。水の量や温度、湿度を測るセンサーを導入し、IoT機器などと連動させ、調節を自動化し、管理作業を省力化しています。露地栽培では、1人あたり約680平方メートルの管理が限界でした。それが、施設栽培にすれば10倍程度の広さに管理能力を引き上げられるようです。さらに、屋内型施設で雨や潮風を防ぎ、強烈な台風や塩害といった沖縄県特有の天候リスクにも耐えられる施設にしています。2025年にも栽培施設を沖縄県内に開設し、年1トンのコーヒー豆の生産を予定しています。2033年までに、沖縄県内の生産量を年1000トンに増やすことを目指しているようです。

 沖縄でのコーヒー栽培だけでなく、革新的なスタートアップが生まれています。この起業はストーリーラインで、優れた「コーヒーテック」の技術を持つ会社になります。コーヒーテックとは、コーヒーに関する技術や栽培・加工などの革新的な取り組みをすることです。たとえば、コーヒー愛好家の女性が妊娠した場合、カフェインのリスクが生じます。妊娠中に過剰なカフェインを摂取すると、胎児の発達障害などに関わる可能性がでてきます。ストーリーラインは、カフェインを除いた「デカフェ」のコーヒー豆を製造しています。この起業は、東北大学と共に研究してきました。その内容は、熱と圧力を加えてC02を気体と液体の中間の状態にして耐圧容器の中で生豆に触れさせます。すると、少量の水とC02で、短時間のうちにカフェインを分離できるというものです。カフェインの心配がなくなれば、妊娠・産後の人でも気にせずに飲くめるデカフェのコーヒーとなるわけです。このコーヒーは、世界で人気が高まっています。ストーリーラインは、豆の産地であるルワンダで加工することにしています。2028年にも年数百トンの処理能力を持つカフェイン抽出工場を建てる計画です。ルワンダで加工し抽出工場が集積する北米や欧州を経由せず、消費地に直接運ぶことになります。採算性の高いデカフェ向けが生産者の収益源になれば、コーヒーの安定供給につながります。

 余談になりますが、コーヒーが、かぐわしい香りを醸し出す理由には生存を掛けた「進化」があります。植物の多彩なコミュニケーションは、長い年月をかけて生物の共進化とともに創り出されてきたものです。ヒトよりも香りに敏感な動物や昆虫は、植物とのコミュニーションを繰り広げています。夜間に咲く花たちは、香りを放出することで、効果的に送粉者を誘惑します。ハッカ、バジルビアザミといったアロマ植物は、自分を守るために害虫の天敵を惹きつける香りを発散します。コーヒーの武器は、カフェインになります。カフェインには、他の植物の生育を阻害する作用があります。このカフェインは、外敵による食害から新芽を守るために植物が作り出した化学兵器といえるものです。このコーヒーが作り出した毒ガスを、コーヒー愛好家は嗜好しているわけです。別の見方をすれば、カフェインの多様性を、具現化できれば、新しいゲイシャのようなコーヒーを作れるかもしれません。現在、コーヒー農園では、カフェインを多く含む葉や種子を食べる害虫が何種類も現れています。もちろん、この害虫に対抗する新しいカフェインをコーヒーの木自体が作ることは、生物の共進化の過程から想像できます。

 最後になりますが、コーヒー生産者の生活を安定させる仕組みが、大切になります。農家の人が貧しければ、コーヒーの生産は不安になります。コーヒー生産者の安定した収入は、愛好家が美味しいコーヒーをいつまでも享受できる基礎になります。でも、度重なる異常気象による作物被害により、コーヒー農家は不安定になっています。作物が獲れなくなれば、取れる工夫を人々は行います。おさらいになりますが、アラビカ種のコーヒーは、さび病や気候による被害を受けやすい面があります。一方、ロブスタは優れた耐病性と引換えに、品質面では劣るという側面を持っています。このロブスタは、アラビカ種よりも耐病性に優れ、低地でも栽培可能で、しかも収量が多いのです。耐病性のロブスタを台木にアラビカを接ぐ方法によって、土壌中の線虫による病害を防ぐ方法も行われています。それを進めて、ロブスタとアラビカの香味をかねた高品質な品種の開発などを目指す試みが続けられるようです。さらに進めると、ゲノム解読に行きつきます。ゲノム解読からゲノム編集によって、コーヒーの植物学的研究は新たな局面を迎えようとしているとも言えます。耐性に優れ、収量が多く、そして香りがよく美味しい品種が開発し、農家の方の収入を増やして、安定した収入を確保したいものです。

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