心疾患とガンによる病気が、日本人の課題になっています。心疾患に導く前段階に、高血圧症があります。最大血圧が140以上の場合、または最小血圧が90以上の場合は、高血圧症とされています。塩分の取り過ぎが、この高血圧に良くないのです。塩辛いものを食べると、一時的に血圧が上昇します。血中のナトリウムイオン濃度が高まり、それを薄めようとして血液中の水分量が増えます。水分量増えると血管内圧が高まり、心臓はより大きな力で血液を押し出すことになるわけです。これが、血圧の高くなる理由です。でも、腎機能に問題がなければ血圧はじきに下がっていきます。腎機能が普通に働けば、増えたナトリウムイオンは、水分とともに腎臓から排出される仕組みを人間は持っています。ただ、日常的に高塩分食を摂り続けていると、血中のナトリウムイオン濃度が下がりきらない状態になります。ナトリウムイオンが下がらない状態になると、腎臓で水分が再吸収されて、体内に残ることになります。血液の水分量が増えた状態が維持されてしまい、血圧が高い状態を継続することになるわけです。糖尿病や痛風は贅沢病と言われています。ある意味で、高血圧症も贅沢病といえるのです。海に囲まれて海塩が入手しやすかった日本は、「高食塩食文化」を生んだとされます。高血圧症が多い東北地方は、長い冬を過ごすために、塩蔵・塩乾品や漬物のような食塩を使った食品保存技術が発達させた経緯があります。塩の多量摂取は、個人だけの問題でなく、地域全体の食生活から派生しているもののようです。この課題に、果敢に取り組んだ企業があります。今回は、そんなお話しから始まります。
日本人は、塩分を取り過ぎていると言われて久しくなります。2019年の国民健康・栄養調査によると、20歳以上の1日当たりの食塩摂取量は10.1gになります。この食塩摂取量の10.1gは、世界保健機構(WHO)が掲げる推奨量(5.0g)と比べると2倍以上になります。かといって、食塩の量を減らす減塩食は美味しくないといった不満を漏らす消費者も多いのです。そんな中で、減塩と美味しさを両立させるツールをキリンホールディングス(キリン)が開発しました。キリンは、人体に影響のない微弱な電流を流して、食べ物の塩味を増幅するスプーンを開発したのです。開発した塩味を増幅するスプーンには、感じる塩味を最大5割高められる技術を搭載してあります。この「エレキソルトスプーン」は、明治大学との共同研究をもとにキリンが開発したものです。それは食品や唾液に含まれるナトリウムイオンを舌にある昧覚の受容体に集め、塩味を感じる仕組みです。特殊な波形の電流を流すことで、舌にある味覚の受容体にナトリウムイオンを集め、塩味を強く感じるようにしたのです。塩味を増幅するスプーンの価格は、1万9800円と高価です。でも、健康に良く、その上、美味しく食べることができればハッピーという方は多くいます。そのような方々には、夢のような魔法のスプーンになるかもしれません。
人間の感覚を制御する技に着目し、商品化につなげようとする発想自体は以前からありました。イグ・ノーベル賞は、ユニークな科学研究などに贈られることで知られています。2023年、明治大学の宮下芳明教授と東京大学大学院の中村裕美特任准教授は、イグ・ノーベル賞受賞しました。この年の「イグ・ノーベル賞」の受賞論文は、2011年に発表されたものでした。この論文では、電流を通した箸で食べ物を口に運ぶことで、感じる昧を変化させることができる方法を提案したものでした。電気を通した箸やストローで、飲食物の昧を変える方法を提案したわけです。味覚は、「昧蕃(みらい)」から神経の伝達によって昧に関する情報が脳に伝わります。昧蕃や神経に電気を与えると、酸味や金属的な昧を感じ「電気味覚」という現象が生じます。中村氏は、「電気味覚に関わる私の研究の始まりといえる論文が評価されて良かった」と話していました。
味覚に関する研究は、いろいろな企業で続けられています。博報堂は、2023年、東京大学と共同でクロスモーグルを新商品開発のサービスを始めました。複数の感覚の相互作用で、人の行動や感情が変化することを「クロスモーダル」と呼びます。博報堂は全国のファミマ3000店で、「ビールのおいしさを増幅させる音楽」の実証実験を行いました。この実験では、ビールの映像とおいしさを増幅する音楽を流したのです。おいしさを増幅する音楽を流すと、6割の消費者が「ビールを飲みたくなった」答えたのです。これと同様の販売手法が、イギリスのスーパーでも行われました。このスーパーで行われたワイン売場での実験では、音楽が売上げに貢献することを示しました。お店で、フランス音楽を流したとき、ほとんどの人はフランスワインを買うのです。ドイツらしい音楽(ビアホール音楽)をかけると売れたのはほとんどがドイツワインだったそうです。面白いことに、その購買決定がBGMに影響されたことを購入者は、断固として否定したのです。これは、視覚と聴覚の複合要素になります。知らないうちに、ワインを買っていたという笑い話ではない本当あったことです。
