美味しい食べ物を好きなだけ食べて健康を維持する知恵 アイデア広場 その1561

 私が住んでいる地区では、ももりん体操というものを行っています。郷土の自慢話になりますが、「もも(桃)」は、福島市の名産になります。これから何度か、福島市は気温日本一になります。福島盆地は高温になりやすく、夜は気温が低下します。この寒暖差が、モモやリンゴの糖度を上げると農家の方が自慢げに話していました。ももりん体操は、その名前に由来した運動ということになります。私の地区では、シニアの女性が行っています。この運動する女性のシニアの方は、元気に過ごしています。ここでは、指導員の方が来て健康についてのお話しが行われる時もあります。そこで、話される定番が、塩分の摂取についてです。塩分は、血圧を高くします。高血圧の方は、血管を痛め、心血管疾患や脳血管疾患を引き起こしやすくなるとされています。でも、塩分は、食べ物を美味しくします。塩味は、日本の食文化に欠かせないものです。美味しい食文化に慣れたた人々は、簡単には、その習慣を変えることはありません。心血管疾患に悪いとされる塩分摂取の興味深い調査が、福島県と秋田県の比較にあります。この両県は、塩分摂取のベスト5に入っています。普通であれば、両県ともに、心血管疾患の多い県にランクされるはずです。予想通り、福島の女性の心血管疾患が、全国で1番になりました。では、秋田の女性はどうかというと、全国で47番なのです。塩分を取っても、心血管疾患にならない「秋田の女性」の食生活に注目が集まります。今回は、健康に留意しながらも美味しく食べる工夫についてのお話しになります。

 秋田と福島の女性の違いは、食事にありました。秋田の女性は海藻を多く食べますが、福島の女性は少なかったのです。特に、アカモクという海藻の摂取量にヒントがありました。昆布やワカメは人気のある海藻ですが、アカモクは秋田地方で細々と食べられてきた海藻です。この海藻の特徴は、カリウムの含有量が多いことです。カリウムには、尿を排出する機能があります。そして、カリウムには、塩分(ナトリウム)を排出する機能もあるのです。尿を排出する時に、カリウムと同じ量の塩分を排出するわけです。もちろん、アカモクだけでなく、野菜に含まれるカリウムも塩分の排出機能があります。塩分の多い美味しいピザを食べる時は、海藻を多めに入れたスープやカリウムの多い野菜の料理を一品増やすことになります。「塩分を取ったときには、野菜を食べなさい」という昔からの教えは、当を得たものだったのです。塩分を、控えることは必要です。そして多く摂取した場合、塩分の排出の仕組みを理解し、その排出をできる知恵とスキルを「秋田の女性」の方のように持ちたいものです。

 人類はおいしい食べ物を求めて肉や魚、発酵食品や人工調味料を見いだしてきました。アフリカに現れた人類は、250万年前ごろに肉を食べ始めたとされています。肉や穀物などを火で調理を始めるとたんぱく質や炭水化物を効率よくとれるようになりました。時代は進み、イタリアでは、うま味成分をもつ食品として魚醤(ぎょしょう)が使われるようになります。15~17世紀の大航海時代になると、南米大陸から伝わったトマトもうま味成分として普及するようになります。東洋でも、この恩恵を受けます。韓国料理や中国の四川料理で使うトウガラシも、中南米から伝わるようになります。時代が進むにつれて、食材が増え、食文化が豊かになります。人類の美味しい食べ物を求める欲求は、留まることがありませんでした。20世紀には、人工調味料が普及し、人間の欲求に応えていきます。いわゆる飽食の時代に入るわけです、でも飽食の現代では、食事が病気を招き、肥満は糖尿病や高血圧症につながる状況を生み出しています。太古の時代とは反対に、現在では油や調味料を減らしたメニューが求められているわけです。

 美味しく食べる工夫は、食材の視点からだけでなく、食べる空間からも工夫されていきます。お店の雰囲気が、食の満足度を高め、売上げに影響することが分かっています。たとえば、1000店以上のレストランを運営するチェーン店では、音楽が普通に流れています。この流す曲は、ただ単に流されているわけではありません。曲に対して、お客がどのような反応を示すのかを調べながら流しているわけです。客の回転を速めなければならない時間帯には、ビート数の高い曲が選ばれます。食事客の様子に応じて、テンポとかスタイルを調節しながら、全国の店舗に送信しているわけです。その経験から、ある時期にクラシック音楽を流せば、平均して10%以上の売上げることが可能であることも分かってきました。また、店の調度品によっても、満足度が異なることが分かっています。丸いテーブルを使ったインテリアのほうが、人々を惹きつける力があるのです。でも、丸いテーブルだけでは店に入れる人数は少なくなります。そこで賢いお店は、丸いテーブルと四角いテーブルの両方を店に置く知恵を働かせているようです。お客様の様子を見ながら、丸いテーブルにするか、四角いテーブルにするかを判断して案内をするわけです。結果として、お客の食欲を高める曲が分かれば、お客の好みに合った曲を流せば良いことになります。お店の雰囲気を高めるには、丸を基調にしたテーブルの配置が望ましいわけです。そして、お店の目標は、利益を上げることです。最終的には、音楽と調度品、そして利益の全体最適を求めることになります。このような経験から、人の味覚が意外と曖昧なものだと言うことが、経験則的には理解されてきたようです。

