世界の4大漁場のある日本は、漁業大国でした。1980年代前半が黄金期で、45万人の漁師の方たちが、過去最多の年1300万トンの漁獲を誇っていました。この漁獲量により、9割の自給率を達成し、魚は庶民の食卓の主役になっていました。でも、徐々に漁獲量は低下していきました。2022年時点で、魚介類の自給率は56%になっています。サンマの漁獲量は10年前から9割も減りました。イカも8割減っています。アナゴやウニ、イクラも減少傾向になっています。庶民が安い海の幸として食べていたサンマやタコも、高級品に格上げされているようです。一方、スーパーの売り場には比較的安い輸入冷凍品が並んでいます。切り身や骨取りなど、海外で加工された魚介類も増えてきました。干物のアジはオランダ産、エビは東南アジア、タコはアフリカ産、サーモンはノルウェー産と多種多様です。以前の日本の食卓に出る魚には、季節性がありました。少量多品種の日本の地魚は、日本人が感じる季節感や魚本来の持つ風情がありました。たとえば、江戸前のキスは、脂のりが良く、揚げると肉厚な身から魚の滋味があふれだすという具合です。さらに、これを支える漁師の腕がありました。千葉県の漁師は腕が良く、魚が通る場所に網を沈め、編み目にかかった魚を傷つけない洗練された漁獲法を持っていました。冬は白身魚のキスが旬で、東京湾のキスが日本一と言う方も多かったようです。でも、キスのような魚も漁師さんも、いなくなっている状況が見られるのです。そこで、今回は日本の漁業文化を残しながら、儲かる漁業について考えてみました。
日本の全体の漁獲量は、1980年代がピークでした。この黄金期に45万人いた漁師が、12万人にまで減少しています。1980年代前半から40年を経て、漁獲量も漁師も7割以上減っています。さらに、悲しい予想もあります。2050年には、漁師が7万人になるというのです。高齢化と後継者不足で漁師が激減し、2050年代には全国で7万人にあるというわけです。状況は深刻で、年々漁獲が減り、漁師の多くが高齢になっています。65歳以上が、4割になるそうです。稼働している漁師が、半数ほどの漁協も多い状況です。漁業は、自然相手の仕事のため重労働になります。重労働のために、後継者が育たないという悪循環が起きているようです。もっとも、漁業を志して、毎年2000人が新人漁師になります。でも、重労働、所得の問題、漁獲の減少など壁に突き当たり、挫折してしまう人も多いのです。この課題を乗り切ることができれば、漁業の新たな局面が見えてきます。
漁業従事者にとっても、海の自然は手ごわい相手になります。一方、自然を相手に多くの幸を獲得することは、大きな魅力でもあります。この魅力を手に入れながら、安心して働き続けられる環境ができれば、新人にはハッピーになります。この環境整備に挑戦する方もいます。2020年、カタクチイワシ漁の天洋丸(長崎県雲仙市)は、「一年漁師」の募集を始めました。日本の釣り人口は、2022年時点で520万人とされています。これらの中には、漁業に興味はあるが、本業にすべきか迷っている人もいます。これらの迷っている人たち向けに、ハードルを下げた工夫が「一年漁師」になります。ハードルを下げたら、9月からは20歳代の元消防士が加わったそうです。次は、ラーメン店の店主の方が応募してきました。2年目と3年目は、2人の女性が応募してきました。募集した天洋丸の側では、働きやすい現場にしようと休暇制度など就業規則を見直しています。女性を配慮して、女性用トイレを作る環境整備もしています。1人の女性は、1年後の修了した後も、漁業に従事しているとのことです。新人募集には、組織的な動きも起きています。全国漁業就業者確保育成センターによると、30歳代前半の男性の志望が多く、学生も増えているとのことです。現在は、伝統的な漁業に加えて、ITや商品企画など漁業以外のスキルをもった人材も求められています。520万人の釣り愛好家は、このような才能を持った方がいます。伝統と革新の融合により、より新しい漁法や販路を開拓してほしいものです。
魚種によっては、豊漁に喜ぶ地域と不漁に泣く地域があるようです。静岡市清水区の由比漁港は、喜びに沸いていました。2023年4月5日、由比漁港でサクラエビの初競りが行われました。初日の水揚げは、大井川港と合わせて、昨年の44倍超の計約40トンになったということでした。由比港漁業協同組合長は、「初日にこんなに並んだ記憶はない」と驚きの声を上げていました。例年、春と秋に実施されるサクラエビ漁は、2018年春から不漁が続いてきたのです。それが一転しての豊漁というわけです。豊洲市場の卸値は、 1パツク(500グラム) 1300~1600円と前年同期に比べ5割下がりました。需要と供給の関係で、供給が多くなれば安くなり、少なければ、高くなるという関係はいつでも生じるようです。