店の雰囲気が、食体験や売上げに影響することが分かってきました。そこで、音楽の持つ食材の購買行動について調べてみました。1000店以上のレストランを運営するチェーン店では、音楽が普通に流れています。この流す曲は、ただ単に流されているわけではありません。曲に対して、お客がどのような反応を示すのかを調べながら流しているわけです。客の回転を速めなければならない時間帯には、ビート数の高い曲が選ばれます。食事客の様子に応じて、テンポとかスタイルを調節しながら、全国の店舗に送信しているわけです。その経験から、ある時期にクラシック音楽を流せば、平均して10%以上の売上げることが可能であることも分かってきました。また、店の調度品によっても、満足度が異なることが分かっています。丸いテーブルを使ったインテリアのほうが、人々を惹きつける力があるのです。でも、丸いテーブルだけでは店に入れる人数は少なくなります。そこで賢いお店は、丸いテーブルと四角いテーブルの両方を店に置く知恵を働かせているようです。お客様の様子を見ながら、丸いテーブルにするか、四角いテーブルにするかを判断して案内をするわけです。結果として、お客の購買意欲を高める曲が分かれば、お客の好みに合った曲を流せば良いことになります。お店の雰囲気を高めるには、丸を基調にしたテーブルの配置が望ましいわけです。そして、お店の目標は、利益を上げることです。最終的には、音楽と調度品、そして利益の全体最適を求めることになります。
より楽しく、よりおいしくなど、心豊かな暮らしに対する需要は高まっています。人間の舌や口腔内には味覚を感じる「昧蕃(みらい)」と呼ばれる器官が多数あります。人の行動や感情は、聴覚と味覚など、複数の感覚の相互作用によって変化することが明らかになりました。現代の技術は、味覚や視覚といった人間の感覚を操る技術が進化しています。人間の感覚を操る技術が進化し、その進化を商品開発に生かすメーカーの動きが相次いでいるわけです。デジタル機器やデータ処理能力の発達にくわえ、感覚を対象にした研究が飛躍的に進んでいます。でも、感覚を制御する新商品やサービスを打ち出す場合、まだまだ未解明な部分も多いのです。この未解明の部分にあるものは、個人差のようです。個人差の解明が、今後の普及に向けた課題となるかもしれません。
最後になりますが、塩分摂取の減量化が叫ばれています。塩分は、血圧を高くします。高血圧の方は、血管を痛め、心血管疾患や脳血管疾患を引き起こしやすくなるとされています。でも、塩分は、食べ物を美味しくします。塩味は、日本の食文化に欠かせないものです。美味しい食文化に慣れたた人々は、簡単には、その習慣を変えることはありません。特に、若い時分から濃い塩味に慣らされた人々の嗜好を変えることは難しいとされています。心血管疾患に悪いとされる塩分摂取の興味深い調査が、福島県と秋田県の比較にあります。この両県は、塩分摂取のベスト5に入っています。普通であれば、両県ともに、心血管疾患の多い県にランクされるはずです。予想通り、福島の女性の心血管疾患が、全国で1番になりました。では、秋田の女性はどうかというと、全国で47番なのです。塩分を取っても、心血管疾患にならない「秋田小町」の対策に注目が集まります。そのヒントは、海藻になります。それは、アカモクという海藻の摂取量にあったのです。昆布やワカメは人気のある海藻ですが、アカモクは地方で細々と食べられてきた海藻です。この海藻の特徴は、カリウムの含有量が多いことなで知られています。カリウムには、尿を排出する機能があります。そして、カリウムには、塩分を排出する機能もあるのです。尿を排出する時に、カリウムと同じ量の塩分を排出するわけです。もちろん、アカモクだけでなく、野菜に含まれるカリウムも塩分の排出機能があります。「塩分を取ったときには、野菜を食べなさい」という昔からの教えは、当を得たものだったのです。塩分を、控えることは必要です。そして多く接種した場合、塩分の排出の仕組みを理解し、その排出をできる知恵とスキルを「秋田小町」の方のように持ちたいものです。