  経験則が科学的に解明されれば、その応用範囲は広がり、深みを増します。この分野にも、科学は侵入してきています。長い歴史の中で培った昧ですが、実は思いのほか暖昧だと分かってきました。実は、おいしさを左右するのは味覚だけではないことが徐々に解明されてきました。東洋大学の石川知一准教授は、視覚が食事や味覚に与える影響を研究しています。この研究の一端を、覗いてみました。体験者は柔らかい団子を食べながら、ゴーグルをかけて仮想の菓子の映像を見ています。この映像は、解像度が低く角張った形のいかにも硬そうなクッキーを映し出しています。角張った形のいかにも硬そうなクッキーの映像を見て、団子まで硬く感じやすくなるというのです。人間の味覚はとても暖昧で、他人にたやすく操られてしまう傾向もあるのです。もう一つの事例は、家族の記念日にレストランを訪れ、豪華なディナーに舌鼓を打つ家族がいます。この場が盛り上がりますが、全員が頭や首にゴーグルや機器を付けていいます。ゴールからは「ステーキが柔らかくて絶品、カレーも昧に深みがある」という映像が流れています。でも、実際の食卓を覗いてみると、質素な干し肉やできあいのカレーが並んでいました。技術の進歩は、美味しい食事を望む人間に多様なチャンスを与える可能性があるようです。

 余談ですが、人間の感覚を制御する技に着目し、商品化につなげようとする発想自体は以前からありました。2023年、明治大学の宮下芳明教授と東京大学大学院の中村裕美特任准教授は、イグ・ノーベル賞を受賞しました。この論文では、電流を通した箸で食べ物を口に運ぶことで、感じる昧を変化させることができる方法を提案したものでした。電気を通した箸やストローで、飲食物の昧を変える方法を提案したわけです。この提案を発展させて、キリンホールディングス(キリン)は減塩と美味しさを両立させるツールを開発しました。キリンは、人体に影響のない微弱な電流を流して、食べ物の塩味を増幅するスプーンを開発したのです。開発した塩味を増幅するスプーンには、感じる塩味を最大5割高められる技術を搭載してあります。この「エレキソルトスプーン」は、明治大学との共同研究をもとにキリンが開発したものです。それは食品や唾液に含まれるナトリウムイオンを舌にある昧覚の受容体に集め、塩味を感じる仕組みです。特殊な波形の電流を流すことで、舌にある味覚の受容体にナトリウムイオンを集め、塩味を強く感じるようにしたのです。塩味を増幅するスプーンの価格は、1万9800円と高価です。でも、健康に良く、その上、美味しく食べることができればハッピーという方は多くいます。このような発想は、キリンだけでなく、味の素でも行っています。味の素が開発した器具は、食品の塩昧を強めるものです。この器具の開発には、味の素や東京都市大学の中村裕美准教授が関わりました。小型のヘッドホンのような器具を首にかけ、あごと首の後ろに電極をつけます。そして、あごから首の後ろに向けて微弱な電気を流します。電流は途中で舌を通ると電流がNaイオンを舌の上に引き寄せ、減塩食品の昧を強めるのです。この電気の調味料を使えば塩味が、強まりおいしく食べられます。電源を入れて昧の薄い味噌汁を飲むと、ほどよい塩味が舌に広がるというものです。両社の器具を使用し、電気刺激などで昧を変えれば、食事の不満を抱えずに健康な体を得られる可能性が出てきています。

 最後になりますが、日本人は、塩分を取り過ぎていると言われて久しくなります。2019年の国民健康・栄養調査によると、20歳以上の1日当たりの食塩摂取量は10.1gになります。この食塩摂取量の10.1gは、世界保健機構(WHO)が掲げる推奨量(5.0g)と比べると2倍以上になります。かといって、食塩の量を減らす減塩食は美味しくないといった不満を漏らす消費者も多いのです。より楽しく、よりおいしくなど、心豊かな暮らしに対する需要は高まっています。人間の舌や口腔内には味覚を感じる「昧蕃(みらい)」と呼ばれる器官が多数あります。人の行動や感情は、聴覚と味覚など、複数の感覚の相互作用によって変化することが明らかになりました。現代の技術は、味覚や視覚といった人間の感覚を操る技術が進化しています。人間の感覚を操る技術が進化し、その進化を商品開発に生かすメーカーの動きが相次いでいるわけです。デジタル機器やデータ処理能力の発達にくわえ、感覚を対象にした研究が飛躍的に進んでいます。でも、感覚を制御する新商品やサービスを打ち出す場合、まだまだ未解明な部分も多いのです。でも、この未解明の部分を解明した企業が、ビジネスチャンスを広げることは間違いありません。そんな解明のフロントランナーになりたいものです。

 ある天邪鬼が、「WHOの基準の2倍の塩分(体に悪い)を食べる日本人が、なぜ世界有数の長寿を享受しているのだ」と自嘲していました。

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