でも、多く獲れれば、漁業関係者も消費者も嬉しいものです。このサクラエビの豊漁が、自然発生的に起きたわけではありません。例年、春と秋に実施されるサクラエビ漁は、記録的な不漁が続いてきたのです。そこで、静岡県漁業協同組合連合会は、資源保護の対策を取りました。船主らでつくる静岡県桜えび漁業組合は、操業の一部を自主規制することもおこないました。さらに、静岡県の駿河湾での主漁場の一部では、漁を禁止したこともありました。漁を制限し、保護区に設定するなどして、資源保護策を実施してきた結果の豊漁というわけです。経済的に貧しい場合は、目先の利益が優先され、持続性を無視して捕獲してしまう傾向があります。乱獲をやめれば良いことは分かっていても、獲らなければ生活が成り立たないという事情もあります。
海の幸で、豊かになった地域にサロマ湖周辺があります。以前サロマ湖は、小さなカキやエビがいるだけの資源が乏しい湖でした。これを、漁協が改善していった成果が、「ホタテ御殿」になります。稚貝の放流や流氷対策、漁獲ルールの策定、漁協は毎月の会議で漁業者が意見を出し合いながら、持続可能な養殖場に育てていきました。漁師は自分の腕を大切にするので、一匹狼の方が多いのです。でも、1人の力は限られています。サロマ湖は、雨や春の雪解けなどで水質の状況はいつも変わります。サロマ湖に設置したセンサーから水温や塩分濃度などのデータが、スマホに届きます。その水の様子を把握し、良く育つようイカダの場所や貝をつるす高さを調節していきました。北海道の北に位置するサロマ湖には、「ホタテ御殿」が建ち並んでいます。ホタテ養殖をしている佐呂間漁協組合員の年収は、5千万円を超えプロ選手並の所得になっています。この漁協組合員の平均貯金額は、2018年に1億5千万円を超えたとも言われています。ホタテは、稚貝から成長するまで4年かかります。この貝は、主に植物プランクトン(珪藻類)を捕食して育ちます。その植物プランクトンは、太陽光を浴びながらリンや窒素などの栄養塩を吸収して育ちます。ホタテがエサにする植物プランクトンは、窒素やリンを吸収するためには鉄分が必要になります。この貝は海水中のプランクトンを食べて成長するので、フルボ酸鉄の過不足が成長を左右することになります。この海域には、アムール川からオホーツク海に運ばれてくるフルボ酸鉄が豊富にあるのです。この環境を生かし、組合員が協力し、豊かな海を作っていったわけです。
青森県など北日本は、冷涼で潮流も豊かな海が広がっています。この豊かさを利用した企業が、日本サーモンファーム(青森県深浦町)になります。この日本サーモンファームは、オカムラ食品工業の子会社です。北欧子会社の養殖技術を活用し、2015年から国内初の大規模養殖を開始しました。この養殖場は、日本最先端の技術をもっています。丸々と太った日本サーモン、「青森サーモン」を世界に輸出しています。水産業は日本では衰退していると言われていますが、世界では水産業は成長産業になります。特にサーモンは世界中で好まれており、需要拡大が見込まれる魚になります。養殖場は津軽海峡にあり、そこに給餌船と水中力メラを使って養殖をしているのです。水中カメラから陸上のパソコン画面で魚の健康を管理しながら、遠隔操作で餌をまくのです。魚の健康管理から給餌、水揚げまで最新技術で生産効率を高めています。給餌データを蓄積し、体力や経験に自信がない人も担当できる仕事にしています。この大規模養殖で、2024年の水揚げ量は約2700トンと前年比7割増えています。従業員の平均年齢は35.9歳で、給料は地元金融機関と同水準ということです。
最後は、嬉しいお話になります。クロマグロは、「本マグロ」とも呼ばれる高級品になります。このクロマグロは、国内外ですしネタとして親しまれています。中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)は、太平洋クロマグロの資源管理を巡って協議する組織です。WCPFCは、30kg以上の大型魚の2025年以降の年間漁獲枠を現行の1.5倍に拡大すること決めました。日本は現在、大型魚の上限5614トン、小型魚が4007トンに制限されていました。その漁獲枠が、それぞれ8421トン、 4407トンに増えるという嬉しいニュースです。この漁獲枠を広げる決定の背景には、資源量の回復があります。太平洋クロマグロは、2015年に国際的な漁獲規制を導入して保護してきました。このクロマグロは、過去に日本の乱獲などで数が激減したのです。最も落ち込んでいた2010年は、1万2000トンでした。それが、太平洋クロマグロの親魚の資源量は2022年に14万4000トンになったのです。漁獲を抑えれば、早期に資源が回復することが実例で示されたことになります。資源を守り、適度に捕獲し、漁師が豊かになり、消費者は美味しい魚を食べ続けることのできる仕組みを作りたいものです。